世界の漫画に光をあてる「アングレーム国際漫画フェスティバル」

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コミケとの違い

 

荻上 そうそうたる顔ぶれですね。もちろん、日本以外からも、多くのゲストが参加しています。漫画祭は、どのようにして運営されているのでしょうか?

 

ニコラ このフェスには2つの大きな性格があります。ひとつが、書籍見本市。つまり、各国のバンド・デシネの出版社が、刊行作品を持ち寄り、紹介して、読者に買ってもらう機会を設けるもの。

 

もうひとつが、展覧会やショーなど、文化イベントとしての性格ですね。言葉や身体表現でお客さんに魅せるものや、作家さん同士、作家さんと読者との交流のきっかけをつくりだすものです。

 

荻上 非常に大規模です。しかしアングレームは、決して大きな町ではないですよね。

 

ニコラ ええ、人口4万5千人程度の、小さな町です。

 

荻上 日本だと、ご存じのとおり「コミケ(コミックマーケット)」といって、東京ビッグサイトで開かれる同人イベントが有名です。もしかしたら、コミケのような屋内型のイベントだと思う方もいるかもしれない。アングレーム国際漫画フェスティバルのような、地域に密着した漫画イベントが開催されていることを、意外に思う読者もいると思います。

 

ニコラ コミケの場合は、既存の器にイベントをいれるという性質があると思います。でもアングレームは、必要な施設がすべてあるわけではないところに、器を作っていくスタイルをとっています。市庁舎や美術館、音楽学校の校舎を施設として利用したり、仮設の大きなブースを作って、町全体を会場にしているんですね。フェス開催中は、町中がバンド・デシネ一色になっています。

 

 

M

 

 

荻上 参加者も、コミケのブースに出展するのとは、別の感覚を味わうでしょうね。

 

ニコラ そうだと思います。コミケはまだプロデビューしていない、若く、才能をもった作家が出展している印象ですが、アングレーム国際漫画フェスティバルの場合は、世界中のプロの作家を紹介しています。もちろん一部には、完全なプロではなく、いわゆるオルタナティブ系の作家さんもいますが。

 

またアングレーム国際漫画フェスティバルの場合、作家をそのまま紹介するというよりは、いろいろな側面に光をあてて、よりよい形で紹介することを心がけています。

 

荻上 紹介するということ自体に批評的な要素が含まれている。コンセプトを立て、より届きやすい形で、読者に伝えていく。

 

ニコラ そうですね。それぞれの作家の価値を高める形で紹介したいと思っています。日本の例をあげると、2015年1月のフェスの目玉企画は谷口ジロー氏です。谷口氏の知名度は、日本に比べたら、フランス、ヨーロッパの方が高いと思います。本国とは違う形で紹介することで、広がっていく可能性もあるわけですね。

 

今回は、600平米ほどのスペースをつかって、谷口ジロー氏の40年来のキャリア、作品を原画も含めて紹介します。フェスが終わったあとには、ヨーロッパ各地を2年間巡回することになっています。楽しみにしていてください。

 

 

日本の漫画は世界一?

 

荻上 ニコラさんが特に影響を受けたバンド・デシネ作家を教えていただけますか?

 

ニコラ ……非常に難しい質問ですね。うーん……重要な作家は3人います。フィリップ・ドリュイエ[*6]、メビウス[*7]、彼はジャン・ジローという名前でも作品を描いています。そしてジャック・タルディ[*8]。タルディは世界大戦をテーマにした漫画を描く作家で、今年が第一次世界大戦100周年だったということもあり、最近一緒に仕事をすることができました。この3人をはじめとした、70年代のバンド・デシネの革新が、私のバンド・デシネ観を変えました。

 

[*6] Philippe Druillet (1944-)。フランス人作家。1970年に連載開始した『ローン・スローン』(原正人訳、小学館集英社プロダクション)の圧倒的なグラフィックで同世代の作家、読者に衝撃を与える。その後、メビウスらと雑誌『メタル・ユルラン』を創刊し、世界中のクリエイターに影響を与えた。

 

[*7] Mœbius。本名ジャン・ジローJean Giraud (1938-2012)。フランス人作家。1960年代にジルGir名義で描いた『ブルーベリー』(一部邦訳『ブルーベリー[黄金の銃弾と亡霊]』原正人訳、エンターブレイン)で人気を博す。1970年代半ば以降はSF作品を多く発表し、雑誌『メタル・ユルラン』を創刊し、ハリウッドの映画に関わるなど、フィリップ・ドリュイエと並んで影響力の強い作家となる。日本のマンガ家にも多くの影響を与えた。代表作にホドロフスキー作『アンカル』(原正人訳、小学館集英社プロダクション)など。

 

[*8] Jacques Tardi (1946-)。フランス人作家。第一次世界大戦を描いた作品群などで高く評価される。フランスを代表する作家だが、現時点まで彼のバンド・デシネの邦訳はない。

 

のちにアジアの漫画作品に触れたときも、同じような衝撃を受けました。

 

荻上 その衝撃はどういうものですか?

 

ニコラ 日本の漫画に関していうと、最も驚いたのは、日本はフランスよりも20年以上前に大人が読む漫画を発明していたことですね。例えば楳図かずおの『漂流教室』は、1972年に描かれていますよね。これだけの作品が、こんな早い時期に描かれているとは……! とたいへん驚きました。

 

それから私が日本の漫画に出会って衝撃を受けたのは、誰にでも物語を提供しようとしているという点です。とりわけ女性向けの作品(少女漫画など)が充実している。わりと最近まで、バンド・デシネには女性向けの作品を描こうという発想はなかったんです。あらゆるタイプの読者に漫画を描いているという姿勢は、日本から学んだものです。

 

また日本の漫画は非常に長いスパンで、多くの巻数で、つねに面白く、インテリジェンスのある作品を描くことができるという特徴があります。最近では、フランスのバンド・デシネが日本の漫画を真似る傾向がでてきているくらいです。

 

実は私は本を作る仕事もしていまして、Dico Mangaという日本マンガについての辞典を共著で作ったことがあります。これは日本の漫画の全体像を紹介しようとするもので、おそらくフランスでは他に例がない本だと思います。その後、日本では数多くの漫画が出版されているので、今見るともう古くなっているのですが……。

 

 

15_DicoManga

 

 

荻上 それはとても読みたいです。どこかの出版社が翻訳して出してくれないですかね。

 

ニコラ いえいえ、フランス人が書いたものから、日本の皆さんが学ぶことはないと思いますよ。この本は、フランス語に訳されたマンガを分析的に紹介している本ですから、それを気に入っていただけるかどうか……。

 

荻上 日本では、「日本の漫画は世界一!」と思っている人も多いと思います。それだけ漫画が浸透しているということもありますが、それだけでなく、そもそも世界中で、日本と違うスタイルのバンド・デシネやコミック文化が発展し、愛されていることを知らない人が多いです。今回の慰安婦漫画に関する不幸な衝突は、日本人の漫画文化に対する思い入れの強さのようなものも、要因のひとつになっているように思います。だからこそ、ニコラさんのように、海外で漫画を愛されている方が、日本漫画をどのようにみているのかを知るのはとても大事なことだと思います。

 

 

アジア漫画のいま

 

荻上 ニコラさんが日本担当ではなく、アジア担当ということからも、日本だけでなくアジアにも優れた漫画があるのだということがうかがい知れますが、ぜひ「アジア漫画のいま」を教えてくれませんか?

 

ニコラ アングレームでは、2008年に、初めて中国漫画の企画を出しました。それ以降、中国の作家も参加してくれるようになっています。中国政府は、ソフトパワー戦略に目覚めて、自国文化の国際的影響力を高めようと国を挙げて漫画の発展を後押ししているんですね。来年2015年には、中国漫画をテーマにした大きな企画展を行う予定です。

 

その他のアジア各国にも優れた漫画は数多くあります。ただ、漫画産業は、ある程度の生活水準が満たされていないと成立しにくいんですね。例えばシンガポールの漫画家の場合は、何度かフェスに参加してくださっていますが、なかなか企画を立ち上げるほどにはいたっていない。ベトナムやインドネシアにも作家さんはいるのですが、十分な作品量ではないんです。やはり実質的には日本、中国、韓国に限定されてしまっていますね。

 

荻上 漫画は、活字を読めないといけないとか、出版物の流通経路が確立されていなければならないといった、産業が成立するための条件が多いような気がしますね。

 

ニコラ その通りです。ビルマで描かれている漫画を読んだこともありますが、国内に読める人が少なかったり、配本も難しかったようですね。娯楽文化ですから、やはりその国の発展に依存するところがあります。

 

 

慰安婦漫画の展示が行われた経緯

 

荻上 一方で、政府も関わって、漫画産業を世界に売り出そうとする国もある。日本は――「クールジャパン」と叫ぶ最近はまた違いますが――少なくともこれまでは、国が盛り上げなくても、国民の多くが漫画を愛していた。中国や韓国のように、国レベルで漫画を売り出すことに対して、それ自体に「人為的で政治的」反感を覚える人も多いのかもしれません。

 

ニコラ そういう部分はかなりあるでしょうね。日本は長い間、自国の娯楽文化を国をあげて発信するような戦略をとってこなかったと思います。一方で中国や韓国は、アメリカのソフトパワー戦略を学び、実践している。

 

荻上 そんな中で、韓国が慰安婦漫画を展示した経緯を教えてください。

 

ニコラ 私が韓国漫画を知ったのは、90年代の終わりです。アングレーム国際漫画フェスティバルで出会った韓国の友人たちが教えてくれたんですね。その後、韓国は自国のコンテンツを扱う官庁組織(Kocca=韓国コンテンツ振興院)が経ちあがり、公的資金を使って、海外向きの発信をはじめます。

 

フェスでは2003年に初めて、韓国漫画を本格的に扱う企画を実現しました。それから韓国の漫画関係者や作家さんが引き続きフェスに参加してくださるようになりました。今回の韓国漫画展は、そうした中で、韓国政府の関係者から提案いただいたものです。私たちとしては、ご存知のような出来事が起きるとは想像もしていませんでした。

 

荻上 ちなみに、韓国漫画の展示ブースの中で、慰安婦をテーマにした漫画はどのくらいの割合を占めていたんですか?

 

ニコラ すべてです。今回の展示は慰安婦をテーマにしたものですから。

 

慰安婦という歴史的な事実があり、それに関する主観的な表現を漫画家にそれぞれ制作してもらい、展示したいというのがもともとのお話でした。私たちは、バンド・デシネを、大人の鑑賞にも耐える、そしてどんなテーマも扱える表現手段だと考えています。一方で、漫画家の仕事は必ずしも真実を語ることではないと思っています。歴史家の仕事とは違う。それぞれの作家が、主観的に表現することはあり得る、というスタンスに立っています。

 

 

慰安婦漫画展

慰安婦漫画展

慰安婦漫画展

慰安婦漫画展

 

 

今年はちょうど第一次世界大戦から100年で、ジャック・タルディの主観的な表現による漫画作品の展示も開いています。韓国からそうした提案を受けたとき、「歴史を語るバンド・デシネ作家たち」という方向性が一致しているという感触をえたために、提案を受けることにしたんです。しかし、韓国側が、「歴史の真実」を物語ろうとしているとは想像もしていませんでした。【次ページへつづく】

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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