287

2021.05.15

リベラリズムの失われた理念を取りもどす

橋本努

現代社会の善について――サンデルとテイラー

梅川佳子

ソフィストの登場からみる民主主義と相対主義 「真なること」と「より良いこと」――高校倫理から学びなおす哲学的素養(4)

池田隼人

科学と理性に基づいたリベラリズムにむけて――進化的リベラリズム試論(2)

伊藤隆太

国際関係論における信頼――科学的実在論に基づいた理解へ向けて

和田悠佑

バイデン政権発足後の米中の軍事動向

平井和也

いつもαシノドスをお読みいただきありがとうございます。編集長の芹沢一也です。最新号 vol.287のラインナップをご紹介します。

最初の記事は、橋本努さんの「リベラリズムの失われた理念を取りもどす」です。先日、シノドス・トークラウンジにて、ローゼンブラットの『リベラリズム 失われた歴史と現在』を取り上げ、訳者の三牧聖子さん(ほかの訳者の方にもご参加いただきました)をお招きしてお話を伺いました。本記事は橋本さんが、三牧さんを含む訳者の皆さんとの対話を通じて、「新しいリベラル」が応答すべき課題をまとめたものです。それは、リベラルな徳育、寛大さの政策ビジョン、コミュニタリアニズムとは異なる包摂価値の理念、多様性を否定するコンフォーミズムの意義、および、リベラリズムの内部にある価値対立の扱い方、といった課題です。近年、批判を受けることも多いリベラリズムですが、こうした課題と立ち向かう中で、改めてその思想的内実が鍛えられ、その先に「新しいリベラル」が展望されていくはずです。

次の記事も、トークラウンジつながりです。チャールズ・テイラーの大著『世俗の時代』の翻訳刊行を受けて、訳者の坪光生雄さんと梅川佳子さんにお話を伺いました。そこでは近代という時代における超越的な次元の意義が議論されました。このテーマはいずれαシノドスで取り上げたいのですが、今回はその前哨として、梅川さんにテイラーの思想を入門的にご紹介いただきました。先日、刊行されたマイケル・サンデルの『実力も運のうち 能力主義は正義か?』が話題ですが、梅川さんはサンデルが提起した「共通善」の確立という課題を取り上げ、そこでの議論の輪郭をジョン・ロールズの思想と対比することで浮かび上がらせながら、「善の多元性」を擁護するテイラーの思想的特質を描き出しています。テイラーに関心をもったなら、ぜひ梅川さんが翻訳したルース・アビィの『チャールズ・テイラーの思想』をお読みください。

時代をぐっとさかのぼって、次はギリシア哲学です。池田隼人さんの連載「高校倫理から学びなおす哲学的素養」。今回は「ソフィストの登場からみる民主主義と相対主義 「真なること」と「より良いこと」」です。「大切なのは、ただ生きることではなく、善く生きることである」という有名な言葉を残したソクラテス。彼は民主主義とソフィストの時代に、人生や道徳、また善や悪について問う実践哲学の祖として現れました。民主主義がポピュリズムによって簒奪され、あるいは懐疑主義や相対主義がデフォルトになってしまった現在、つまりはソフィストたちが活躍した時代と類似する現在にあって、普遍的な正義や望ましい生き方を追求したソクラテスの哲学の意義は色あせることなく輝いています

近年、リベラリズムは進化政治学という新しい学問によって、その価値が科学的に支持されようとしています。伊藤隆太さんによる「科学と理性に基づいたリベラリズムにむけて――進化的リベラリズム試論」の2回目、今回は、進化論者は人間本性の限界を認識するからこそ、理性の働きの重要性に自覚的であることが述べられます。進化心理学や行動経済学の議論に親しんでいる読者は、彼らが人間本性の非合理性をいやというほど明らかにしてきたことをご存じかと思います。しかしながら、そうであるからこそ、人間が協調や平和を達成してきたという事実に重みがあるのです。人間の非合理的な本性に冷徹な科学的眼差しを見つめながら、それを理性によってどうコントロールしていくのか。ここにこそ、科学に裏打ちされた「新しいリベラリズム」誕生の契機が宿っているのではないでしょうか。

そうした科学的検証に立脚した議論の一例として、「信頼」をめぐる研究動向をレビューしたのが、次の記事、和田悠佑さんの「国際関係論における信頼――科学的実在論に基づいた理解へ向けて」です。国家間での紛争や敵対関係は枚挙にいとまがありませんが、しかしときに歴史的とも評される和解が達成されることもあります。国際関係論は、そうした和解がなぜ可能になるのかという問いに答えようとします。進化政治学の立場からは、国際関係においては、国家間の関係は敵対的であることが基本的な状態だとされ、では、それをどう乗り越えることができるのかと発想します。本記事では、和解に必要な要素として「信頼」に着目し、それを社会神経科学の方法論に基づいて研究することの必要性を説いています。

最後は、平井和也さんによる海外報道のレポート。今回は「バイデン政権発足後の米中の軍事動向」が海外でどう論じられているのかをレポートしていただきました。先の日米首脳会談後の共同声明に、台湾海峡の平和と安定の重要性に関する文言が盛り込まれたことに注目が集まりました。バイデン政権は中国とのあいだで激しい軍事的競争を繰り広げられていますが、そうした中、日本における米軍のプレゼンスが今後高まって行くことが予想されるという「War on the Rocks」の論考をはじめとして、中国が宇宙を兵器化しようと目論んでいるという報告書を発表したという「Defense News」と、中国が軍艦に最先端の空母キラーミサイルを導入したとする「ナショナル・インタレスト」の記事が取り上げられています。

次号は6月15日配信です。お楽しみに!

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