教育政策のかなめ教員政策を考える――限られた予算で高い教育効果をあげるために

▶シノドスの電子メールマガジン「αシノドス」

https://synodos.jp/a-synodos

▶真の教養を身に着ける「シノドス・サークル」

https://synodos.jp/article/20937

5. まとめ-日本の教員政策を考える

 

日本の教育支出は、就学前と高等教育段階で顕著だが、他の先進諸国と比べて少ない。ゆえに教育支出削減に結びつく政策オプションは望ましくなく、財務省が主張する教員数を削減してかつ教員給与も減らすというオプションは支持できない。

 

日本の教員政策は教員の質に依存しているのが特徴である。この傾向をさらに推し進める政策オプションである教員給与水準の上昇と、この上昇につながる準備教育水準の引き上げ(教員養成の修士化)もどちらもそれほど学習成果の向上につながらない。その一方で、かなり不透明な部分が大きいが、教員の量を重視する方向へ向かう政策オプションである学級規模縮小は特定の層の学習成果の向上を促す可能性がある上に、日本の文脈では教員の質向上につながる可能性もある。よって、これ以上教員の質に頼る方向へ向かう政策オプションは避けるべきである。

 

しかし、文部科学省が主張する、基礎教育段階において教員給与の水準を維持したまま教員数を増やすという選択肢は、優先順位が高いとは考えづらい。なぜなら現状では、日本は教員数を増加させるために支払うコストが高いが、基礎教育段階に対する公教育支出はそれほど過少ではない。

 

これに対し、就学前教育の給与水準はOECD平均よりも低いため、新たに教員を雇うコストも低い上に、就学前教育段階に対する公教育支出は圧倒的に不足している。さらに、学級規模縮小は学年が低く、不利な背景を持つ子どもたちの間で改善効果が大きい可能性が高い。以上のことを考慮すると、教員給与支出を増加させるべき優先順位は就学前教育段階にある。

 

日本の教員給与について言えば、額の多寡を論じる以前に、システム上の問題を抱えている。学歴も経験年数も教員の能力に結びつかないため、勤務状況に大きな問題がなければ主に学歴と経験年数に基づいて昇給が行われる、現行の教員給与システムを正当化することはできない。

 

そもそも、現在使われている教員給与システム(給与表・号棒制度)は、現在の日本の状況にあったシステムとは言い難い。

 

給与表・号棒制度の教員給与システムは、教職に十分な準備教育を受けた人材が集まらない上に離職率も高いという問題に対処するために、学歴と経験年数に応じて昇給させるという仕組みが必要だった上に、教員個々人が採用者と個別契約を結ぶという不公平さがある旧システムを改めるため、19世紀のアメリカで導入されたという歴史的側面を持つ。

 

しかし現在では、前述の「今後の教員給与の在り方について」の中でも問題提起がなされているように、より努力をして成果を残した教員と怠惰な教員とで給与面で差がつかないのは不公平ではないか、給与にメリハリをつけるべきではないかという声が高まっている。

 

さらに、教員の学歴や経験年数が学習成果に結びつかないことに加えて、日本は教員採用試験の倍率も高く、準備教育が不充分な人材しか採用できないという状況ではない。それに経験年数別の離職率に関するデータは無いが、文部科学省の平成22年度の学校教員統計調査によると、20代の教員の離職率は小学校で約3%、中学校で約5%、30代・40代教員の離職率はどちらも約1%であり、大卒1年目の離職率が15%程度[*9]であるのに比べると極めて低い。つまり、給与表・号棒制度が考案された当時に存在していた問題に現在の日本が取り組む必要性は認められない。

 

現在の日本の教員給与システムはまったく機能しておらず、「今後の教員給与の在り方について」の中で論じられているような、主に職能成長に対する努力を評価するキャリアラダー型の給与システムか、主にどれだけ学習成果を改善できたかを評価するメリットペイ型の給与システムか、いずれの要素をどれだけ取り入れるか議論や試行錯誤を重ねる必要はあるが、教員の職能成長を外発的に促す教員給与システムへと切り換える必要がある。

また4章で述べたように、給与システムの変更と併せて、教員に転職を促すないしは配置換えするシステムも検討されるべきである。

 

今後の教員給与の在り方について」の「5.教員評価と処遇への反映」では、不適格教員を特定する必要性が論じられているが、それでは不十分である。なぜなら、教員の目に見える特徴が教員の質とそれほど関連が無いことに加えて、キャリアの初期段階で急激な職能成長が起こることから、前章で述べたように採用時点で教員としての能力を見極めることは極めて困難な作業である。加えて、その初期段階を過ぎてしまうと、大学院で学位を取らせたり、研修を施したりしたとしても、職能成長が起きることもそれほど期待はできない。

 

日本でも長年試補制度の導入が議論された結果、初任者研修制度が導入されたが、今一度教職では能力が発揮できない人材に対して、本人のためにも能力が発揮できるような職業・職種へ異動させる制度の導入が真剣に議論される必要がある。教員は社会経済的に不利な背景を持つ子どもたちを助け、貧困の連鎖を断ち切れる存在であるからこそ、能力に問題がある教員を教壇に立たせ続ける訳にはいかない。

 

より不利な背景を持つ子どもたちにより早期に介入するのが教育政策の基本であるが、教育支出的にも、教育効果的にも、その肝心要になるのが教員政策である。いかに数多くの優秀な教員を、早い段階で不利な背景を持つ子ども達に対峙させられるかが教員政策の肝である。しかし、現行の議論の進められ方にはこの視点が欠けている上に、教育予算・教育効果の両面から見て問題点も含まれている。どうすれば限られた予算の中で子どもたちの学習成果を、とくに不利な背景を持つ子どもたちのそれを、教員政策を通じて向上させてあげられるのか、データに基づく慎重な議論が求められている。

 

(本記事は「サルタック-Quality Learning for All」の理事として執筆したもので、筆者が勤務する国連児童基金の見解を代表するものでも、関連するものでもありません。また、立場上筆者個人は如何なる謝金も受け取っておりません。)

 

[*9]厚生労働省・新規学卒者の離職状況に関する資料一覧より

 

参考文献

 

・OECD. (2013). Education at a Glance 2013: OECD Indicators, OECD Publishing. http://dx.doi.org/10.1787/eag-2013-en

・OECD. (2012). Quality Matters in Early Childhood Education and Care: Japan 2012. OECD Publishing. http://dx.doi.org/10.1787/9789264176621-en

・Hanushek, A. E. (2011). Valuing Teachers: How Much Is a Good Teacher Worth? Education Next, 11(3), 40-45.

・Hanushek, A. E., & Rivkin, G. S. (2006). Teacher Quality. In Handbook of the Economics of Education. (vol. 2, pp. 1051-1078) edited by Eric A. Hanushek and Finis Welch. Amsterdam: North Holland.

・Jackson, E., & Page, E. M. (2013). Estimating the Distributional Effects of Education Reforms: A Look at Project STAR. Economics of Education Review, 32, 92-103.

・Rivkin, G. S., Hanushek, A. E., & Kain, F. J. (2005). Teachers, Schools, and Academic Achievement. Econometrica, 73(2), 417-458.

・Wayne, J. A., & Youngs, P. (2003). Teacher Characteristics and Student Achievement Gains: A Review. Review of Education Research, 73(1), 89-122.

 

サムネイル「市川学園旧校舎」naosuke ii

http://www.flickr.com/photos/ogwrnsk/5020182142/

 

 

1 2 3 4 5 6
シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

・堅田香緒里「ベーシック・インカムとジェンダー」
・有馬斉「安楽死と尊厳死」

・山本章子「誤解だらけの日米地位協定」
・桜井啓太「こうすれば日本の貧困対策はよくなる――貧困を測定して公表する」
・福原正人「ウォルツァー政治理論の全体像――価値多元論を手がかりとして」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(11)――シンクタンク人生から思うこと」
・杉原里美「掃除で、美しい日本人の心を育てる?」