日本にあるもう1つの言語 ――日本手話とろう文化

「ろう文化」とは?

 

「ろう文化」には、ろう者が自然に行うろう者独自の方法(Deaf Way)から、芸術表現に昇華されたものまで、総称して語られるところのものである。

 

聞こえない身体状況が生み出すろう独特のやり方として、例えば注意を喚起する際に、肩や机を叩く方法がある。ただし、ただ単に叩けばいいのではない。そこには細かい暗黙のルールがあり、強弱によって、相手に与える印象は異なり、ろう者はそれを場面や状況に応じて使い分けている。

 

また、手話話者であるがゆえにできあがった方法もある。聴者の場合、最も奥まったところが「上座」となるが、ろう者の場合、みんなの視線が集まりやすい真ん中の位置になる。

 

また、手話言語の構造や言語によって構築される思考と関わるろう独特の行動様式もある。日本人はアメリカ人から見れば「曖昧な表現を好む」と言われるが、ろう者は日本人であっても結論を先にいい、婉曲表現を避ける。

 

例えば、トイレに行く際の方法として、聴者の場合は、静かにその場を去るだけで十分に意味が通じるが、ろう者の場合は「トイレ」と、意思表示をする。こうした行動様式の相違は、時として摩擦に繋がる。

 

聴者社会の中でろう者がしばしば「ズケズケと失礼な物言いをする人」と評されてしまうことの背景には、「常識がない」のではなく、ろう者の常識、行動規範に沿って振る舞っているだけであることが多い。

 

芸術表現として、手話ポエム(手話歌)、演劇、手話文学も生まれている。これらの芸術性は、内容そのものだけでなく、手話によって語られる中に表れてくる。手話ポエムや手話歌と言われるものは、音や音楽を伴わず、ろう者のリズムで手話が繰り出され、手の動きで「韻」が踏まれる。

 

演劇は舞台向きの手話表現で進行する。デフジョークと称される冗談では聴者を皮肉るネタも多く、なかなか聴者側からは笑えないものもある。

 

こうした「ろう文化」は、聴者の知らないところ(しかし実はあちらこちら)に満ちあふれている。そして重要なのは、聴者はろうコミュニティに入ろうとすることで初めて、ろう文化を知らない聴者ならではの失敗をしてしまったり、失礼な行為をろう者から大目に見てもらったりといった経験ができることである。

 

逆に言えば、そうした経験を積むことが無ければ、いかに普段、ろう者が聴者文化に合わせているのか実感をもって理解することができない。

 

手話は長い歴史の中で劣ったものとみなされ、また、手話を使うろう者のやり方もまた、「社会常識がない」ふるまいと見なされてきた。それは、手話を読み取れない聴者による手話に対する誤解、偏見によるものであると同時に、ろうコミュニティの外部にいる聴者による、ろう文化への誤解、偏見によるものでもあった。

 

 

90%ルール」が生み出すもの

 

ろう者の人口学的な特徴として、すでにいくつかの知見がある。ろう学校および難聴学級に在籍するろう児のうち、ろうの両親をもつろう児の割合は10%程度と言われる(前田・森下1984;古田・吉野1994)。

 

また、Schein & Delk(1974)によるアメリカの調査では、ろう者の80%程度がろう者と結婚し、ろう者同士の結婚から生まれる子どもの10%程度がろう児であるという。これらが「90%ルール」と呼ばれるものである。

 

・ろう者の約9割は聴者の親のもとに生まれる。

・ろう者の約8割はろう者同士で結婚する。

・ろう者の約9割は聴者の子どもを産む

 

ろう児の親の9割は聴者であり、医療関係者もろう学校教員も、ほとんどが聴者である。医療関係者は聴覚になるべく障害が起きないよう最大限の「治療」行為を行い、教育関係者は聴覚障害の結果生じる「ことばの障害」の「改善・克服」をする。

 

それは、「聞こえない」障害がないことを望み、それがかなわないならせめてその障害が少しでも軽減されることを願う聴者の親のニーズと合致する。

 

しかしその一方で、ろう学校などのろうの集団が形成される場があることで、ろうコミュニティは血縁関係を離れて結束し、そこで手話やろう文化が継承されてきた。

 

そして親や周囲の聴者は、結婚相手は聴者であってほしいと願ったとしても、ろう者はろう者同士で結婚し、ろう者同士の強い結びつきの中で、手話の必要性を実感しつつ、生まれてくる子どもはろう者であったらいいな、と期待することも珍しくない。しかし実際に生まれてくる子どもはといえば、たいていは聴児となる。

 

ろう文化は血縁関係を基盤としない結びつきによって支えられている。すなわちろう者は、新しいコミュニティの成員となる次代のろう児を,自分たちが望むようには育てられない社会システムに抗いながら,自らの言語と文化を伝承していかなければならない宿命を背負っているのである。

 

ろう児は聴者のもとに生まれた時点では、文化的にはろうではない。ろう者同士のコミュニティにつかることで、「ろう者」になっていくのである。だからこそ、ろうコミュニティにとって最も大きな「脅威」は、聴覚障害児を持つ親が、我が子の就学先として通常学校を選択すること(統合教育)なのである。

 

そしてそれは一方で、聴者である親にとっては望ましい願いでもある。ろう学校で手話が禁止されていた時期も、そこにろう児・者のコミュニティがある限り、ろう者はろう者同士で手話を使用し、伝承してきた。

 

しかし聴覚に障害のある子どもが通常学校に就学することは、ろうコミュニティの離散を意味する。ろうコミュニティ自体が存在しなければ、手話も培われなくなっていく。だからこそ、統合教育を医療技術的に促進させる手段となりうる人工内耳の存在もまた、ろう者にとっては大きな脅威となる。

 

聴者にとっては、「障害を持った子どもを分け隔てせずに、普通の子どもと一緒に過ごさせる」ものであるが、ろう者にしてみれば、「ろうの子どもを、他のろう児から分離させ、聴児集団の中で孤立させる」ものとなる。

 

2014年1月20日、ようやく日本が障害者権利条約に批准した。国連で同条約が採択されたのが2006年12月、日本が条約に署名をしたのが2007年9月であり、実に7年ほどの歳月を費やしたことになる。

 

この間、条約批准に向けていくつかの国内法の改正が行われた。中でも、障害者基本法の改正は、ろう者にとって相矛盾する2つの問題が提示されることとなった。

 

1つは、第3条3である。日本の国内法で初めて、手話が言語として規定されることとなった。これまで誤解と偏見にさらされてきた言語が、ようやく正当な地位を確保した、いわばろう者にとって記念すべき条文が誕生した。

 

第三条 三 :全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに、情報の取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること。

 

そしてもう1つは、第16条である。障害のある子どもが障害のない子どもと共に学ぶための施策を講じるよう求めた条文である。

 

第十六条  国及び地方公共団体は、障害者が、その年齢及び能力に応じ、かつ、その特性を踏まえた十分な教育が受けられるようにするため、可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよう配慮しつつ、教育の内容及び方法の改善及び充実を図る等必要な施策を講じなければならない。

 

統合教育の実現を目指すべき姿として法律上明記したことは、障害者問題全般からすれば、喜ばしいニュースである。しかしろう者にとっては、ろうコミュニティが今後ますます脆弱化していくことを意味するものであり、手放しには喜べないものである。

 

ある側からすれば非常に価値的で、望ましく喜ばしいことが、逆の側からすると全く価値のない、あるいはとんだ迷惑な話であること。こうした現象は社会の至るところで見られるものではある。

 

問題はそのある側と逆の側が、等価な力関係にない場合である。手話、ろう文化、そしてそれを成り立たせるろうコミュニティは、常に聴者の中でマイノリティに置かれ続けてきた。それゆえに、あらゆる意思決定の場で、自分たち不在の中で、自分たちの問題が、自分たちにとって価値的ではない方向に、決められてきた歴史を積み重ねてきている。

 

手話を学ぶとき、単なる言語学習ではなく、その背景にあるこうした問題に目を向けていくことが、聴者の側に求められるのではないだろうか。

 

引用文献

・我妻敏博(2008)「聾学校における手話の使用状況に関する研究(3)」ろう教育学50(2)27-41.

・古田弘子・吉野公喜(1994)「ろうの両親をもつ聴覚障害児の実態について」ろう教育科学36(1)37-45.

・市田泰弘(1994)『日本手話の文法と語彙』日本語学13、25-35.

・木村晴美(1998)「「ろう者」として.現代日本文化論5 ライフスタイル」

岩波書店、79-109.

・木村晴美・市田泰弘(1995)「聾文化宣言」現代思想、23(3):354-362.

・前田直子・森下裕子(1984)「聾児をもつ聾の母親を取りまく諸問題」ろう教育科学、26(2)、79-96.

・Schein、 J. and Delk、 M. (1974): The deaf population of the United States. Washington DC: Gallaudet University Press.

・Stokoe、 W. (1960) :Sign language structure: An outline of visual communication systems of the American deaf. Studies in Linguistics Occational Papers、 8、 Washington、 DC、 Gallaudet University Press.

・棚田 茂(1996)「メディアとろう者」現代思想 臨時増刊、24(5)、137-141.

 

サムネイル「Learn sign language at the playground Heiwa elementary school」Valerie Everett

 

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