演出家は王様ではない――『わが星』から『あたらしい憲法のはなし』へ

民主主義の劇団「ままごと」

 

水谷 「ままごと」では、作品をつくる前の段階での話しあいがとても大きな意味を持つことがわかったんですが、宮永さんが制作として柴さんと関わるようになったのはいつからですか?

 

宮永 柴と作品をつくるようになったのは2006年からですね。最初はわたしが柴に、新作朗読劇の戯曲を書いてほしいと依頼したんですよ。そこで彼が書いてきたのは、20冊くらいの小説をブツ切りにして再構成したものでした。

 

たとえば「誰かが死ぬ」というシーンがあったら、次のシーンでは「誰かが死んだ」別の物語につながっていく、というものです。そのときはわたしが演出的な立場だったので、稽古場で役者といっしょに「なんか思ってた朗読劇と違う!」ということになりまして(笑)。そこで「コレちょっとよくわからないから、柴くん稽古場に来てくれない?」と言っていっしょにつくりはじめたのが、はじまりですね。

 

この戯曲をどうやって作品にしたら良いのか全然わからなかったけど、そのわからないものがかたちになっていく感じがすごくおもしろくて、これは新しい演劇が生まれるかもしれないという感触はありました。その公演が終わった翌年(2007年)に柴といっしょに平田オリザが主宰する「青年団」に入って、2009年に「ままごと」を立ち上げることになります。

 

水谷 戯曲に対して、宮永さんはどういう関わり方をしているんでしょうか。

 

宮永 なんっにも言ったことないですね!戯曲に関しては(笑)。まあそれは劇作家としての彼を信頼しているからという部分が大きいからだと思うんですけど。あとは、「ままごと」が戯曲を立ち上げる前段階からチーム全体で作品創作していくというスタイルを持っているからだと思いますね。

 

このチーム全体での創作スタイルは――これは2009年に『わが星』をつくったときにドラマトゥルクの野村政之さんからのアドバイスではじめたことなんですけど――だいたい稽古がはじまる半年くらい前に、柴がまだ戯曲を一文字も書いていない段階から、柴を含めたスタッフ全員でミーティングをするんですね。

 

そこで柴が、「今回はこんな作品になると思う」という作品の軸になる部分の妄想をまず話して、そこからスタッフ全体がその妄想をふくらましていくといった感じで、戯曲だけではなく、演出プランから各セクションの具体的なプランニングまで、本番に入るまで定期的に全体でミーティングを行います。

 

ミーティングでは、舞台監督、舞台美術、音響、照明、衣装、演出助手、制作、etc……それぞれが立場に関係なくいろんなアイディアを出しあいます。

 

たとえば、照明さんが舞台美術さんにこんな床の素材だと綺麗な夕日が映えると思うというアイディアを出してみたり、互いの仕事の範疇を越えて意見を交換しあって、誰の意見でもそれが面白ければ採用していくんですね。そんな具体的なアイディアのひとつ一つが、柴が書いていく戯曲の内容に影響することは多分にあるんじゃないかと思いますね。

 

 

演出家は憲法のように

 

水谷 では『あたらしい憲法のはなし』も、そのような「ままごと」のつくり方、制作のスタイル、象の鼻テラスでやったことや『四色の色鉛筆があれば』との連続性のなかで語れる作品になるんですか?

 

柴 もちろんそうです。象の鼻テラスを経たこの作品は、自分の稽古場でのふるまいを反省した結果、ということになると思います。演出家っていうのは、憲法以前の王様のようになってしまっていないか、と自分自身感じ入るところがありました。

 

水谷 でも演劇の現場というのは、指示を出すべき人が必要ですよね?

 

柴 それはもちろんそうです。でもそれは、役割の問題であって、演出家が役者よりえらいということはない。なのに多くの演劇の現場では演出家の方が役者よりも役割が上、ということになりがちなんです。演出家の側も役者の側もそう思いこんでしまうし、なんならその方が楽だという発想が、全員にあるんですね。

 

考え方は人それぞれだからそれはいい。でもぼくの経験からすると、演出家に言えと言われたから言うせりふと、自分自身をコントロールして言ったせりふでは、音の鳴り響き方が違うんですね。おもしろさが全然違う。もちろん、好き勝手にしていいということではないんですけど。

 

水谷 ぼくも、決められたせりふを言っているなという演技と、いままさに出てきたようなせりふを言える演技には、かなり差があるように思います。これは象の鼻テラスにも通じるところだけど、虚構と現実がまじりあうような瞬間が、演劇のおもしろいところだと思う。決められたせりふしか言えない役者は、やっぱりだめだよね?(笑)

 

 

早稲田大学の水谷先生

早稲田大学の水谷先生

 

 

柴 いや、そんなことはないとはないですよ! 演出家の絶対的な支配は問題だと思うけど、じゃあ「自由にしなさい」と言ってみんなが本当に自由になれるかどうかは別問題ですよ。つまり、自分自身に支配されてしまうこともあるわけです。「さっきこう言ってウケたから、次もまたそうしよう」とか、自分自身の成功体験を、無自覚にくり返そうとしてしまうことはよくある。

 

演出家の仕事というのは王様のように権力を持つことではない、そうではなく、いかに役者が役者自身にとらわれているということを言ってあげることであると思うんです。それはむしろ、憲法に近いんだと思う。

 

社長の方がえらい、女より男がえらい、経験がある意見の方が正しい、そして役者より演出家の方がえらい――こういうことをみんなは思いたがるけど、憲法はそうは言っていない。ものごとを俯瞰したうえに成り立ったルールづくりをしている、というところに憲法の魅力を感じました。

 

戯曲の段階で、役者を解き放つようなことをうながせないかな、ということをよく考えます。戯曲自体も「こう言え」ということが書いてある、いわば権力的な命令になりうるもの。でも戯曲のなかのせりふを、自分のパートナーのように発声できる俳優さんもいるんですよ。

 

「いろんな言葉が言えるなかで、わたしはこれを言う」、あるいは「このせりふを言いさえすれば、あとはなんでもできる」という、自由を保障してくれるものとしてせりふをとらえる人もいるんです。そういう自由をうながせる戯曲の書き方も、ぼくはあると思っているんです。

 

演劇がその場にひとつの「国」を立ち上げるものだとして、俳優という「国民」に対して演出家が権力になるのではなく、自由を引き出すための役割を負う。「憲法」を戯曲として考えるならば、そういうことが言えるんじゃないかと思いました。

 

俳優一人ひとりがより自由であった方が演劇もおもしろいように、国民一人ひとりが自由であった方が、国も発展するというのが、憲法の考え方だと思ったんですよね。

 

水谷 民主主義と演劇の関係を考えていくと、当然、演劇教育に目が行きますよね。特に高校での演劇教育って、やり方によっては、何よりも「自分」「個人」「自由」「個と社会」などということを考えるための実践の場になりますよね。

 

柴 そうかもしれないですね。つまり、先生のアイディアよりも勉強がぜんぜんできないような子が言ったアイディアの方が実際やってみたらおもしろかった、ということは全然ありうるということでしょう。

 

その過程で生徒は、自分たちはどんな状況においても先生の意見を信用するようになっていたんだなあ、と気づいたりする。……そう考えると別に、わざわざ演劇でやらなくてもできることかもしれませんね(笑)。

 

水谷 でもやはり、俳優がいる演劇だからこそだと思いますよ。演劇教育というと、ぼくはすぐに福島のいわき総合高校にいらした石井路子先生(現在は追手門高校の先生)のことを思い浮かべるんですが、彼女が高校生たちとやっている演劇をはじめて観たとき、あまりに自然にその生徒本人として振舞っているので、「これは芝居なんだろうか?」と度肝を抜かれました。

 

まず、芝居なのに高校生たちがせりふをしゃべっているように見えないんですね。どうしてこんなことができるんだろうと思って、何度か授業を見学に行くと、石井さんは一人ひとりをものすごく大事にしてるんですよ。体のくせや声の出し方、たたずまいといった、個々人の差異を大事にしてるんです。

 

石井さんはそんなふうに、個々人が個々人として「在る」ことができるような演劇を生徒といっしょに作ろうとしている人だと思いました。『わが星』のちーちゃん(端田新菜)だって、歩き方とかとてもくせがありますよね。

 

柴 くせそのものです、そして、それが自由から生まれる個性だと思います(笑)。

 

 

『わが星』上演時の端田新菜さん

『わが星』上演時の端田新菜さん

 

 

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