TPPの憂鬱 ―― 誤解と反感と不信を超えて

アメリカへの反感

 

第二の反米感情に移ろう。よくTPP反対派は、TPP交渉国のGDPを比較して、加盟国中日米のGDPが圧倒的に多いことを指摘し、これは実質的に日米自由貿易協定(FTA)であり、アメリカが日本の市場を狙っているのだ、という。本当を言えば、貿易額でみるとアメリカにとって日本の占める割合は40%弱にすぎないから、日本のアメリカにとっての重要性は誇張されている感がある。逆に貿易額でみると日本にとってアメリカは60%程度を占める(TPP研究会最終報告書にまとまっている。http://www.canon-igs.org/research_papers/pdf/111025_yamashita_paper.pdf)。

 

しかし、かりに実質的日米FTAだとしても、そのどこが問題なのかがよくわからない。TPPのかわりに日米FTAを進めればよいというのは、反対派の論拠としては説得力がない。というのもその日米FTAは、まさにTPP反対論者が挙げる議論によって頓挫してきているからだ。TPPが望ましいのは、二国間のFTAよりも有利に交渉し、実現できる可能性が高いことにある。

 

こうみると、本当のところ反対派はアメリカとの交渉することそのものを嫌っているのではないかとも思う。あるいは「自発的に取引に入るならば利益がある」という前提を疑って、今回のTPPはアメリカから強要されたと考えているのかもしれない。だが、これほど事実から隔たりのあることはない。日本のTPP参加意欲は、昨年、菅直人前首相のときに表明された。それが唐突に聞こえたとしたらそれは菅直人氏が唐突に発表したからである。

 

誤解のないようにいうと、アメリカにとってTPPの交渉参加にメリットがあるのは明らかだ。そもそもTPPはシンガポール、ブルネイなどの4か国から始まり、それにアメリカが乗った経緯がある。しかし、ゼロサム的世界観に立つのでないかぎり、アメリカがトクをするから、そこに入ると日本がソンをする、あるいはアメリカが日本にソンを押し付けようとしているというのは短絡的である(先に挙げたTPP研究会報告書は、アメリカ内部の利害対立について言及している)。

 

TPPは、参加国全員を拘束するルールをつくらなければならない。アメリカは強力に自国の利益を追求する交渉を進めるが、他の国も強力に交渉をしてくる。そこにはベトナムのような手ごわい国もある。オーストラリアやニュージーランドのように交渉に手なれた国もある。各種国内規制は今回のTPPでも維持されるし、民主党政権のアメリカが国内の労働規制や環境規制を開発途上国並みに引き下げることができるわけがない。アメリカがいろいろと注文を出してきたとしても、アメリカの思い通りになりにくい仕組みがまさに今回のTPPだ。

 

これはメリットでもあるし、デメリットでもある。アメリカが求めるルールがそのまま実現しないならば、日本が求めるようなルールづくりもできないかもしれないからだ。忘れてはならないことは、共通のルールづくりという点で、日本はアメリカとの利害の共通性があるということだ。今後、共通のルールづくりにおいて目標としなければならないのは、中国である。ベトナムと国有・国営企業の透明性確保について議論を進めていくことは、対中国交渉の前哨戦であり、このルールづくりに成功することでメリットはデメリットを上回る。

 

ちなみに、これはアメリカの政策担当者がこれまでも、あるいはこれからも「理不尽なこと」、「ヘンなこと」をいわないことを意味しない。まず交渉を有利に進めるためにさまざまな牽制球を投げてくるであろう。しかし、そもそも日本の政策担当者ですら「理不尽なこと」「ヘンなこと」を言わない保証がない。オバマ大統領がアメリカの輸出を増やそうというときに、彼は先にあげたゼロサム的、重商主義的、戦略的通商政策的世界観に染まっているのかもしれない(オバマ大統領の経済観に問題があることは、今回の経済危機をめぐる過程で明らかにされた。以下のブログ記事を参照のこと。http://www.washingtonpost.com/blogs/ezra-klein/post/could-this-time-have-been-different/2011/08/25/gIQAiJo0VL_blog.html)。それでも、TPPから日本は利益を得る可能性がある。

 

 

政治不信をこえて

 

第三に政治、政治家、政府への不信がある。いまの日本の政治家はデフレと円高を長らく放置してきた。100年か50年に1度の事態と言われた経済危機に対しても、対応は遅く少なかった。さらに未曾有の大震災と原発事故に対しても対策は遅く少ないのみならず、この瞬間で将来の増税を推進しようしている。こうしたいまの政治家、現政権をはたして信頼できるのか。

 

わたし自身、現政権の政策を批判する点においては人後に落ちないつもりである。なによりもわたしはこれまでの経済失政が政策への信頼を毀損していることを恐れている。しかし、結局のところ、個別の政策の評価と、政策実行主体の評価は分けて考えなければならない。

 

かりに現政権に批判的な人は、TPPに反対するのではなく、次のようにいえばよい。「TPPには賛成する。しかし、現政権は信用しない。信頼のおける政治家にTPP交渉参加を推進してほしい」と。

 

それ以上に日本の政治家、政治そのものに絶望し、まったく信頼を置いていないとしたらどうだろうか。結局のところ、民主制において政策をめぐる問題について何か発言するものは、政治に対して完全な悲観論者たりえない。政治にまったく期待していないという人は、TPPについても反対することすらできないだろう。歴史に名前を残すためとか、発言そのものから満足を得るというのでないかぎり、民主制のもとで政策について発言することは、たとえその可能性はわずかであっても、自らの発言によって政策が変わることを前提としている。

 

そして政策が変わるためには、結局のところ政策を変えうる政治、政治家を前提とせざるをえない。その政治家にとって信頼を回復するには、まっとうな政策を実行していくほかない。正直、そういう政策がどこまで実現されるかは心もとない。しかし、TPPへの交渉参加は、これまで現政権が提案しているなかではまっとうな政策であり、現実にも利益を得られる可能性は高い。こうした政策を実行することこそが政治家への信頼を回復する第一歩である。

 

TPPを論じることは憂鬱であるとともに、そうとばかりも言っていられないのである。

 

 

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