異なることがうれしい――写真展『なにものか』オープニングトーク

「異なることがうれしい」

 

長津 展覧会を見た方は、齋藤さんが書いたテキストもお手にとったかと思いますが、その中で、今齋藤さんが語っている話を「身体を通した声」と表現されていたのが印象に残っています。

 

また、テキストの結びに、「異なることがうれしい」という言葉も。これは、どんな出会いから生まれた言葉なのですか。

 

齋藤 「異なることがうれしい」というのは……、うーん、やっぱり異なるということを嬉しいと思えるようにならないと生きていけない、という実感からきています。こうして筆談トークできるのも、異なるから見出せた方法だし、それを楽しまなければ何にもならない。

 

長津 「異なること」という言葉と「うれしい」が組み合わさっているのが、すごくぐっときました。

 

齋藤 でも、けっこう単純なことですよ。たとえば……

 

 

みずのきで作った「さをり織り」

みずのきで作られた『さをり織り』

 

 

これは京都市のみずのきで作られたさをり織りです。いろんな色があるネ。

 

 

鞆の津のくすばさんが切った、切れ端の山

鞆の津のくすばさんが切った『切れはしの山』

 

これは鞆の津の……(「アーティスト」って言っていいのかな……うーん)くすばさんが切った切れはしの山です。ぼくもさっき気づいたことなんですが、これって適当に切っているんじゃなくて、ちゃんと文字を分けて切っているんですね。

 

 

切れはし一つ一つが言葉を分けて切られている

切れはし一つ一つが単語になっている(人の名前など)

 

 

カオスの中の秩序。うつくしいと思う。

 

ぼくの言う「異なることがうれしい」とは、そういう意味です。あまりにも言葉の意味だけを重視してしまうと、こういう行ないやふるまいは、意味を妨げるノイズとしてしか見えなくなってしまうと思っています。そういう、意味の通った言葉ではない、その人のリズムに隠された行ないを見いだすことは、時間がかかってしまうけれど、単純に楽しくて、うれしいことです。

 

そういう謎の可能性を残したまま世界に飛びこんでいけたら、わからないこともすこしは怖くなくなって、そのもののうつくしさも直に目に入ってくるようになる、と、思います。そうだといいです。そう願います。

 

長津 今回は4ヵ所で滞在しましたが、他の2ヵ所ではいかがでしたでしょうか。

 

 

切れはしの山からどこかのだれかの名前を見つける

切れはしの山からどこかのだれかの名前を見つける

 

 

齋藤 福島のはじまりの美術館でも、カラフルさがキーになりました。

 

 

アイロンビーズ。ね!キレイ

齋藤氏「アイロンビーズ。ね!キレイ」

 

 

はじまりの美術館ではアイロンビーズを使って、こういう風な「なにものか」が生まれました。利用者さんが作ったアイロンビーズの作品を組み合わせて、顔のようなものを作りました。どうしてこの顔のようなものがひらめいたのかは、ぼくもわからないです。その土地にいって、そこにいる人に会って、食事をして、それらをつなぐ細い線をたぐりつづけていったら、なぜだかそれが産まれてしまった。

 

作ったという思いは、まるでないんですね。そういえば、この感覚はぼくが写真を撮ったあと、出来上がる写真を見ると、自分の意図をまるっきり超えていることへの驚きと似ています。ぼくはコントロールしていないのですが、それはやってくる。別のところから。別の世界から。別の次元から。

 

 

はじまりの「なにものか」

はじまりの『なにものか』(撮影:齋藤陽道)

 

 

高知の藁工ミュージアムでは、他の3館とは違って食に力を入れているんですね。藁って、ごはんの元ですよね。それと特別天然記念物である高知県原産のオナガドリという文化が結びつながって、このなにものかがやってきました。

 

 

藁工の「なにものか」

藁工の『なにものか』(撮影:齋藤陽道)

 

 

ここでも思うことがたくさんありすぎて…言葉につまります。食を願う気持ちはやはり普遍だよな、と思いました……まる。

 

長津 本当に展覧会を見ていると、いろんな形の声、いろんな形の言葉があふれている場所だと思います。ぜひみなさんも、長い時間いてほしいなと思います。

 

 

アイロンビーズをばら撒く齋藤氏

アイロンビーズをばらまく齋藤氏

アイロンビーズをばら撒く齋藤氏

 

 

「見る」ことは、自分の核に立ち戻っていくこと

 

長津 「異なることがうれしい」と、「みんなちがってみんないい」は、同じでしょうか、それとも異なるでしょうか?どのように?

 

齋藤 「みんなちがってみんないい」は、たぶん、言っている人の実感がこもってないですよね……。自分を納得させたいがための言葉のように思います。AとBがあるとしたら、その差異を言葉で…頭で埋めようとしている感じ。

 

「異なることがうれしい」は、さみしさがまず地盤にある。AとBの差異はそのまま。それでも、なぜか「うれしい」と思えるものを見いだせたときの神秘感が元になっている。

 

 

齋藤氏「かなぁー(うでくみ)」

齋藤氏「…かなぁー(うでくみ)」

 

長津 今回は、写真展というより中間報告的なものだということですが、この先見たいものはありますか?

 

齋藤 この展示を通してよりわかってきたのですが、ぼくの言う「見たい」というのは、新しいものを切り開くことでもなく、表現することでもない。一個人の核に、立ち戻っていく方向にあります。

 

うーん。ぼく自身が見たいものはなくて。どうやったら人が人と出会うよろこびに立ち戻れるか。それを言葉を使わずに行いたい……とか。そこに潜りたいのだと今回の展示を通して気づいてきました。

 

長津 ありがとうございます。「異なることがうれしい」をテーマに色んな方向にお話を伺いましたが、もう終わりですって。

 

齋藤 あらあら。早い。今回写真展とは思わずに報告会という認識で、ぜひ、(展示会場で配布している)MAPとテキスト、読んで下さるとうれしいです。

 

長津 展示も!

 

 

齋藤・長津「ありがとうございました」

齋藤氏・長津氏「ありがとうございました」

 

 

日本財団アール・ブリュット美術館合同企画展2014-2015
「TURN/陸から海へ」(ひとがはじめからもっている力)関連企画
齋藤陽道展「なにものか」

 

会期:2015年11月8日 (日) – 11月23日 (月・祝)
時間:12:00 – 19:00(最終日は17:00まで)入場無料
会場:3331 Arts Chiyoda 1F 3331ギャラリー
主催:日本財団
協力:TURN展実行委員会(みずのき美術館、鞆の津ミュージアム、はじまりの美術館、藁工ミュージアム)、3331Arts Chiyoda

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vol.276 

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