世界の漫画に光をあてる「アングレーム国際漫画フェスティバル」

韓国の作家は反対していた

 

荻上 韓国のブースには「私が証拠だ」という表示があり、それを撤去させたと聞きました。撤去の意図は、やはり「漫画展であって歴史展ではない」という意図からですか?

 

ニコラ そのタイトルは私が消させました。まさに「私が証拠だ」というタイトルから、アングレーム国際漫画フェスティバルを政治的に利用しようとする意図を感じたんです。私たちが当初理解し、合意していたテーマとは違った。

 

もともとのタイトルも、「花は枯れない(Fleurs qui ne se fanent pas)」だったんです。フェス開幕の数日前に設営現場を見回っていたら「私が証拠だ(”J’en suis la preuve.”)」というタイトルが付け加えられていて、びっくりしました。このフレーズが加わると、主観的な漫画表現ではなく、政治的な表現になってしまう。これを認めるということは、私たちが政治的立場を表明するということになるわけです。「私が証拠だ」というタイトルも残せと言われたのですが、「このタイトルを取り下げない限り、展示も中止してもらう」と主張し、すべて撤去してもらいました。

 

荻上 韓国側に対して、イベントのポリシーを貫こうとしたと。

 

ニコラ 実を言えば、さらに早い段階で、漫画だけでなく写真を展示したいという話も出てきていたんです。もちろんお断りしました。また開幕前日に、女性家族部長官のチョ・ユンソンさんが、パリで「アングレーム国際漫画フェスティバルに、史実に基づく展覧会を開く」という記者会見を開こうとしていたんです。直前に偶然その記者会見の存在を知って、取りやめるように要請しました。記者会見が開かれていたら、展示も中止していたと思います。

 

ただ今回の出来事でもめたのは、政治家や官庁であって、韓国から参加された作家さんたちではありません。作家さんはむしろ、こうしたタイトルに反対とおっしゃっていました。

 

 

従軍慰安婦は存在しなかった」という主張

 

荻上 漫画表現の多様性を追求するために、第一次世界大戦に関する漫画を取りあげたり、慰安婦をモチーフとして取りあげようとされていた。漫画祭の意図が、政治的にゆがめられることから守るための対応だったということですね。

 

ニコラ はい、それこそ私たちが当初から大事にしてきたことです。

 

荻上 韓国に次いで、日本側でもみられた動きについてもお話を伺いたいと思います。日本でも、「論破プロジェクト」という団体が、韓国の主張を否定するという展示を行おうとしていました。「論破プロジェクト」の漫画[*9]を見ましたが、非常にシンプルなツールで描かれた、数ページほどの、クオリティの低いものです。

 

[*9] 論破プロジェクトの漫画「The J facts」の一部が 論破プロジェクトFacebook で読める。

 

ニコラ ええ、そうでしたね。

 

日本人グループは、出版社と偽って出展しにきました。でも本は一冊しか出していないし、その作品は、どう贔屓目に見ても非常に貧しいものでした。明らかにマンガを紹介するのとは他の目的を持っていた。

 

荻上 出展した「論破プロジェクト」は、「幸福実現党」という、宗教団体をベースに持つ政党が後援している団体でしたね。

 

ニコラ 「幸福実現党」という名前はあとで耳にしました。

 

私たちは自由な表現空間を提供する立場ですから、それぞれの作品の内容についていちいち確認したりするわけじゃありません。彼らは私たちを騙していたわけですね。

 

荻上 彼らのウェブサイトには、「韓国が「従軍慰安婦の漫画」を50本出してくるならば、日本からは100本の「真実の歴史に基づいた漫画」を出して、戦いを挑みます」とあります。漫画の発展という目的で出展したわけではなさそうですね。

 

ニコラ なるほど……(苦笑)。漫画を政治的な表現として使うことは悪いことだと思いませんが、アングレーム国際漫画フェスティバルを政治的な主張のために利用するのは困ります。

 

もうひとつ頭を悩まされたのが、彼らのブースには、日本の国旗と一緒に「従軍慰安婦は存在しなかった(La position du Japon/ Les « femmes de réconfort militaire » n’existaient pas.)」という日本の一部の見方と思われる主張がフランス語で掲げられていたことなんです。フランスではこうした行為は軽犯罪に相当します。ある特定の史実に対して、それを否定しようとする公的な発言、歴史修正主義は許されないことなんですね。それこそナチスドイツのホロコーストの存在を否定するようなものです。今回の出来事は司法的な手続きによって記録もされてしまっています。

 

荻上 え。「従軍慰安婦は存在しなかった」とまで書いてあったんですか?

 

ニコラ ええ。「従軍慰安婦は存在しなかった」でしたよ。日本の国旗と掲げられていたので、人によっては、公的な見解と思ってしまっているのではないでしょうか。

 

 

論破プロジェクト垂れ幕

論破プロジェクト垂れ幕

 

 

荻上 「慰安婦は必要だった」とか「強制連行はなかった」と主張する保守派は多くいますが、まさか「従軍慰安婦はいなかった」と掲げたとは。それは驚きました。

 

ニコラ こうした展示を放置することはできません。ですからフェスが開幕される前日に、ブースを撤去させました。

 

 

日本に流布する三つのデマ

 

荻上 私の知る限り、フェスティバルでの慰安婦漫画騒動については、日本のネット上には少なくとも3つのデマが流れていました。ひとつ目は、「論破プロジェクトのブース」ではなく、「日本のブース」から漫画が撤去されたのだ、というものです。ふたつ目が、漫画は韓国人が撤去したというもの。そしてみっつ目が、youtubeにもアップされていましたが[*10]、ニコラさんの使っているスマートフォンがサムソン製だったために――。

 

[*10] 動画はこちらのページで確認できる。

 

ニコラ 韓国に買収された、というものですよね。そのスマートフォンはいまも持っています。これです(笑)。

 

 

ニコラ氏のスマートフォン

ニコラ氏のスマートフォン

 

 

まずひとつ目について。日本の全てのブースを撤去したわけではありません。ふたつ目は、いまお話したように、韓国側が撤去したのではなく、私たち主催者側が事前に撤去を命じています。そしてみっつ目はいうまでもありません。もし韓国に私が買われているなら、韓国側のブースに対して「私が証拠だ」というタイトルを取り下げるようにはいいません。

 

私のスマートフォンが撮影されたときは、ちょうど韓国からのゲストがスピーチをしているところでした。会場には、世界中のジャーナリストがいままでにないほど集まり、非常に注目されていた。職務上、私はずっとピリピリしていました。そのときはすでに韓国側とやりとりをした後だったというのもあります。

 

そこに撤去を命じたブースの関係者がカメラを近づけてきた。彼らは開幕の朝から私のことをずっと追い回していました。そのために、少し乱暴に見えるような態度をとってしまった。いま思えばあんなことしなきゃよかったと思いますが、ストレスが溜まりに溜まって、身体が反応してしまいました。

 

 

政府持ち込み企画には警戒するようになる

 

荻上 これまでのお話ですと、日本に対しても韓国に対しても、イベントの政治利用そのものに注意をしていた。韓国ブースに対応していたら、日本人の一部ブースでも問題があったので、対応に追われた、と。今回のような出来事を受けて、やはり今後は運営の方法も変えられるのでしょうか?

 

ニコラ まず、保安的な策は考えていません。アングレーム国際漫画フェスティバルでは、自由に活動して欲しいと思っています。ただ、どの国にも限らず、政府主導で持ち込まれた企画については、警戒するようになると思いますね。今年1月の出来事について、作家さんに対して責任を追及する気はありません。今回の企画を実現するために働いてくれた韓国漫画映像振興委員の皆さんも非常に優秀で、とても準備がしやすかった。ただ、政治的な意図をもってフェスに関わろうとしている人たちには、今まで以上に気を付けないといけないと思います。

 

私たちはこれからも前向きに、新しい企画に取り組んでいきたいと思っています。来年は谷口ジロー氏を取りあげる大きな企画もありますし、他にも各国の魅力的なバンド・デシネを展示していきますから、気兼ねなく来場してくださると嬉しいです。

 

(2014年8月25日収録)

 

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