乗数効果と公共事業の短期的効果への疑問――藤井聡先生へのリプライ

ここまでの議論はあくまで、ケインズ的な前提――供給能力に対して有効需要が不足している場合を想定しています。日本経済全体にこのような需要不足が存在していることについて藤井氏と私の見解は一致していると思われます。日本経済はまだその本来の供給能力を発揮できているとはいえないでしょう。しかし、問題は業界ごとの需給能力です。

 

昨年来の入札不調や震災以来の土木建設業界の人手不足を見ると、土木・建設業界が短期的に供給制約状態(需要に対して供給が追いつかない状態)にあると考えられます。このような供給制約下では、そもそも上記の乗数過程そのものが機能しません。公共事業が100人を雇うために、民間事業に従事する100人を引っ張らなければならない状態では、景気対策の効果は大幅に低下せざるをえない。この問題に関しては、岩田・浜田・原田(2013)の時系列分析を用いた検証が行われていますが、そのエッセンスは2012年に書いた私のエントリ、

 

 

マンデル・フレミング効果ではないかもしれない 

 

 

にまとめられています。財政政策の効果の低下については、中立命題、マンデル・フレミング効果などさまざまな仮説が提示されてきましたが、これらが現在の日本経済に強く作用しているとは考えづらい状況です。すると、現在の財政政策のボトルネックはむしろその産業レベルの制約にあると考えられるのです。

 

ごく平易な時系列分析では真水1兆円の公共土木建設事業の増加は、0.7兆円の民間事業の減少を招くと推計されています(ただし他の変数でコントロールすると減少幅は0.5程度になるという推計結果もあります)。公共土木・建設事業の増加は当該産業での人・資材の不足と価格の高騰を招くことになります。このような生産要素・素材の不足と価格高騰は民間土木・建設事業の活動水準を低下させることでしょう。その結果、公共事業の経済効果の一部が土木・建設産業内で吸収されてしまうのです。ここから、景気対策を土木・建設業で行う場合、土地収容費や資材費がかかり、その上に民間事業の生産抑制効果もあるという点に留意して行う必要があるのです。

 

このような懸念から導かれる一つの提言は、消費増税という目前に迫った問題に対処するには、供給能力に対してより多く需要が足りていない産業への財政支出、またはこれらの選択を個人に任せる給付金方式などが望ましいというものになるでしょう。その意味で、供給能力に余力のある製造業への支出により直接的に結びつく財政支出やサービス業への支出に結びつきやすい低所得者・子育て世代への給付金が緊急避難的な景気対策としては優先度が高いというのが私の見解です。

 

では、土木・建設業への財政出動はどうやっても効かないのでしょうか? また、今後の日本に公共事業は不要なのでしょうか? この疑問に関しての私の答えは「そんなことはない」です。日本全体はまだまだ深刻な雇用問題を抱えています。これを土木・建設業が吸収できる体勢を整えることが出来たならば、その景気への効果は大きいでしょう。さらに、老朽化するインフラを維持すること、防災・減災のための社会基盤を整備することには大きな意義があります。

 

これらの問題を考えるために、なぜ日本全体で人が余り、土木・建設業で人が足りないのかから考えてみましょう。

 

現在の土木・建設業は安全施策面でも技術面でも、バブル以前とは別の産業であると言っても良いほどに高度化しています。さらに、保守・メンテナンスではよりいっそう、単純労働の占める割合は低くなっている。そのため、いまちょっと失業しているから一時的に従事する――という業界ではなくなってしまったのです。現在、土木・建設業に就くためには教育訓練と経験が必要です。

 

2000年代以降日本では公共事業の規模の縮小が続きました。また現在の財政状況を見る限り、今後これらの事業が増大するという見込みも薄い(少なくとも一昨年までは薄かった)。そのような業界に貴重な時間を使って教育を受け、就業しようという労働者は少ないでしょうし、そのような人材育成を行おうという企業も少ない。東日本大震災に起因する一時的な資材不足だけではなく、このような人材の問題が土木・建設業の供給制約の原因ではないかと私は考えています(ちなみに先ほどの公共事業の民間事業抑制効果の推計は震災前までのデータを使っています)。

 

このような状況に対して必要なのは土木・建設業界の先行きを明示することだと考えられます。社会インフラ整備計画が立案され、一定の規模の事業が十年以上にわたって継続的に行われることが示されたならば、企業による人材育成と設備投資や個人の技能習得が行われやすくなる。自身の意見としては、2020年までの都道府県毎の社会基盤整備計画を示し、一定の拘束力のある財源確保の方法を講じるだけでも供給制約状況はずいぶん改善されると考えられます。そして、望むべきは今後30年にわたる整備の大方針だけでも決定されるなら、その効果はさらに大きいでしょう。

 

もちろん、現在の日本の財政状況で、公共事業を相似拡大的に増加させ続けるというのは現実的な計画ではありません。地域毎に十分な取捨選択を行って、継続的に利用するインフラについては補修スケジュールを策定し、その一方でどうしても必要な新設は地域内で時間的な集中が起きないように順を追っての新設を行っていく必要があります。このような将来に向けての拘束力ある計画をもって社会インフラの整備を行うことで、不確実性が減じ、当該産業の企業は人を雇う・育てることができるようになる。金融政策の肝がコミットメントにあったように、公共事業が日本全体の雇用状況にプラスに寄与するためにもコミットメントが必要なのです。

 

日本全体の社会基盤、防災・減災インフラを整備するためには、それが重要であるからこそ景気対策を主眼にした集中的な支出ではなく、少なくとも10年、そして30年にわたる支出計画が必要である、そしてその方が結果的には景気への好影響も大きいのではないでしょうか。

 

【参考】

 

飯田泰之・雨宮処凜(2009)『脱貧困の経済学――日本はまだ変えられる』、自由国民社

飯田泰之(2012)『飯田のミクロ』、光文社

岩田規久男・浜田宏一・原田泰(2013)『リフレが日本経済を復活させる』、中央経済社

Ono, Yoshiyasu (2011) “The Keynesian mulitplier effect reconsidered,” Journal of Money, Credit and Banking, 43, Iss.4, 797-794

 

サムネイル「Construction」Devar

http://www.flickr.com/photos/devar/26524601/

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

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