2010.09.14

わが国の人口変化は長期停滞にどの程度影響したのか 

片岡剛士 応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

経済 #少子化#高齢化#生産年齢

90年代以降の日本における長期停滞の原因に関しては、さまざまな議論がなされている。長期停滞とは、景気循環を経ながら経済成長率(実質GDP成長率)が低下したことをさすが、昨今、新たに、人口変化が長期停滞の主因であるという仮説が注目されているようだ。

人口変化が長期停滞に及ぼした影響をいかに把握するか

我が国の人口変化は少子化と高齢化が同時に進む、少子高齢化という現象によって特徴づけられる。そして、人口に占める年少人口(0~14歳人口)の割合が低下する少子化と、人口に占める老齢人口(65歳以上人口)の割合が高まる高齢化が同時に進めば、生産年齢人口(15~64歳人口)の総人口に占める割合が低下し、ひいては生産年齢人口そのものが減少する。

つまり、我が国の人口変化を考える際には、少子化・高齢化・生産年齢人口減少といった個々の要素を独立に取り上げるのではなく、相互に関連した要素として考えることが必要である。

この視点でみると、生産変化に影響する生産年齢人口低下が経済停滞をもたらしたとする議論は、バランスを欠いたものになる。そして、経済成長に直接影響するのは人口変化ではなく、就業者数と労働時間を加味した労働投入である。さらにいえば、経済成長は労働投入、資本投入、生産性の3つの要素により決まることにも留意しておくべきだろう。

では、人口変化が長期停滞に及ぼした影響をいかに把握すればよいのだろうか。

以上の議論からは、人口変化が労働投入、とくに就業者の変化にいかに影響したのかという点と、就業者数と労働時間の変化である労働投入の変化が、長期停滞にいかに影響したのかという点の二点を順に考えていくことが必要となる。この線に沿って論じてみよう。

人口変化が就業者の変化に及ぼした影響

人口変化が就業者の変化に及ぼした影響を把握するには、どうしたらよいか。就業状態に直接影響するのは15歳以上人口だが、総務省が毎月公表している労働力調査の定義にしたがえば、15歳以上人口は労働力人口と非労働力人口の合計であり、さらに労働力人口は就業者と完全失業者の合計である。

よって、就業者と15歳以上人口、完全失業者、非労働力人口との関係は(1)式のようになる。あわせて15歳以上人口、完全失業者、非労働力人口のそれぞれを15~64歳、65歳以上に区分して年齢構成の変化を意識すれば、(1)式は(2)式のようになる。

就業者 = 15歳以上人口 - 完全失業者 - 非労働力人口         (1)

就業者 =(15~64歳人口+65歳以上人口)-(15~64歳完全失業者+65歳以上完全失業者)-(15~64歳非労働力人口+65歳以上非労働力人口)     (2)

(1)式及び(2)式から、就業者数は、15歳以上人口が増加すれば増加し、完全失業者が増えれば減少し、非労働力人口が増えれば減少することがわかる。

図表1は労働力調査を参照して、就業者数の前年比変化率(折線グラフ)と、(1)式にもとづいて就業者数の変化率に対する15歳以上人口、完全失業者、非労働力人口の影響を寄与度として分解して示したものだ。

図表1 就業者数変化の要因分解 就業者数変化率=(15歳以上人口変化/前年就業者数)-(完全失業者数変化/前年就業者数)-(非労働力人口変化/前年就業者数)より要因分解。 (資料)総務省「労働力統計」より筆者作成。
図表1 就業者数変化の要因分解
就業者数変化率=(15歳以上人口変化/前年就業者数)-(完全失業者数変化/前年就業者数)-(非労働力人口変化/前年就業者数)より要因分解。
(資料)総務省「労働力統計」より筆者作成。

就業者数の変化に15歳以上人口、完全失業者、非労働力人口はどう影響したのか。

図表から明らかなのは、15歳以上人口の寄与は正で就業者数の増加に寄与していたが、その寄与は90年代以降、徐々に低下して09年にはゼロとなっていることである。

しかし、15歳以上人口の変化は、就業者数の変化には相対的に大きく影響していない。むしろ、完全失業者や非労働力人口の変化といった、景気循環と密接な関係にある要因が就業者数の変化に影響を及ぼしていると考えられる。

つぎに、年齢構成変化を頭におきながら、就業者数変化に対する15歳以上人口、完全失業者、非労働力人口の影響をみよう。図表2は(2)式にもとづいて要因分解を行った結果である。

図表2 就業者数変化の要因分解(年齢構成を考慮) 就業者数変化率=(15~64歳人口変化/前年就業者数)-(65歳以上人口変化/前年就業者数)-(15~64歳完全失業者数変化/前年就業者数)-(65歳以上完全失業者数変化/前年就業者数)-(15~64歳非労働力人口変化/前年就業者数)-(65歳以上非労働力人口変化/前年就業者数)より要因分解。 (資料)総務省「労働力統計」より筆者作成。
図表2 就業者数変化の要因分解(年齢構成を考慮)
就業者数変化率=(15~64歳人口変化/前年就業者数)-(65歳以上人口変化/前年就業者数)-(15~64歳完全失業者数変化/前年就業者数)-(65歳以上完全失業者数変化/前年就業者数)-(15~64歳非労働力人口変化/前年就業者数)-(65歳以上非労働力人口変化/前年就業者数)より要因分解。
(資料)総務省「労働力統計」より筆者作成。

年齢構成を加味すると、15歳以上人口、完全失業者、非労働力人口の就業者数への寄与は、どのように修正されるのだろうか。

まず、15歳以上人口についてみると、15歳以上人口の増加は、65歳以上人口の高まりにより生じたことがわかる。そして、00年代に、15歳以上人口の就業者への寄与の低下は顕著となるが、これは生産年齢人口の低下によって生じている。生産年齢人口の低下は少子化が影響する。

以上からは、15歳以上人口の変化に対して、高齢化は90年代以降安定的に影響し、少子化は00年代以降影響していることがわかる。

そして、景気循環に対して一定のラグをともないながら変化した完全失業者数、非労働力人口の変化の大部分は15~64歳の変化による。65歳以上完全失業者数の寄与はほぼゼロだが、65歳以上非労働力人口の寄与は、90年代以降安定的に就業者数に対してマイナスの影響を及ぼしている。

以上の議論をまとめよう。

人口変化が90年代および00年代の就業者数の変化に与えた影響としては、人口変化そのものよりも、完全失業者や非労働力人口といった、景気循環に関係する要因の変化が相対的に大きく影響した。

少子化・高齢化・生産年齢人口の低下といった人口構成が就業者数に与えた影響としては、高齢化は90年代・00年代を通じて、人口増・非労働力人口増というかたちで一貫して作用している。そして、生産年齢人口の低下といった少子化の影響は、00年代に顕著となったのである。

労働投入変化が長期停滞に及ぼした影響

つぎに、労働投入の変化が経済成長に及ぼした影響を検討しよう。

代表的な方法としては、成長会計にもとづく整理がある。前述のとおり経済成長は労働投入、資本投入、生産性という3つの要因によって決まる。90年代および00年代の経済成長率(実質GDP成長率)を、労働投入(就業者数変化および労働時間変化)、資本投入、生産性の3つの要因分解として示せば、人口変化が経済成長に及ぼした影響を把握することが可能となるわけだ。

図表3の上段は、簡略化のため資本投入と生産性の寄与を、ひとまとめにしたかたちで成長会計の結果を示している。

結果からわかるのは、各年代の実質GDP成長率に対して、労働投入の寄与は大きくないということだ。就業者数と労働時間を考慮した労働投入の寄与は、90年代以降の実質GDP成長率に対してマイナスの寄与となっているが、たとえば90年代前半(90~95年)の実質GDP成長率1.41%に対して労働投入の寄与は-0.51%である。例外は00年代後半(05~09年)の場合だが、これは09年の労働時間減少と、失業者数増加による雇用環境の急激な悪化が原因である。

図表3 各年代の成長会計と長期停滞の要因分解 1.実質GDP成長率=労働分配率×労働投入変化率+資本及び生産性の寄与、として定式化。 2.労働投入は、総実労働時間×就業者数として計算。総実労働時間は「毎月勤労統計」の総実労働時間指数(30人以上の事業所データ)、就業者数は「労働力調査」を参照。 3.労働分配率は(1-資本分配率)として計算し、資本分配率は1-雇用者所得/(固定資本減耗+営業余剰+雇用者所得-家計の営業余剰)の80年から08年までの平均値0.35とした。 4.資本及び生産性の寄与は、実質GDP成長率から労働分配率×労働投入変化率を差し引いて推計した。 (資料)内閣府「国民経済計算」、総務省「労働力調査」、厚生労働省「毎月勤労統計」より筆者作成。
図表3 各年代の成長会計と長期停滞の要因分解
1.実質GDP成長率=労働分配率×労働投入変化率+資本及び生産性の寄与、として定式化。
2.労働投入は、総実労働時間×就業者数として計算。総実労働時間は「毎月勤労統計」の総実労働時間指数(30人以上の事業所データ)、就業者数は「労働力調査」を参照。
3.労働分配率は(1-資本分配率)として計算し、資本分配率は1-雇用者所得/(固定資本減耗+営業余剰+雇用者所得-家計の営業余剰)の80年から08年までの平均値0.35とした。
4.資本及び生産性の寄与は、実質GDP成長率から労働分配率×労働投入変化率を差し引いて推計した。
(資料)内閣府「国民経済計算」、総務省「労働力調査」、厚生労働省「毎月勤労統計」より筆者作成。

そして、長期停滞に対する労働投入の影響を考える際には、冒頭で述べたようにある年代の実質GDP成長率と比較して、90年代以降の実質GDP成長率の停滞がどのような要因で生じているのかを考える必要があるだろう。

図表3の下段は、バブル期を含む80年代後半を除いた80年代前半の成長率と、90年代以降の各年代との成長率の差が何によって生じたのかを示している。これをみると、80年代前半の成長率と比較した、各年代の成長率の低下に占める労働投入の割合は、30%~40%であり、人口変化が影響する就業者数の場合は7%~27%に留まっている。

もちろん、人口変化の影響は今後深刻化することは確実であり、とくに高齢化による社会保障への影響は大きい。しかし以上からは、人口変化が長期停滞の主因とする仮説は誤りだといえるのではないだろうか。

推薦図書

多くの人は思い込みに囚われており、ある人びとには都合のよい真実というものがあって、そのような思い込みを助長するような言論が盛んな場合があると著者はいう。本書は徹頭徹尾、事実と基本的な経済学にもとづいて論じられた書籍である。もちろん、事実にもとづいてもはっきりと分からないこともあるし、単純に答えがでないことも多いが、誤った事実認識からは正しい政策は生まれない。事実認識と基本的な論理の重要性を知る好著として、多くの人に薦めたい。

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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