2012.09.07
民主主義が問われる夏
2012年夏、私たちは、新しい民主主義のあり方を模索する大事な時を過ごしていた。私たちは、「原発依存度の提言のシナリオを具現化する国民的議論」を展開したことになっている。
現在日本は、間接民主制をとっており、国の政策は選挙で選んだ議員たちが決める。国民誰もが直接政策決定に関与する国民投票は、日本の場合、憲法改正のときにだけ行われる。世界の多くの国々も、間接民主制をとっている。
ところが近年、世界の国々で、代議士による間接民主制を補う、参加型民主主義が取り入れられるようになってきた。これは国民全員が参加することは必ずしも意味せず、少数の代表的な人々による時間をかけた議論の末の意見を政策に生かすという試みを指すこともある。
この夏、私たちは、エネルギー政策について、国会や各省庁での審議会の議論だけでなく、そこに「国民的議論」を足すという、これまでにない民主主義のあり方にチャレンジしていたのだった。
国政における、公式の参加型の導入と、参加者の意見を活かされることが表明されていたというのは、日本の民主主義にとって新しいチャレンジであり一大イベントだった。
議論が行われたかは別として、パブリックコメントという形で意見表明した人が9万人近くいたので、少なくとも日本人口の0.07%ぐらいの人は政府に意見表明したことになる。そのほかに、全国11カ所で行われた意見聴取会では、各9名(福島県のみ30名)が意見を述べ、来場者にアンケートが行われた。意見表明希望者と来場者アンケートの総数は約3000人。政府が実施した討論型世論調査では約6800人に電話アンケートをした後、300人弱の人に東京に集まってもらい、グループで議論し、専門家の意見を聞いた後に再びアンケートに答えてもらっている。
仮に、政府の取り組みに対して何らかの意見表明できた人の100倍の人が一連の取り組みを知っていたとしても国民の7%。ちなみに前回の国政選挙の投票率は衆議院で約67%、紅白歌合戦の視聴率はここ数年40%前後だ。
この意見表明の結果は、世論調査の専門家による検証会合で検証され、9月4日、エネルギー・環境会議に提出された。
結果は「原発ゼロ」
発表された数字は以下の通り。討論型世論調査では討論後47%が2030年の原発依存度「ゼロ」を支持。意見聴取会では意見表明希望者の68%、会場アンケートの35%が「ゼロ」。パブコメでは87%が「ゼロ」、うち78%が「即時ゼロ」を支持している。また討論型世論調査における原発依存度「15%」支持者のうち48%は「原子力は利用すべきでない」という意見を持っていた。
政府は、大手新聞社・テレビ局が実施した世論調査も検討対象として、並べてグラフ化している。これによれば、各社調査では、国民の議論が進んだ(仮定)7月から8月に向け「ゼロ」を選ぶ人が増加し、「ゼロ」支持率がトップとなっているか、「ゼロ」と「15%」が双方約40%で拮抗し、あわせると8割近くを占める。ただし、毎日新聞だけは「15%」が54%で過半数、「ゼロ」は31%(8月)となっている。これらどの調査でも、「20~25%」は10%~20%だった。
この結果をシンプルに見れば、無作為抽出すると「ゼロ」か「15%」を選ぶ人が半々ぐらいで、併せて7割。資料を読んだり討論してから答えると「ゼロ」が半数。自ら意見表明した熱心な人は7~9割が「ゼロ」を支持している。政府が国民の声に耳を傾けるなら、「2030年に向けて、なるべく速やかに原発依存度をゼロにするか、少なくとも15%まで下げる」ように、新しいエネルギー政策を示すことになるだろう。
ところが、だ。結果はシンプルに活用されないようだ。いや、結果がどう活用されるのか、政府は明言しておらず、わからない。そもそも国民的議論の結果としてどのデータをどう使うのかも、配布資料が出るまでよくわからなかった。
国民的議論にいたるプロセスのわかりにくさ
「国民的議論」ここに至るまで、一連の取り組みは、いつ、誰が、何を決め、どのようなことが実施されるのか、議論は誰の責任でどう生かされるのか、よくわからなかった。スケジュールをきちんと立てないままに、取り組みは進んでいった。
エネルギー政策の「国民的議論」は菅政権が言い出しっぺだが、手続きの上では誰がどのように提唱して実施の責任を負ったのだろうか。民主主義において正当性が担保されるためにはプロセスが重要である。この夏に至るプロセスを遡ってみよう。実施主体の出自からして、かなりややこしい話だった。
昨年5月17日、「政策推進指針~日本の再生に向けて」が閣議決定され、これにより新成長政略実現会議(平成22年9月設置。議長:内閣総理大臣。大臣、関係機関の長、有識者が構成員)が「革新的エネルギー・環境戦略」を定めることになった。
同6月7日、同会議が開催され、エネルギー・環境会議(議長:国家戦略担当大臣)(以下エネ環会議)という分科会が設置されることになった。その後エネ環会議は10月28日に「国家戦略室」という総理直属の機関の元で、「国家戦略会議」の分科会に位置づけられる。内閣府広報に問い合わせてみると、昨年11月1日の第4回会議から、「名目上の位置づけが変わった」とのことだ。(ただし、現在も、国家戦略室のWebサイトではエネ環会議は新成長戦略実現会議の分科会という位置づけのまま掲載されている)
さて、このエネ環会議は、昨年7月29日、『「革新的エネルギー・環境戦略」策定に向けた中間的な整理』を発表し、この中で、「原発の依存度を下げるという共通テーマで国民的議論を展開する」という理念を掲げ、「半年から1年をかけて政策支援と制度改革を具体化する」という戦略工程を示した。この時には、当時の菅直人総理大臣自ら記者会見し、「原発に依存しない社会を目指し」「国民的な議論も大いに期待する」と述べている。
同12月21日の会議では「選択肢の提示に向けて」の基本方針を発表し、ここには「2012年春」には「選択肢を示す」と書かれていた。
現在これらの流れが一覧できる場所はなく、筆者はこれを整理するのにニュース検索と政府の発表資料のダウンロードに数時間かけ、質問のために内閣府に2回電話をかけた。
この後、エネ環会議から「エネルギー・環境に関する選択肢」として、3つの「シナリオ」を提示されたのは、今年6月29日。事務局から「国民的議論の進め方」が発表されたのが7月5日(批判を受けて、13日に改訂版が出された)。
そこからパブリックコメントが閉め切られた8月12日までが「国民的議論」、正確には「国民意見聴取」の夏だった。
わかりにくかった専門家の役割
一連の国民的議論の取り組みが発表されると、ネットにも新聞にも、多くの批判が出た。要約すると「期間が短すぎる」「意見聴取であって議論ではない」「どのように政府が参考にするのか不明」というものであった。一方で準備不足のままスタートした反面、政府は柔軟に運営に修正を加え、意見聴取会は実施時間を延ばし、意見表明者がほかの人の意見を聞いた後にもう一度意見表明できるようにしたり、パブリックコメントの募集期間を延長したりしている。
初めての実施となった討論型世論調査には、専門家から批判が出た。やはり「準備期間が短すぎて適切に実施されない」「結果がどう活用されるのか不明」という内容であった。
これに対し、運営主体である「中立的な実行委員会」は、「外部の目で中立性に関し評価」する、『第三者検証委員会』」を設けた。ちなみに討論型世論調査は、米国スタンフォード大学が商標登録しているそうで、このたびはその「理解と協力を得て」、考案者フィシュキン教授を委員長とする「監修委員会」も設置されていた。その上なぜ屋上屋を重ねるような検証委員会が必要なのか、また検証委員会の検証結果はどのように生かされるのか、わからないことだらけだった。
最終的に9万件ものパブリックコメントが集まり、「ゼロ」支持が「15%」を凌ぐことが見えると、政府は、国民の「意見」をどのように受け止めればいいのか結論づけるために、世論調査の専門家による「検証会合」を実施した。これも、最初から開催が決まっていたことではなく、まさに直前まで、日程も参加する専門家も伝えられなかった。
わかりにくい解釈
このようにして、出てきたのが、前述した「結果」である。政府は、「戦略策定に向けて~国民的議論が指し示すもの~」として、分析・含意を付けた資料を出している。(国際戦略室のWebサイト>エネルギー環境会議>第13回会議の配布資料、の順で探しダウンロードして読めます)
これに眼を通すと、シンプルに見た結果に、注釈を付けたいがためのような分析が多々見られる。例えば、マスメディアの世論調査を同列に表に並べているが、従来の世論調査では測れない世論を汲み取るために、意見聴取会、パブリックコメント、討論型世論調査を実施したのではなかったか。国の実施した3つの意見聴取と、マスメディアの世論調査の重み付けはどうなったのか。
ニコニコ動画のアンケートの結果や川崎市の討論型世論調査の結果も検討されているが、これはいつから検討対象になったのか。ニコニコ動画アンケートの結果は、若年層で原発維持の支持が多いことを示すために引き合いに出されている。確かに他の調査に比べて「原発を減らす必要はない」との回答率が高いが、それ以上に、「徐々に減らし、いずれ全廃すべき」が圧倒的に多く、若年層でも50%を超えていることに着目すべきではないか。
検証会合の専門家は、こういったデータの利用について、どのような助言を行ったのだろうか。
「後出し」と「こけ脅し」にひるまない議論を
検証会合の結果を踏まえ、エネ環会議の議長を務める古川国家戦略相は原発「ゼロ」を目指すと表明している。議論の場は、私たちの代表者である政府・与党に移った。
ここまで政府は、言い出しっぺの政権はなくなったのちも、批判が出れば運営を改善し、「国民的議論を経て」、過半数を占める民意を政策に取り入れようというところまでたどり着いた。後一歩、新しいエネルギー政策を、スケジュールを含め、「こうやって実行に移します」が言えれば、私たちの民主主義の夏は、新しい試みをやりきったと言える。ところが、9月4日の会議では、「原発ゼロ」に向けた「課題」が提示され、これだけ課題があるからできませんと言わんばかりだ。
いまさら「課題」っていったい何?という思いだ。国民が議論するために知っておかなくてはならないことは、課題ももちろん情報提供されていたはずだ。討論型世論調査の参加者に配られた資料で確認してみると、「使用済み核燃料の扱い」「電力需給の逼迫」「電気料金の上昇」「追加的国民負担」、表現に違いはあるが全部あげられている。
「人材の喪失」「日米関係を含む外交・安全保障への影響」「エネルギー調達における交渉力の低下」は詳しく触れられていないが、新聞広告にも示された「重要な4つの視点」には、「原子力の安全確保」「エネルギー安全保障の強化」など、当然これらが含まれている。これらを踏まえた上で、国民は議論し、その結果の民意を聞くのが、「国民的議論」だったはずだ。
いまさらこけおどし的に「需給が逼迫する」だの「燃料費の増加が年3.1兆円に達し」などと改めて並べ立てる必要はない。いざ検討してみたら、課題が難しすぎてできないというなら、掲げた3つのシナリオの中に実現不可能なものがありましたと頭を下げて、もう一度一から国民に議論を戻すべきだろう。
民主主義は、誰が、どうやって決めるかというプロセスが大事だ。プロセスが正当でなければ、結果に正当性はない。
来週には、新しいエネルギー政策が出るという。世論を参考にして「原発ゼロ」を目標とするなら、今度はどのように、どういうスケジュールで達成する見通しなのか、プロセスをきちんと示してほしい。それがあって初めて私たちは、目標までの道のりのどの辺りにいるのか、実現可能なのかなど、今後の議論を始めることができる。
プロフィール
難波美帆
1971年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科准教授。徳島、呉、横浜、今治、神戸、米子と、海の街で育つ。農学部卒業後、編集者・記者を経て、アドボカシーのための活動に関心を持ち、北海道大学で科学技術コミュニケーター養成に携わる。2010年より現職。