今、戦争を描くということ

戦争の中の日常

 

荻上 今日さんは今年、若い世代が戦争を描くという点から様々な媒体でクローズアップされる機会が多かったと思います。戦争を経験していない世代が戦争を描くときは、必ず何かを切り落とした上で、あるモチーフをピンポイントで描かなければ語り尽くせないものがあったりしますよね。

 

今日 その点がすごく難しいですね。史実をもとにしているので、そこに必ず命を落とした人、犠牲になった人がいる。それを自分が描いて漫画というエンタメにしていくことに毎回、良心の呵責を感じます。まず、その戦いがすごく大変なんですよね。これで良いんだろうか、亡くなった人たちがこれで納得するんだろうか、常に自分の中で悩みながらやっています。それでも何もしないよりは作った方がまだ良いだろうと思って。

 

荻上 なぜ戦争をモチーフにした作品を一作品だけで終わらせずに続けていくことになったのですか。

 

今日 犠牲者の方々の気持ちは一言では絶対表せないですし、一つ描くごとにまた一つ疑問が生まれていくというか。また、これは私の個人的に感じることですが、一つ描くごとにまた一つ違う戦争に、私自身が一歩近づいているのではないか、という恐怖があって。もう一回新しいものを作ってみようと思うんです。

 

荻上 戦争をテーマにした作品はおそらく他の作品以上に取材を重ねることになりますよね。ただ、実際に現地の人の話を聞くとその思いを背負いこんでしまって、なんとかそれを外に出さなければ、というループに入っていくような気がするのですが。

 

今日 そうですね。それはすごく怖いです。でも、戦争でリアルに自分の身体がちぎれていく感じを疑似体験できるのは、実際に戦争を体験された方から話を聞く方法しかないんです。そうやって、かろうじて自分の身体に戦争の痛みを刻みつけることができる。

 

誰も今更、関ヶ原の戦いを「痛かったね」と語る人はいないように、太平洋戦争が「すごく痛い」ものであったことが感じられるのは本当に今しかないと思いますね。ですから戦争ものを描くのは今が一番良い時なんじゃないかなと感じています。

 

荻上 なるほど。今日さんは戦場での「女性」を意図的に描かれていますよね。

 

今日 実際の戦争とは別に、少女期というものに興味があって。私自身、少女は常に戦っている状態に置かれていると思っているので、本当の戦争が絡んできたときに彼女達がどう大人になっていくのか、そこに興味があるんです。

 

 

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荻上 少女性というモチーフと、戦場という舞台がクロスされているように感じます。

 

今日 そうですね。少女の心の中で常に戦争が起きている状態を、実際の戦争に置き直して分かりやすく見せている感じです。

 

荻上 少女の心の中の戦争ってどんなものなのですか。

 

今日 中学高校時代ってずっと何かと戦っている気がしませんか?なにか、自分と「敵」がいるような……ただ毎日を生きのびるのに必死。そういう思春期を戦場に置き換えてみる。かなり飛躍はしますが……。あとは、実際に戦場で亡くなった人たちの中にも、ちゃんと青春があったことを記録しておきたいという気持ちもあります。

 

荻上 モチーフは少女であるけど、戦争中の日常が浮き彫りにされるような作品になっていますよね。

 

 

ただひたすら原作に近づいていく

 

荻上 塚本監督は今回、文学である原作と、それを映像化するにあたっての手法の違いの点で意識されたことはありましたか。

 

塚本 何十年も映画を作っていますが、自分の決まった手法とか、既存のフォーマットに当てはめるだけで作れちゃう、なんてことは一回もないんです。いつも漠然とした塊にぶち当たって、少しずつほぐしていくような作業です。今回は特に、もう少し分かりやすい映画にしたほうがいいのかなと悩みました。でも、それをやり始めるとキリがなくて。それに、現実的になればなるほど過去のものとして遠のいていく感覚があったので、いっさい説明は省きました。

 

映画がはじまるとお客さんがポンっと緑の中に立たされる。物語が進むにつれてだんだんと状況が分かってくる。そういう順序でいいかな、と思って。僕としては原作にかなり忠実に描いたつもりなんです。原作のわかりやすい説明部分は省きましたが、その他はまんべんなく映像に置き換えて、何かの描写を過剰にしたりもしないで、ただひたすら原作に近づこうという気持ちでした。

 

荻上 映像そのものがかなりクリアな撮り方になっていますよね。

 

塚本 そうですね。最初に原作を読んだ時は、とにかくフィリピンの自然の風景があまりにも美しいと感じて。その一方で人間はどうしてこんなに愚かしい行為をしているの、という対比がとにかくずっと頭にありました。これだけはやりたいと思ったんです。だから、いま流行っている白黒っぽい色合いなどはいっさい使わずに、鮮やかな緑を描きました。

 

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戦争を知らない世代が戦争を描くということ

 

荻上 今日さんは戦争ものの作品とそうでない作品とでは、トーンの違いなどはありますか。

 

今日 戦争がテーマの場合、誰からも依頼されていなくてもまず書き始めようという気持ちがあります。私が描く戦争ものってあまり大ヒットにはならないので、編集者からすると「また売れなさそうなものを……」と思われている気がするんですけど……(笑)。でも、私自身がやりたいから。なぜ戦争ものを描きたくなるのかは自分でも分かりませんが、毎回「描かねば」と思うんです。

 

塚本 戦争のことを描こうと思われた最初のきっかけはなんだったんですか。

 

今日 ある編集者から「ひめゆり部隊」の学徒隊をモデルに描かないかと提案されたんです。そのとき私は戦争ものなんて絶対やりたくないと思っていましたが、その編集者が「少女性」という切り口をもたらしてくれたので描いてみようという気になりました。

 

塚本 ぼくも、本当にあった出来事を戦争体験のない自分が描くということの葛藤は結構あります。もともと、「戦争を描くなら被害者の目線でなく加害者の目線で描かなきゃ」と思っていたので、野火の原作権が取れなかった時に、戦争体験者の方々から聞いた話をもとに自分で作っちゃおうかなと考えたこともあったんです。

 

加害者の目線で描くという点に絞ってみれば、違う題材でもっとくっきりと描ける方法もあると考えたのですが、なぜかそれはちょっと抵抗があったんですよね。不謹慎までは言いませんが、戦争を体験していない自分がやっちゃって良いのかなと。

 

また、それとは別のところで『野火』には加害者の目線もやりすぎない程度にちゃんと入っていて、それ以外の様々なことが溢れんばかりに入っている魅力があったので。やっぱりこれが良いんだ、どうしても原作権を頂いて映画にするんだ、と思ったんです。

 

ただ、これからは私たちが戦争を語り継いでいかなければならない。それをどうやって伝えていけば良いのだろう、と考えた大きな問題が起きてくると思います。ぼくは戦争体験者に関わることができる最後の世代だったので、10年前によくお話を聞いて、「自分はこれを聞いたから作ってもいい」というお墨付きを頂いたような気持ちで『野火』をつくりました。

 

でも、これから戦争体験者の方が亡くなってしまったら若い世代は作ってはいけないのか、となると大変なことになってしまう。そう考えていたときに、今日さんの作品に出会ったんです。今後はこういう形で若い方々が戦争を恐れずに表現しなければならない、ということにも気づきました。

 

やはり戦争体験の話を聞いて、大事だけどちょっと重いな、もっと勉強しなきゃな、といって姿勢を正して向き合っていると、少しずつ疎ましくなってしまうと思うんです。そうではなくて、お化け屋敷に入るような娯楽というか、興味をもって接していくべきです。そう考えると、原作の世界を若い人が見てショックを受けたり、恐れないで戦争に関わっていくのは非常に大事なんだな、と気づいて。

 

原作から影響を受けて自分が映画を作って、そこからまた広がっていくように。今日さんの『COCOON』も原作から舞台になりましたよね。本当に素晴らしい舞台でした。しゃべり言葉も今の女の子のもので、「今そこにいる少女」がそのまま悲劇に飲み込まれていくんですよね。読んだ人が「戦争ってこういうものなの?」と思うことの大事さを強く感じました。

 

荻上 それは作品の力ですよね。私はいま戦争の本を準備していて、日本中から当時の卒業アルバムや日記から証言を集めています。直接お話を聞くのではなくて、当時の思いを書いた証言を集めているのですが、それを見た上で『野火』を観ると、まるで答え合わせをしているような気持ちになるんです。

 

生々しい作品というのは、実際の体験の生々しさに結果として肉薄していくものなのだと強く感じます。「戦争を語り継がなきゃ」という使命感からでは全くなくて、自分なりに受けたインパクトを言語化したり作品化しようとすると、実際の体験の生々しさとリンクするところがあると思うんですね。そうしたものをお二人の作品からは共通で感じるところがあって、興味深かったです。

 

今日 もちろん史実を正確に知ることも大事ですが、それぞれが自由に戦争を想像しても良いんじゃないかな、といつも感じています。それが戦争体験者ではない私たちの役割だと思うんです。たとえば身内に戦争体験者がいるけれど話を聞きにくい場合は、その人の経験を勝手に想像してみるのも一つの方法なんです。だから、「これは事実ではない」とか決めつける前に、自分の想像力を使ってみることが必要なのではないかと思います。

 

荻上 それが史実経由じゃなくて作品経由であったとしても、「『野火』の田村のような目に会うのは御免だな」とか、シンプルな問いから始まっても間違いではないはずですよね。

 

 

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『野火』

2014年/海獣シアター製作・配給/1時間27分
監督・脚本・撮影・編集=塚本晋也
原作=大岡昇平
音楽=石川忠
出演=塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也、森優作、中村優子

公式サイト: http://nobi-movie.com/

 

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塚本晋也(つかもと・しんや)

映画監督

1960年1月1日生まれ。東京出身。14歳で初めて8mmカメラを手にし、88年に映画『電柱小僧の冒険』(87)でPFFアワードでグランプリを受賞。劇場映画デビュー作となった『鉄男 TETSUO』(89)が、ローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲得し、以降、国際映画祭の常連となる。中でも世界三大映画祭のイタリア・ベネチア国際映画祭との縁が深く、『六月の蛇』(02)はコントロコレンテ部門(のちのオリゾンティ部門)で審査員特別大賞、『KOTOKO』(11)はオリゾンティ部門で最高賞のオリゾンティ賞を受賞。さらに97年と05年の2度、コンペティション部門の審査員を務め、第70回大会時には記念特別プログラム「Venezia70ーFuture Reloaded」の為に短編『捨てられた怪獣』を制作している。その長年の功績を讃え、09年にはスペインのシッチェス・カタロニア国際映画祭から名誉賞、14年にはモントリオール・ヌーヴォー映画祭から功労賞が授与された。俳優としても活動しており、02年には『クロエ』、『殺し屋1』、『溺れる人』、『とらばいゆ』の演技で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。遠藤周作原作×マーティン・スコセッシ監督『SILENCE(原題)』(2016年全米公開予定)にも出演している。

 

 

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