「一般意志2.0」実装の鍵はデータベース、ではない?

誰も逃れることのできない〈価値〉の不在

 

『2.0』ではネットワーク技術の進歩と普及によって、かつて不可能であった政治的な意味での一般意志の実装が可能になった(または近い将来に可能となる)という希望が提示される。しかし、この予想の実現にはいまだ大きなハードルがあるように感じられる。

 

ルソーの時代にはなく、熟議の民主主義にもない。それでいて一般意志にもとづく政治にとって必須なもの。それを欠くことが一般意志にもとづく政治を不可能にしてきた決定的なボトルネックは ―― データベース「ではない」。情報技術の進化は共有されるデータの量を飛躍的に増大させた。このことを疑う余地はない。しかし、それは量的な変化であって質の変化ではない。

 

むろんこの変化は社会に大きな影響を及ぼすだろう。街頭演説、メディアによる調査といった情報の提示や収集に比べ、匿名性と網羅性は圧倒的に高まった。それによって一般意志2.0の実装に向けて一歩接近したという感覚は間違いではないかもしれない。

 

しかし、「コンピューターとネットワークがあらゆる環境に埋め込まれ、ソーシャルメディアが社会を覆い、統治制度の透明化と可視化が極限まで進められ」(p236)たとしても、それだけでは、一般意志2.0から政治・統治へという門戸は閉ざされたままであろう。

 

そこに欠けている、そして不可欠なものは(比喩的な意味での)「価格」だ。価格は個人・個別企業の匿名の選好表明行動(つまりは需要行動・供給行動)から決まる一方で、個人・個別企業の匿名の行動を変化させる。一般意志の実装にとって必要なものは、ネットワークにおいて見解の相違を丸めてくれる内生的なフィードバックメカニズムである。

 

ネットに情報を提供すること、ネットで意見を表明すること。そしてそれを見た論者や代議士たち、そしてユーザー自身がそれに応じて行動することにはフィードバックの効果があるようにも思われる。しかし、「コメント」「RT」「トラックバック」などがその機能を果たすのは現時点ではきわめて難しい。それらの受け止め方は、人によってあまりにも違うからだ。

 

たとえば、ニコ生のコメント欄には大量の相反する見解が寄せられる。そのなかで一方の意見に賛同者がつき、コメント欄世論(?)の大勢が定まったとしても、敗者側には自身の見解を変えるインセンティブはもたらされない。

 

これは出演者側にとっても同じことだ。特定の、ときに少数派の意見を墨守することで、よりコアなファンを確保できるとするならば、ニコ生コメント欄で何を言われようと気にしないという姿勢を貫くことは、十分に合理的な行動である。代議士にとってはなおさらのことだろう。

 

価格においては「わざと高く買ってくれる」主体の存在は売る側にとってありがたいかぎりである。しかし、批判コメント・RT・トラックバックをつけた相手が批判を「おいしい」と感じる(いわゆる炎上マーケティング)ならば、そのネット上のコミュニケーションはなんらの調整機能も果たしてくれない。

 

ケインズは『雇用・利子および貨幣に関する理論』(1936年)において、需要側と供給側ではその動機づけがまったく異なるため、需要の量と供給量が一致する内在的なメカニズムはないと指摘している(一般的なマクロ経済学では、価格が十分に変化しないことを総需要と総供給の不一致の原因としている。しかし、筆者が『要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論』(山形浩生訳・要約、ポット出版)の解説に書いたように、これはケインズ自身の考えとは趣を異にしている)。

 

企業側は技術と実質賃金、販売価格という経済的なインセンティブにしたがう。そうであるがゆえに、価格というシグナルに敏感に反応する。それに対し、家計にとっては、たとえば「大の大人たるものこれくらいは労働するべきだ」、あるいは「自身の社会的地位から考えるとこれくらいは消費するものだ」などといったものが金銭的要因よりも大きな動機づけとなることもある。両者の「見ているモノ」が異なるため、調整はうまくいかないというわけだ。

 

ネット上に集積されるデータベースが一般意志を表現するようになるためには、ネットでの評価・評判などをどのように受け取り、感じるかに関するノルム(規範)が確立している必要がある。もちろん全面的なノルムの共有がなされるのは難しいだろう。しかし、価格のように、基本的には(または平常時には)全員が考慮する何か、つまりは、十分な調整能力のある指標がなければデータベースは一般意志を表明しない。

 

ネットにおける「価格」はどこにあるのだろうか……もっとも、価格にしたところで近代資本主義期にいたって突然誕生した概念というわけではない。案外と、現在ネットのなかで普通に使われている技術や習慣のなかにすでに存在し、それでいていまだ調整と集約の機能を果たしきれていないものがあるのかもしれない。

 

 

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