日本の産業と経済政策 ―― 過去、現在、未来

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2013年1月16日、さまざまな功績を残してきたふたりの経済学者、岩田規久男氏、南部鶴彦氏の最終講義がひらかれた。特別講師として八田達夫氏をむかえて開かれた本講義には、日本や世界で活躍する経済学者たちが集っていた。長年の教員生活において、彼らはどのような研究を行い、業績を残してきたのか。現代の日本が抱えるエネルギー政策、経済政策の問題とは。そして若い経済学者になにを期待するか。ここに記録する。(構成/金子昂)

 

 

南部鶴彦先生の過去の研究について

 

宮川 みなさん、本日はお集り頂きありがとうございます。司会を務めさせていただきます学習院大学の宮川努です。今日は「日本の産業と経済政策 ―― 過去、現在、未来」と題し、今年度かぎりで学習院大学を退職される岩田規久男先生、南部鶴彦先生の最終講義を行います。なお特別講師として、八田達夫先生にもご参加いただいております。

 

まずは南部先生と岩田先生に、日本の産業政策とマクロ経済政策について、それぞれ15分ほどお話をいただこうと思います。はじめに南部先生、よろしくお願いいたします。

 

南部 ご紹介いただきました南部鶴彦です。今日はわたしがこれまでにどのような研究を行ってきたのか、そしてこれから研究したいと思っているテーマについて簡単にお話したいと思います。

 

わたしの専門は、産業組織、規制の経済学、そして産業経済学です。初めて興味をもって研究をしたのは産業組織論と環境経済学でしたが、1982年に『産業組織と公共政策の理論』を出版し、この分野の研究に区切りをつけました。

 

1970年代に研究者になりましたから、いま考えると早々に区切りをつけています。なぜここまで早く区切りをつけたかというと、70年代に日本の産業は大発展し、80年代初の時点では日本の産業を対象とした分析を考える必要がなくなったためです。小宮隆太郎先生も「産業組織論は、sick industryを研究するもので、健康な産業を取り上げて論文を書いても仕方がない」とおっしゃっていますね。それを聞いてわたしも納得をして、通常の一般的な産業組織の研究に区切りをつけました。

 

つぎになにを研究するか考えたとき、当時もっとも重要な問題は電電公社や国鉄に代表される公共企業だと思いました。ただわたしは鉄道にあまり興味をもっていなかったので、電気通信産業の問題を研究することにし、90年代までに数冊の本を出版しました。当時、電気通信産業について体系的にまとめた研究はありませんでしたので、しっかり成果を残すことができたと思っています。ただ技術進歩によって、わたしが研究したころの通信産業と現在の通信産業はまったく様相が異なったため、当時の研究は通用しなくなってしまっています。

 

医薬品や医療器具の価格規制問題にも取り組みました。医薬品にかけられている薬価規制制度という価格規制は、日本のメーカーを守る一方で、世界市場への発展の芽を摘んでしまっていたんです。それからステークホルダーの利害ばかりが考慮されていた診療報酬制度についても、抜本的な視点から経済学的な議論にもとづき考えてきました。

 

2000年に入ると、環境とエネルギーをテーマに『エナジー・エコノミクス』を、今日おいでになっている西村陽先生と出版しています。この本は、わずか10年前に執筆したものですが、すでにもっと新しい視点が必要になっていると感じています。以上が、わたしがいままでに行ってきた研究です。

 

 

今後、研究したいテーマについて

 

さて次に、現在わたしが関心をもっているテーマについてお話します。

 

ひとつは通信産業です。このテーマで本を書くとしたら『メディコムエコノミクス』としたいですね。メディコムとは、メディアとコミュニケーションをあわせた言葉です。テレビ局や電話会社、yahooやgoogleのようなインターネットメディア、クラウドコンテンツ、そしてアップル社のiPadのようなデバイスの発展など、さまざまな観点から現在のメディアとコミュニケーションについて、政策も含めて研究してみたいです。

 

ふたつ目は薬価基準制度や診察報酬制度です。これは結局のところ全体としての平均値の上限を決める仕組みです。価格の上限を定める規制方式のひとつはプライスキャップですが、プライスキャップについては90年代にかなり研究が進みました。そこでの蓄積を医療や薬価の舞台でどのように運用していくかを考えるつもりです。

 

そして三つ目は電力について。『エナジー・エコノミクス』には発電に関する研究が足りていなかったと出版後に気が付きました。発電産業に関する考え方は、今日登壇されている八田先生と意見が合わないのですが(笑)、それについてはあとでお話したいと思います。

 

最後は経済物理学ですね。物理学は19世紀に経済学に対して大きな貸しをつくっています。というのも、われわれ経済学者が使用している「均衡」などのアイディアは物理学から借りてきたものなのです。どうもわたしにはこの均衡について、肝心要のところが語られていないように思う。

 

経済学者は超過需要・超過供給の場合、価格が上下することで速やかに均衡価格に落ち着くと考えます。わたしも学生にはそのように教えていますが、本当にそうなのか検証してみたいのです。じつは物理学にとって均衡はたいへん危険な状態とされています。相転移といって、気体が液体に、液体が個体に相が転移するさい、中間に臨界点があります。臨界点における分子の揺らぎは非常に暴力的で、なかなか均衡点に到達しないのです。

 

経済物理における外国為替や株価、商品市場などの分析によると、しばしば均衡が大きくふれることが指摘されています。経済学においても、じつは均衡価格に向かってシステムはスムーズに移行すると仮定してよいのか、考えていきたいと思っています。

 

 

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