「35人学級見直し議論」を大人の茶番ですませてはいけない

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2.日本の文脈から学級規模削減について考える

 

2.1. 日本の教員給与と児童

 

日本の教員給与は初等教育でとくに高く、少数精鋭型の教員システムを採っている[*8]。そのため、ラフな計算で米国と比べて学級規模削減のコストが30%程高くなる[*9]。

 

[*8] 詳しくは「教育政策のかなめ教員政策を考える-限られた予算で高い教育効果をあげるために」を参照。

 

[*9] この分野の研究が学級規模削減に伴い教室数を増やさなければならないことをコスト面に計上しているが、急激な少子化が進む日本ではむしろ空き教室の問題が発生しているため恐らくこのコストはほとんど発生せず、その分だけコスト増を抑えられる点に注意が必要ではある。

 

さらにPISA2012の各分野における習熟度レベル2未満の生徒の割合を見ると、日本は米国と比べて学級規模削減が効果的な低学力層の子供の割合が半分程度しかいない。つまり、日本は米国と比べたときに、学級規模削減がペイするラインが、米国よりも低学年に存在している可能性が高い。

 

 

2.2. 日本の教育支出の特徴

 

日本の対GDP比の公教育費は、OECD諸国の中でも最下位レベルであることが度々とりあげられる。ただし、私教育支出も含めた総教育支出はOECD平均以下であるものの、最下位レベルにはない。日本の教育支出は、少ない公教育支出を私教育支出が補っている形にあるということだ[*10]。

 

[*10] 詳しくは「OECD諸国との教育支出の比較から見る日本の教育課題」を参照。

 

日本の公教育支出の問題は高等教育と就学前教育に集中しているといっても過言ではない。というのも、初等教育と中等教育の公教育支出はOECD平均からの乖離幅がそれほど大きくはなく、私教育支出割合も低い。一方、高等教育は、OECD諸国に比べて公教育支出が少ないにも関わらず、総教育支出はOECD平均よりは多い。私教育支出割合が高いためだ。さらに深刻なのは就学前教育である。高等教育と同様に公教育支出が少なく私教育支出割合が高いものとなっているが、高等教育と異なり総教育支出もOECD諸国の中で最低レベルとなってしまっている。

 

このような教育予算のバランスから見ると、日本は初等教育よりも就学前教育でこそ公教育支出が増やされるべきである。さらに、日本の初等教育での学級規模は他のOECD諸国と比べて大きなものとなっているが、就学前教育のそれは突出して大きな値となっている[*11]。以上を勘案すると、小1よりも就学前教育での学級規模削減の方が効果も大きい上に必要度も高いといえるだろう。

 

[*11] 詳しくは「幼児教育無償化で十分か?就学前教育の重要性と日本の課題」を参照。

 

 

2.3. 学級規模削減と日本の教員の質

 

全国レベルでの学級規模が教員の質に与える影響も見逃すことができない。なぜなら、Hanushek (2011)が教員全体の上位15%程度に入る優秀な教員が20人学級で教えた場合、子供の生涯収入が約42万ドル(日本円にして約4500万円)も上昇すると指摘したように、教員の質は学習成果に大きなインパクトをもたらすためである。

 

学級規模削減に関する分析は、その多くが地域レベルで行われているもので、全国規模で行われているものはほとんどない。しかし、学級規模削減を地域から全国レベルへとスケールアップした場合、新たに雇わなければならない教員の数は桁違いに跳ね上がる。つまり、従来なら教員採用試験で振り落されていた人材が新たに教職に就くことになるわけで、教員の質の低下を招く恐れがある[*12]。この場合、全国規模で学級規模削減を実施した時の内部収益率は、RCTを使って導き出された学級規模削減の内部収益率よりも低くなってしまうことが予想される。

 

[*12] 前々回の記事で紹介したように、採用時に教員の能力を見抜くことは難しく優秀な人材が選抜されているとは限らないため、教員の質がそれほど悪化しない可能性もある。

 

日本の強みを活かした教員マネージメントとは?」で指摘したように、日本の前期中等教育の教員はとくに多忙であり、かつそれが職能成長の機会を阻害している。その多忙さのおもな原因は部活動や事務仕事であるため、学級規模削減によって軽減される多忙さは限定的ではあるものの、これが教員の職能成長に繋がるのであれば[*13]、前段落のスケールアップに伴う学級規模削減の収益率の低下も幾分か緩和される可能性がある。

 

[*13] これも前々回の記事で紹介したように、教員の職能成長は最初の数年に集中して起こるため、教員の質がそれほど向上しない可能性もある。

 

 

3.小1の35人学級見直しに関する議論の様々な問題点

 

現在行われている小1の35人学級見直しに関する議論は様々なアクターが様々な問題点をはらんでいる。そこで、この章ではアクターごとにその主張の問題点を列挙していく。

 

財務省側の議論の問題点は、第一章で述べたように、小1の学級規模を40人から35人へと削減したインパクトとして言及しているデータがあまりにも雑なところに集約される。とくに日本は2011年に未曾有の災害を経験していることから、小1の学級規模削減の効果を行政データで測定することは極めて難しく、やはりRCTを用いた政策実験を行い測定する必要がある。財務省がエコノミストの集団ならばこの問題を認識しているはずであり、やや悪質な議論運びをしていると言わざるを得ない。

 

しかし、今回の議論の問題点は基本的に財務省ではなく文部科学省側にある。小1の35人学級導入を主張したのは文部科学省であるから、その効果の証明責任は文部科学省側にある。それにもかかわらず因果推論のための政策実験が行われた気配がない。さらに、文部科学省の小1の35人学級見直しに対するおもな反論は、「きめ細かい指導」と「教員の多忙感」である。政策対話の場で学力や非認知能力といったタームではなく、「きめ細かい」という曖昧模糊な単語を持ちだしてくること自体が政策対話をやる気がないとみなされても仕方がない。

 

教員の多忙感についても、国際教員指導環境調査(TALIS)は中学校を対象とした調査であって、小1を対象としたものではない。「教員勤務実態調査」の結果によると中学校教員の多忙さの最大の要因は部活動であるが、これは小学校教員には当てはまらないもので、事実、小学校教員の労働時間は中学校教員のそれよりも短く、参照すべきデータを間違えている。

 

さらに、省庁間の議論を離れたところで良く聞くフレーズとして、「教育は未来への投資である」と「現場の声を聞け」というものがある。前者の「教育は投資」については、RCTを使って学級規模削減の効果を厳密に測定すれば、学級規模削減という投資の収益率を推定することができるにもかかわらず、小1の学級規模見直しについてこの投資の収益率を計測すべきだという話をまったくと言っていいほど聞かない。

 

少人数学級導入のための財源問題についても、いくつか細かい点はあるもののこの収益率が公債の利率を上回っているクラスターについては、市場から資金調達をして投資を行うのと同じ論理で、公債発行で資金を調達して学級規模削減という教育投資を行えば、その利ざや分を稼ぐことができるのにこういった話も当然ながら聞かない。かつて国際開発金融機関から借金をして高速道路や新幹線などを建築して経済成長を推進しその借金を返済した国が、こういった考え方が出来なくなってしまったのは残念である。「教育は未来への投資である」というのは単なるお題目ではない。教育は人的資本投資なのである。

 

後者についてもアドボカシーのやり方として上手いものだとは言えない。1章の議論に当てはめると、省庁側の主張はおもに学力に着目しているのに対して、現場の教員達は非認知能力に着目しているように思われる。そうであれば、非認知能力の重要性と少人数学級がこれに与える悪影響に関する結果に加えて、現場の声としてこれらのアネクドータルエビデンスとなり得る自身の体験を主張するのが説得的だと考えられる。

 

 

4.まとめ

 

日本の教育予算や教育問題、学級規模削減の効果の特徴を考慮すると、政策優先順位は小1の学級規模削減よりは就学前教育にある。しかし、この記事執筆時点での30年物の国債の利子率は1.5%前後と低く資金借り入れコストが低いのであるから、小1の学級規模削減の内部収益率がそれなりの大きさを持っているのであれば、国債を発行してでもこれを断行すべきであろう。

 

だが、現在の日本にはこういった政策判断を下すために必要なデータとエビデンスが集まっていない。国際学力調査の結果などを見ると、日本の教育の質は、まだ教育政策の大きな転換を図らなければならないほど危機的な状況にあるわけではない。RCTを用いた政策実験を実施して、日本の学級規模政策の効果についての情報を蓄積してから決断を下しても決して手遅れにはならないであろう。

 

現在行われている議論は、必要なデータやエビデンスに基づかないどころか、不適切なデータに言及しているものも多く、各アクターが自分の主張したいことをただ好きかって言い合っているだけの、政策対話とは大きくかけ離れた茶番だと断じざるを得ない。子供には大人の茶番に付き合わせる程度の価値しかないのだろか?

 

(本記事は「サルタック ― Quality Learning for All」の理事として執筆したもので、筆者が勤務する国連児童基金の見解を代表するものでも、関連するものでもありません。また、立場上筆者個人はいかなる謝金も受け取っておりません。)

 

参考文献

Dee, S. T., AND West, R. M. (2011). The Non-Cognitive Returns to Class Size. Educational Evaluation and Policy Analysis, 33(1), 23-46.

Hanushek, E. E. (2011). The Economic Value of Higher Teacher Quality. Economics of Education Review, 30, 466-479.

Heckman, J. J., Stixrud, J., AND Urzua, S. (2006). The Effects of Cognitive and Noncognitive Abilities on Labor Market Outcomes and Social Behavior. Journal of Labor Economics, 24(3), 411-482.

Krueger, B. A. (2003). Economic considerations and Class Size. The Economic Journal, 113, F34-F63.

Lazear, P. E (2001). Educational Production. The Quarterly Journal of Economics, 116(3), 777-803.

Rivkin, G. S., Hanushek, A. E., AND Kain, F. J. (2005). Teachers, Schools, and Academic Achievement. Econometrica, 73(2), 417-458.

Wilde E. T., & Hollister, R. (2007). How Close is Close Enough? Evaluating Propensity Score Matching Using Data from a Class Size Reduction Experiment. Journal of Policy Analysis and Management, 26(3), 455-477.

 

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vol.269 

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