ニセモノの父、ホンモノの父――悪魔のしるし「わが父、ジャコメッティ」劇評

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ジャコメッティ=父、矢内原=息子というのがこの作品の枠組みだが、ジャコメッティが矢内原にとって父的存在であったことは確かだ。私がそう思う最大の理由は、作品内で紹介される、矢内原がジャコメッティの妻アネットと不倫関係にあったという事実である(「わが父、ジャコメッティ」の3人目の出演者が、このアネットを演じる大谷ひかるであり、冒頭敬三と話していた若い女性である)。矢内原がジャコメッティに深く心酔していたことは、膨大な記録そのものが物語っている。それなのにジャコメッティの妻に手を出すのは矛盾のように思えるが、そうではない。むしろ、ジャコメッティに対する同一化願望の現れだったのだろう(「わが父、ジャコメッティ」の中では明かされないが、上記書によると、アネットと矢内原の関係はジャコメッティ公認のものであり、それどころかそもそもジャコメッティが「自分は不能者だ。アネットが困るなら、誰かいい青年とアネットを共有してもいい」などと2人のいる前で口にして、明らかにそそのかしている)。

 

母との関係が、母の身体から生まれるという、生物としての根本的かつ具体的な事実に基づいているのに対し、「父」との関係ははるかにあいまいである。今でこそDNA鑑定が可能になり、100%に近い確実さで生物学上の父を確定できるようになったが(それはある意味、「父」の「母」化でもあるが)、そうでもなければ確定はできない。事実、伝統的な生活を続ける部族の中には、性交と妊娠の関係を知らず、「父」という概念がない、ないしは薄い部族もあるという。

 

要するに「父」とは「母」よりもはるかに人工的で抽象的な存在だ。社会によってはなくてもいい程度のものでしかない。極端に言えば、私たちは誰が自分の「父」なのか、自分で決めても全く構わないだろう。自分にモデルを与えてくれる人が「父」である。矢内原伊作はそもそも実父が矢内原忠雄(東大総長を務めた経済学者で、戦前から戦後にかけ、学問の自由を守ろうとした信念の人として歴史にその名を遺している)という、偉大すぎるほど偉大な存在なのだが、それとは別に、ジャコメッティにも「父」を見ていたのだ。ジャコメッティの妻に手を出したくなるほど、彼と同一化したかった。そしてそれは、西洋の文化・芸術に対する憧れと表裏一体の感情だったに違いない。

 

 

「わが父、ジャコメッティ」横浜公演から。撮影:前澤秀登 禁無断転載

「わが父、ジャコメッティ」横浜公演から。撮影:前澤秀登 禁無断転載

 

 

二つの「父」の落差の中にある日本の「芸術」

 

危口の父・敬三もパリに留学し、地元で尊敬される画家である。だが、はっきり言えば、芸術家として大成したわけではない。父のパリ日記の一節を読みながら危口は言う。「芸術家としての木口敬三はもっと大成する可能性があったのかもしれません。家族を持つことがなければ、ひょっとして」。敬三はジャコメッティのようにどこまでも芸術を追求していくことはできなかった。その断念が、自分を存在させているのではないか、という危口の認識は苦い。

 

なぜなら、危口自身がアーティストだからだ。芸術家としての危口にとって、どこまでも芸術を追求したジャコメッティの姿勢は貴い。その意味で、真に「父」とすべきはジャコメッティかもしれない。しかし現実の父は、大成しなかった不徹底な芸術家・敬三であり、自分はいわば、敬三の不徹底さが生んだ存在なのである。

 

敬三は、いわば「マティエール」のような存在だ。イデアとしての「父」がジャコメッティだったとしても、危口を形作った「マティエール」としての父・敬三は確固として存在して、アーティスト危口が現実離れした夢に飛翔することを妨げるのである。危口が「父の絵は好きです」と言うとき、そこにあるのは、父の芸術家としての断念を、共に生きてきた歴史でくるんだ羽二重もちのような感情である。それを「家族愛」というのだと私は思う。

 

イデアとしての「父」ジャコメッティと「マティエール」としての父・敬三。その落差の中にあるのが、欧米から学ぶことで近代化を成し遂げてきた日本の歴史であり、その中で自ずと形作られた、西洋と日本との「師弟関係」である。

 

それを象徴する場面がある。危口は「ジャコメッティは偉大な芸術家で、祖国スイスの100スイスフランに肖像が印刷されているほどです」と言って、100スイスフランを取り出す。「これは日本円では1万円に相当します。1万円の肖像画は福沢諭吉。『脱亜入欧』を唱え、西洋の芸術は素晴らしいと言いました。これにより、日本の芸術は西洋をお手本にすることになりました」。そうして危口は100スイスフラン札を敬三の顔に貼り付ける。敬三はお札のジャコメッティの顔を仮面のようにかぶって舞台の上を歩く。

 

この場面は、日本の芸術の、近代化のための「制度」としての側面を危口が明確に認識していることを示す。この制度による限り、ホンモノの文化・芸術は常に西洋にあり、日本人の芸術家は「本場」に留学することで箔をつけ、それによって日本でも芸術家として社会的認知を得ることになる。敬三もその制度に乗ってパリに留学し、芸術家として生きることができている。芸術家ではなかった矢内原も、パリを中心とした西洋の芸術に惹かれ、それを体現する本物の芸術家ジャコメッティとの思い出を終生大切にした。これにより本場の芸術家の創造の場を知る評論家としての自負を持ち、また他からも認められて生きていくことができたのである。

 

生粋の西洋人であるジャコメッティにとって芸術とは自明のものだった。だから彼は、自分の信じる芸術を、疑問一つ持たず追い求めていくことができた。敬三もまた、彼なりに真剣に芸術を追求したのだろう。だが日本人である彼にとって芸術は、近代化のために西洋から導入された制度であり、社会的認知を得て生活を成り立たせていく、国家公認の手段でもあったのだ。敬三はその二重性を生きてきた。それは確かに欺瞞だが、日本社会が今も大々的に維持している欺瞞であり、それをいちいち批判していたら生活の邪魔にしかなりはしない。

 

ただ、そうである以上、日本で芸術(だけではないが)の道を歩む人たちは、イデアの「父」を常に西洋に見出さざるを得ず、現実の「父」とのギャップに悩まされることになる。「わが父、ジャコメッティ」というタイトルは、日本で生きることに必然的に伴うそんな困難を吐露したものとも思えるのだ。

 

 

「わが父、ジャコメッティ」横浜公演から。撮影:前澤秀登 禁無断転載

「わが父、ジャコメッティ」横浜公演から。撮影:前澤秀登 禁無断転載

 

 

最後に少しだけ「母」の話をする。前回劇団サンプルの「ファーム」を取り上げた評で私は、男性作家による小劇場演劇の作品で、家族を扱ったものはほとんど全て、仮に見えないとしても、母が中心にいる、という趣旨のことを書いた。それでは、今回の「わが父、ジャコメッティ」では母はどこにいたのか。

 

公演が終わって、出演者3人が客席に向かって並んだ時、舞台の奥の、3人の真後ろに当たるところに1人の年配の女性が立って、3人と同じタイミングでぺこりと頭を下げた。開演の前に敬三と話をしていた女性である。危口が彼女に気づき、舞台手前へと連れてきたが、もう1回頭を下げると、恥ずかしげに引っ込んでしまった。名乗ることも紹介されることもなかったこの女性が危口の母であることは明らかだろう。画龍点睛とでも言ったらいいのだろうか、「見えない中心」がちらっと姿を見せたこの瞬間に、「わが父、ジャコメッティ」という作品は完成した。優れた作品は自ずと、全てつじつまが合うようになっているのである。

 

(2014年10月19日、京都芸術センターにて観劇)

 

◆上演記録

わが父、ジャコメッティ

2014年10月11日〜13日 横浜公演@KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ 主催:悪魔のしるし×KAAT神奈川芸術劇場

2014年10月16日〜19日 京都公演@京都芸術センター 講堂 主催:Kyoto Experiment

2014年11月4、6、11日 スイスツアー 主催:CULTURESCAPES

http://akumanoshirushi.com/GIACOMETTI/

 

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