防災教育の最前線――「自ら考える」防災訓練の試み

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従来の防災訓練

 

一般的に行われている地震を想定した防災訓練は、おおよそ以下のようなものだろう。授業時間中に、教頭先生による「ただいま地震が発生しました」との校内放送に始まり、机の下に隠れて、その後「地震が収まりました。ただちに校庭に避難しなさい」との放送を受けて、防災頭巾やヘルメットをかぶり、廊下に整列して、校庭に集合する。

 

いくつかの学校を視察し、指導主事の方々とも話をしたが、校庭参集後に校長先生が児童・生徒にする講評は、「参集時間」と「私語の注意」が主だった。「おはしも」により、「走らない」ことを徹底しながら、「前回は5分15秒かかりましたが、今回は4分・・・」のように参集時間の早さを問題にする点がそもそも理解できなかった。また、大騒ぎしているわけでもないのに「私語」を注意していたことも気になった。つまり、防災訓練の善し悪しを、参集時間や私語の有無で評価することは、「身の安全を守る」という観点から妥当性があるとは思えないからである。訓練のやり方そのものを見直さないといけないと強く認識した。

 

上記のような例は特殊なのかどうか、筆者が所属する大学の学生(山梨県外出身者含む)に、小中学校の防災訓練についてヒアリングを行った。その結果、ほとんどの小中学校で行われている防災訓練は、上記に挙げた内容であった。多くの学校では、訓練の日時は事前にアナウンスされていて、中には「今日は雨だから訓練中止」という例もあった。地震は天気を選ばないわけだが、雨に濡れるからということもあるだろうが、学校の多くは「上履き[*7]」のまま校庭に参集することにしていることもその原因だろう。いずれにしても、何のための訓練かと言わざるを得ない。

 

[*7] 筆者はこの「上履き」のまま避難することをあまり意味がないと考えている。下駄箱での滞留を避けるためだと思われるが、校庭での待機が長時間に及んだり、高台へ走って避難したりするケースを考えれば、「下履き」の方が圧倒的にメリットが大きいだろう。靴を履き替える時間を惜しんで、校庭に参集する合理的な理由が見つからない。

 

こうして従来の防災訓練で実施されていることを1つ1つ見直していくこととした。まず、大震災の場合には停電することが多い。そうすると、そもそも校内放送が使えない。つまり、校内放送が使えないことを前提とした連絡手段を使わないと、本番を想定した訓練とは言えない。次に、そもそも校庭に参集しないといけないのかということ疑問が、関係する校長・教頭先生から出て来た。至極当然の疑問だと思う。筆者は、「校庭に参集する目的は、1つは一同に会することにより安否の確認をスムーズに行うため。もう1つは余震などによる二次災害を防止するため。しかし、学校建物の多くは耐震性が確保されており、一般の建物に比べ転倒する家具や什器も少なく、建物内の安全性は高い。大雨や大雪、校庭が液状化した場合など、校庭に参集する事が安全では無いケースも考えられ、必ずしも校庭に参集する必要は無い。」と回答した。こうして防災訓練をゼロベースで見直そうという取り組みを始めることになった。

 

 

緊急地震速報システムを使った実践的な防災訓練

 

 

文部科学省の事業の一環で、筆者が関わることとなった小中学校には緊急地震速報システムが導入された。緊急地震速報を活用し、効果的で意味のある防災訓練を行うことが、私に与えられた課題であった。後述する「自ら考える」防災訓練を実施する上で、大きな揺れの前に猶予時間を与えてくれる緊急地震速報は、非常に良いツールと言える。なぜなら、猶予時間は数秒から長くても十数秒程度しかないため、自ずと普段から地震に遭遇した際の対処方法について考えておくことが重要になるからである。そして、それはすなわち「危険を予測し回避する」ことにつながる。

 

訓練を行うに当たって私が最初に行ったのは、教員の認識を改めることだった。学校現場に外部の人間が入ることはあまりない。いくつかの訓練を視察する中で感じたことだが、整然とした問題の起きない訓練を見せないといけないと考える教員は少なくない。そのため、まずお願いしたことは、「課題が見つかる訓練が良い訓練」で「失敗しない訓練は意味が無い」ということを理解してもらった。後に、ある校長・教頭先生からは、「課題が見つかる訓練が良い訓練であり、失敗しても良いとの指導をいただいて凄く楽になった」とのコメントをいただいた。学校現場には真面目な性格の人が多く、訓練は成功して当たり前との認識が広がっている中で、「課題が見つかる訓練が良い訓練」との共通認識を持つことは非常に重要だと考えている。

 

もう1つお願いしたのは、教員自身も訓練に参加することだった。教員が訓練の評価者となって、地震の揺れに襲われても平然と子ども達に注意し、評価者になることは、本番の地震の際にはあり得ないからだ。教員自身が率先して避難行動を行い、自身が負傷しないことが非常に重要であること、教員自身が本気で訓練に参加することが生徒・児童にも伝わるということを説いた。

 

訓練を行うに際しては、事前に子ども達には緊急地震速報の仕組みについて、授業時間以外でアラームを聞いた場合には、その場その場で身を守る行動を取るよう指導をしてもらった。子ども達には、訓練の実施日時は事前に知らせないこととした。いわゆる抜き打ち訓練である。

 

まず従来の防災訓練と同様、授業中に実施した。訓練の結果は予想通りだった。従来の教頭先生の「ただいま地震が発生しました」という校内放送が、緊急地震速報に代わっただけなので、子どもたちの対応は何ら変わらなかった。授業中で教員の指示がある中、素早く机の下に隠れた。地震が収まったとの放送の後は、従来の訓練と何ら変わらないスムーズなものとなった。

 

次に、授業中ではない掃除や休み時間など、授業中以外に実施した。その結果、いくつか課題が見えてきた。掃除の時間のため、椅子をひっくり返して机の上に載せた状態で、教室の前方に机が寄せられた状況だった(写真1)。緊急地震速報の突然のアラームに生徒の多くは驚き、とっさにどう行動して良いかわからない。その後、机の下に隠れようとする生徒や、廊下で右往左往している生徒に向かって教室に入るよう指示する先生の姿があった。

 

 

(写真1 掃除の時間での訓練の様子(中学校A))

(写真1 掃除の時間での訓練の様子(中学校A))

 

 

写真1ではどういった危険が考えられるだろうか。大きな揺れによって机の上の椅子が飛んでくることが想定され、机の下は決して安全とは言えない。むしろ、積極的に机から離れた方が良い。教室後方は大きな空間が空いているし、廊下には倒れるような物が置かれていないため、窓から離れれば教室よりも廊下の方が安全と言えるだろう。

 

休み時間では、生徒の行動はより多様であり、多くの課題が見つかった。図書室には多数の子ども達が居たが(写真2)、隠れる机がいっぱいで、机の下に入れない子どもが右往左往した。転倒や本の落下の恐れのある、背の高い本棚の近くに避難する子どもも居た(写真3)。隣の教室に遊びに行っていた子どもが、自分の教室に戻って自分の机の下に隠れたり、1階の遊び場で遊んでいたある学年の児童は、アラームを聞くや2階にある自分たちの教室に向かって駆けだした。階段を駆け上がっている頃に、ちょうど地震の揺れが到達した。

 

 

(写真2 休み時間の図書室:避難行動を開始したところ(小学校B))

(写真2 休み時間の図書室:避難行動を開始したところ(小学校B))

 

(写真3 休み時間の図書室:本棚の前に避難する子ども達(小学校C))

(写真3 休み時間の図書室:本棚の前に避難する子ども達(小学校C))

 

 

緊急地震速報は、大きな揺れに襲われるまでのわずかな時間を我々に提供してくれるシステムだ。従って、アラームを聞いたその場その場で、身の安全を確保する行動を直ちに取ることが基本である。そうした指導は、事前に子ども達になされていたが、従来の防災訓練が徹底され過ぎていたために、このような子ども達の行動につながったと考えられる。また、「おはしも」を大きな声で連呼しながら、揺れが収まった後にどうしたらよいか困っている低学年の児童や、必要な声がけさえもしてはいけないと考え、目で合図し合う中学生も確認された。ここで紹介した事例は、都市部の規模の大きい学校や山間部の小規模な学校において複数の学校で見られ、決して特殊なものではないと考えている。

 

また、トイレの中に居る子どもにはアラームが聞こえなかったり、発達障害の生徒がパニックになって行方不明になるなど、事前に予告しない実践的な訓練だからこその課題が次々と見つかった。

 

以上の結果から言えることは、1つは多くの子ども達にとって防災訓練は、「自分の教室の自分の机の下に隠れること」になっていたということ、もう1つは状況に応じて的確な避難行動を取る応用力がほとんど養われていなかったということだ。緊急地震速報により得られる猶予時間は、大きい揺れの場合は数秒から長くても十数秒に過ぎない。無駄な動きをする余裕は一切ない。従って、訓練の結果がもし本番だったらと考えると、現状の課題は決して小さいとは言えないだろう。

 

防災訓練をやりっぱなしにしないことは非常に重要である。訓練後に、子ども達には、アラームが鳴ったときにどこに居て、その場でどのような危険が起こると考え、どういった行動を取ったのか、簡単な振り返りシートを記入してもらった。また、教員から何かしらの正解となる行動を教えるのではなく、子ども達同士でお互いの行動の良かった点や良くなかった点を議論させ、どのような行動が望ましかったか、気づきを重視した指導を依頼した。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.265 

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