もう一度「一般理論」に挑戦する

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人は自分の都合のいいように考えてしまう

 

飯田 ちょっと技術的な話なんですが、DSGEモデルは均衡点を出して、その均衡点の近傍を取るんですね。単純にいうと、局所の線形近似を使うんですけれども。線形近似というのは大きな動きをすればするほど、あんまり現実をとらえられなくなるんですよ。これは近似の次数を上げても根本的には同じこと。均衡点の近くでは似てると言えなくもないけど、グローバルに見ると全然違う線なんですよね。つまり、局所だけに注目しているDSGEには、大きい動きは取り扱うことができない。リーマンショックが起きたときに、各国の財政当局、中央銀行側は、「ぼくらの持っているモデルの手には負えません」と早めに言ってしまうべきだったのかもしれないですね。

 

山形 これはぼくの感触なんですが、DSGE理論が良いとなった背景には、50~60年代に比較的経済が安定していて、その後もグリーンスパンが出てきたり、「もう大恐慌は起きないよ」という見方が主流になっていたことがあるんでしょうね。もしそういう前提があるんだったら、それ以降はDSGEですべてできるという尊大な気持ちになるのもわからないでもない。

 

飯田 DSGEというのは「ほどほどのショック」をコントロールするためにあるんですね。でも、10年近くまあまあうまくいったので、何となく自分たちがショックを押さえているような気分になってしまった。でも、それはたまたまその期間に大ショックがなかったというだけの話です。

 

不謹慎かもしれないけど、3.11以降の日本の状況を見るとよくわかると思うんです。東電はこれまでもちょこちょこと事故を起こしてましたが、大事故は起こしていなかったので、「このままいけるんじゃないか」という気分になっていた。でも、大地震や大津波のような特別なショックは、どうやってもあるときにはある。そのことを忘れてしまうんですよね。

 

山形 これは自分の反省も込めてのことなんですけれども、たとえば国交省の人たちは100年に一度、150年に一度の震災に備えた水準で橋や堤防をつくるわけですね。しばらく前に、「災害の想定規模を100年に一度じゃなくて200年に一度、300年に一度にしたら、もっと公共事業に金が回るし、自分たちも仕事ができるんじゃないの」という不純な話を建設省(当時)の人たちとしたことがあったんです。そのときにわれわれは、「それは不純だからやめたほうがいいし、300年に一度の災害なんて300年に一度しか来ないんなら、来たときにあわあわ対応すればいいかもしれないですよ」というようなことを、つい言ってしまった記憶がある。今にして思えば、浅はかな考えではありますよね。千年に一度とか1万年に一度とか、どこまで備えるべきなのかは、わからないといえば、わからないんですけど。

 

ただ、昔思っていたほど簡単な話ではないし、その場で対応というのをやってみて、こんなにひどいことになっているのを見ると、やっぱりあのときの自分の考えは浅はかだったなと思わざるを得ないですよね。

 

飯田 今度のリーマンショックに対するもので典型的だったのは、正月の「クローズアップ現代」です。番組の構成としては、「リーマンショックもユーロ危機も新自由主義経済の行き詰まり」なんですよ。ぼくはあのふたつは真逆の理由で起きた事件だと思っています。「何かまずいことがふたつあった。きっと新自由主義が悪い。これからはそれだけじゃない。第3の道だ。終わり」という話じゃない。伊藤隆敏先生がときどき的確なコメントを返すんですけど、番組全体としては「このふたつの危機に見られるように、新自由主義経済は崩壊を迎えるのだ」というところに寄せられてしまう、つくった人の歳が見えてきそうなものでした。

 

この番組のように、大きなショックが連続すると、なぜかそれぞれにすごく強い論理的関係があるかのように語られることがままあります。「飛行機はなぜつづけて落ちるのか」という問いがよくあるんですが、完全にランダムに落ちていても、なぜか人間はその間に理屈をつけたがるものですよね。でも、たとえば100年に一遍のことが1年に2回起きることも、1万年に一遍ぐらいはあるわけです。今回の危機もそうだし、さまざまな問題が1本の道で説明できるのは、気持ち悪いというか、変に思います。

 

山形 「自由主義経済の崩壊」を待っていた人たちが何でもいいからとにかく乗っかっているんでしょうね。昔のマルクス主義が、第2次大戦も資本主義の行き詰まりだし、ウォール街の大暴落も行き詰まり。とにかく悪いことがあったら、それは全部資本主義の行き詰まり、ということを言うようになっていったのと同じですよね。使えるものなら何でも使ってしまえという気持ちはわかるんですが(笑)。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.265 

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