子どもたちの中に眠っている「宝」探し――学習支援の現状と課題

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貧しさ故、離婚した両親と祖母の間で、「誰が引き取るのか」と、いわば押し付けあいのような話合いの末に祖母と暮らすようになった経緯。勉強がわからないために授業態度が悪くなり、つねに注意され「問題児」扱いされた経験、それによって、おとなに心を開かなくなっていたKが、学習支援を利用するようになったのは、長く祖母と彼を支えた民生委員がスクールソーシャルワーカーに相談し、その人が連れてきてくれたからでした。信頼できるおとなとの関係の上に、教室での学生ボランティアとの出会いがあり、Kは変わりました。

 

学習支援を通じて実現できることの1つは、子どもたちが、他者、とくにおとなへの信頼を取り戻し、それを通して「おとなになることも、まんざら悪いことではない」と自分の将来に希望をもつことだと私は思っています。

 

“学習支援”では、学校の切れ目を超えて長期に渡って支援を続けることができます。また子どもたちを通して家庭の状況を知り、それが家族を支えるきっかけになることもあります。何より、子どもたちを支える人々がそこで出会うことで、学校も含めた支援機関同士の協働が生まれます。学習支援教室とはそのような地域の重要な“場”のひとつです。

 

けれども、“学習支援”が抱える課題にも、しっかりと向き合う必要があります。

 

 

“学習支援”が抱える課題

 

学習支援事業を実施できる地域がある一方、それが困難な地域もあり、そこに新たな格差が生じること、自治体が事業を委託する際、進学率などの指標に偏ることによって支援の質が変わってしまうこと、学習支援利用に所得などの条件があることから利用者に対する差別を生む恐れがあること、お金のあるなしで放課後に過ごす場所が分かれ、子どもたちの住み分けを生んでしまうこと・・・・・・

 

それらの課題の中でも、私がもっとも深刻だと思うのは、“学習支援”を必要としているはずなのに、その利用に至らない子どもたちの問題です。

 

首都大学東京の子ども・若者貧困研究センターが2016年に実施した東京都子どもの生活実態調査の中に、「大学生が無料で勉強をみてくれるところ」の利用意向をたずね、それを授業の理解度別に表した数値があります。「授業がほとんどわからない」層の回答を見ると、「使ってみたい」14.5%、「興味がある」27.7%であり、「使いたくない」「使う必要はない」はともに28.9%で、合わせると57.8%にのぼります。この数値は何を明らかにしているのでしょうか。

 

「授業がほとんどわからない」子どもたちの半数以上は、たとえ無料で大学生が勉強をみてくれても、そこには行きたくないと思っているのです。つまり、勉強ができないことで傷つき、勉強に心を閉ざしてしまった子どもたちの半数以上は、“学習支援”の利用を希望しないということです。

 

現在、経済的な不利を抱える世帯の子どもたちが、希望する公立高校に合格することで高校中退を防ぎ、それによって、将来貧困な生活に陥らないようにするということが“学習支援”の大きな目的の1つです。けれども、学習面において困難を抱える子どもたちが、“学習支援”の教室に来ることなく受験に臨むとしたら、「経済的に余裕があり塾を利用できる子どもたち」と「学習支援を利用する子どもたち」に対してもっとも不利になります。言い換えると“学習支援”が新たな格差を生んでいることになります。

 

若者の支援をしていると、小学校で習う漢字の読み書きができない、九九をすべて正確に覚えていないという若者に会うことがあります。彼らの多くは知的な遅れがないにも関わらず、勉強に対して強い劣等感を抱いています。一方、中学生に話を聞いてみると、勉強がわからなくなったきっかけは、小学校での小さなつまずきであり、それが雪だるま式に膨らんで、取り戻せなくなってしまったのだと気がつくことがあります。

 

勉強に心を閉ざしてしまった子どもたちにこそ、埋もれている可能性があるはずだ。それを見つけ、本人にも気づいてほしいと心から願わずにはいられません。

 

 

学校の役割

 

Fは、2年ぶりに会いに来た目的をこう言った。

「今から高校に行くのは難しいと思うんです。でも、将来、上の学校に行きたくなった時のために、大検(現在の名称は高校学校卒業程度認定試験)を受けようと思って、それを先生に相談しに来ました。」

 

自分の人生を歩み始めたごく最初の時期に、「自分はだめな人間だ」と決めつけてしまった子どもたちは、壁にぶつかって進めなくなった時、その壁は乗り越えることができると思えず諦めがちです。また挑戦し成功した経験がなければ、その諦めを払拭することはより困難になります。

 

ですから、「あなたはだめな人間ではない」というメッセージを伝えること、それには、埋もれている可能性を一緒に発見し、それを本人が実感できるようにすること、また、一人では乗り越えられない壁に直面した時、手を貸してそれを乗り越える経験ができるようにすることが何より重要だと思います。

 

その役割を、“学習支援”だけで担いきれるでしょうか。

 

もちろん学習支援事業が広がることには大きな意義があります。その教室に通うことで、自信をとりもどし、自分の将来を切り開いた子どもたちは、全国に数知れずいることでしょう。だから私も、まずは目の前の子どもたちのために、できることを精一杯する、そう思って日々を送っています。

 

けれどその一方で、まだ出会えていない子どもたちのことを思わずにはいられません。

 

“学習支援”の限界を痛感するのはそんな時です。

 

すべての子どもたちが基礎的な学力を身につける、自分の価値に気づく、誰かの力を借り、または助け合って困難を乗り越える経験をする、成績という狭隘なものさしで人を測ることなく、お互いの良さを認め合える関係を築く・・・・それは、すべての子どもたちを対象とする学校でこそ、実現すべきだと私は確信しています。

 

「最近は学校に遅刻してない。」

誇らしげにKは言った。

「それに、授業中も寝なくなった。だって授業を聞いたらわかるって気がついたから、聞かないともったいないじゃん」

 

「勉強がきらいじゃなくなったら学校は最高! めんどくさいこともあるけどさ、だって友だちがいるしうまい給食も食べられるから」

 

                           

参考文献

・青砥恭、ドキュメント高校中退』ちくま新書、2009年

・赤石千衣子『ひとり親家庭』岩波新書、2014年

・阿部彩『子どもの貧困』岩波新書、2008年

・阿部彩『子どもの貧困Ⅱ』岩波新書、2014年

・大田堯『教育とは何か』岩波新書、1990年

・浅井春夫・松本伊智朗・湯澤直美編『子どもの貧困』明石書店、2008年

・佐々木宏・鳥山まどか編『シリーズ子どもの貧困3 教える・学ぶ』明石書店、2019年

・松本伊智朗・湯澤直美・平湯真人・山野良一・中嶋哲彦編『子どもの貧困ハンドブック』かもがわ出版、2016年

 

引用した調査

・首都大学東京 子ども・若者貧困研究センター(2016)「東京都 子どもの生活実態調査」

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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・中西啓喜「データサイエンスは教育を「良い方向」に導くのか?――学級規模の縮小を例として」
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