教育政策のかなめ教員政策を考える――限られた予算で高い教育効果をあげるために

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4. どのような教員政策が学習成果を向上させるのか?

 

では教員政策は教員の質と量どちらに頼るべきであろうか? そして教員給与システムや教員養成はどうあるべきであろうか? 本章では、教員政策が学習成果に与える影響について諸外国で議論されていることを紹介したい。

 

 

■教員の特徴と質

 

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上記の表3はHandbook of the Economics of Educationの、教員の特徴と学習成果に関する研究群がレビュー(論評)された箇所である。表が示すように、教員の観測可能な一般的特徴は学習成果とは関連が薄い。まず、修士号の有無であるが、これは学習成果にあまり結びついていない。

 

同じテーマの研究群を、より信頼度の高い研究に絞って詳細にレビューしたWayne博士らの分析によると、高校レベルの数学教員では修士号の有無や取得分野が学習成果に影響を与えるが、他の教育レベルや科目では教員の取得学位の学習成果への影響を確認することはできなかったとされている。教員の経験年数についても、経験年数が強く学習成果と結びつくのは最初の数年の間だけで、中堅・ベテランと呼ばれる域になると経験年数が伸びてもそれがさらなる学習成果へと結びつくことはほとんど無いようである。

 

教員給与は教員の学歴・経験年数に影響される給与表を用いているケースが多いため、学歴・経験年数が共に学習成果の向上に結び付かないことを考えれば当然の結果ではあるが、教員給与額の多寡もそれほど学習成果の向上には結びつかない。採用試験の成績も学習成果の向上にはそれほど結びついていない。つまり、教員キャリアの最初の数年間に起こる職能成長がどのような教員に見られるのか採用段階で見抜くことは極めて難しいということである。

 

米国の研究結果が日本にも当てはまるのであれば、教員の質は高い給与水準だけで買える代物ではない。さらに、日本は基本的に教員の学歴(厳密には免許の種類)と経験年数に応じて給与を上げているが、これらは学習成果の向上を導かない無駄なコストとなっている。さらに、職能成長を引き出す鍵は、教員養成修士化のような準備教育(Pre-service education)や10年目研修のような中堅教員に対する現職研修(In-service training)ではなく、教育実習を含めた教員生活の最初の数年間(On the Job Training)を如何にサポートできるか、という点にあると考えられる。

 

 

■学級規模(教員の量)

 

学級規模縮小の学習成果へのインパクトは、これまで教育分野で最も研究が行われてきたテーマの一つであるが、入り混じった結果が出ている。その理由の一つとして、学級規模縮小の効果測定が難しいという点が挙げられる。

 

というのも一般的に農村部に行くほど学級規模は小さくなりがちである。また、教育熱心な親は教育環境の良い学校(≒学級規模の小さな学校)に子どもを通わせるなどの手段を講じることもある。さらに教員も、より良い労働環境を求めて教育環境の良い学校への配属を希望する。このように目に見える変数では上手くコントロールしきれない点が多く、真の学級規模縮小の効果を測定するのは極めて困難な作業となっている。

 

これらの障壁を超えるために、子どもをランダムに、小規模学級・普通学級・補助教員付き普通学級に割り振るという政策実験を実施したのがテネシー州のSTARプロジェクトである。

 

このプロジェクトの結果[*8]によると、PISA(Programme for International Student Assessment、学習到達度調査)と同じ点数の付け方をした場合、小規模学級の導入によって20点ほど子どもの成績が改善する。この改善効果は不利な背景を持つ子どもたちの間で大きく出た。しかし、このような子どもたちの中でも、成績上位層の中での改善効果が下位層でのそれの2倍近くあり、学級規模縮小は社会経済的格差を縮小させうる教育政策ではあるが、成績下位層にあたる最も困難を抱える子どもたちにリーチし得る介入方法であるとは言い切れないようである。

 

STARプロジェクトの問題点を指摘し、小規模学級の学習成果への影響をUTD(テキサス大学ダラス校)テキサススクールプロジェクトのデータを用いて検証したRivkin教授らの研究でも、やはり小規模学級は不利な背景を持つ子どもの間で効果が大きく、4年生の段階で、不利な背景を持たない子どもたちと比べて改善効果は約20%大きくなっている。

 

しかしこの効果は、学年が上がるほど小さくなってしまう上に、小規模学級の効果そのものも、4年生に対する効果の大きさはSTARプロジェクトの就学前段階のそれよりも約60%小さく、中学生に対しては効果が見られなくなっていた。

 

ふたつのプロジェクトの結果を踏まえ、小規模学級を政策として実行する場合、少なくともふたつの影響を考慮しなくてはいけない。

 

ひとつは、スケールアップ問題で、全国規模で少人数学級を導入してもプロジェクトの結果と同じ結果を得られるとは限らない問題である。全国規模で少人数学級を導入すると新たに多くの教員を採用する必要が出てくる。前述の理由から現実的な仮定ではないが、採用責任者が教職志願者の能力を正確に識別でき、優秀な人材から順番に採用しているとすると、新たに採用される教員達は、従来ならば採用されなかった水準の者達となる。このため、全国規模で学級規模縮小を実施すると、改善効果は局地的なプロジェクトで導かれたものよりも恐らく小さなものとなる。

 

もうひとつの問題は、長期効果の問題で、学級規模縮小が教員の職能成長に対して何らかのインパクトを与える可能性がある問題である。学級規模縮小は、とくに教員からの支持が高い政策オプションである。なぜなら、学級規模が縮小されると、例えば生徒の宿題の添削・生徒の親とのコミュニケーションといった教員の仕事量が、減った生徒の分だけ減少するためである。

 

学級規模縮小によって空いた時間が教員自身の職能成長のために使用されるのであれば、インパクト評価では捉えづらい長期的な教員の質の改善が起こる可能性がある。そもそも、日本で教員養成修士化が検討されている背景の一つに、教員が多忙過ぎるためon the job trainingができなくなってきているという事情もあるため、とくに日本の文脈ではこの点を無視することはできない。

 

[*8]最新のものだと、Jakson, E., & Page, E. M. (2013)などを参照

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.268 

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