どうしてぼくたちはすれ違うのか ―― 社会学者が語る、震災後の断絶の乗り越え方

福島第一原発事故によってホットスポットとなった千葉県柏市。「この野菜は、食べられるのか」と、農家と消費者のあいだに「断絶」が生じてしまった。『みんなで決めた「安心」のかたち』の筆者である五十嵐氏と、『「フクシマ」論』にて原発を誘致した福島の背景を分析した開沼氏が、震災後の「断絶」の乗り越え方について語りあった。(構成/山本菜々子)

 

 

「地産地消」を取り戻す

 

開沼 この本で一番心に残ったのは、社会学者である五十嵐さんがこのような問題に取り組み、農業と社会との橋渡しをしている点でした。当時は農家の方たちは放射能の問題に真剣に取り組んでいるのに、社会は無関心であった。みんな震災と原発事故の影響を心配しているような顔をしていましたが、そこには明らかな「断絶」があった。こういうときにこそ、普段は「社会的弱者がどう」とか「コミュニケーションと信頼がどう」とかいっている社会学者が動くべきなのに、なんで動かないんだと思っていました。そんななかで、五十嵐さんの柏の取り組みを知り、このような活動は広く知られるべきだと思いましたね。

 

五十嵐さんの実践、運動はただの「震災への対応」の意味を越えて、「新しい公共」の貴重な事例ともなるでしょう。震災後の困難のなかで、「新しいフォーマット」が生まれざるを得なくなってきているのは明るい話だと感じます。

 

五十嵐 開沼さんは、一貫して現状の脱原発運動に対し「あれだけでいいのか」とおっしゃってきたと思うんですね。これは誤解されても来たと思うんですが、市民運動に意味がないといっている訳ではまったくない。ただ「反対」を叫んでいればいいのかと。地に足をつけてなにか具体的に行動するローカルな運動がもっと必要なんじゃないかということをおっしゃっていました。そのひとつとして、ぼくたちの活動が評価してもらえたんじゃないかとすごく嬉しかったです。

 

この本に出てくる話は、すんごい小さな、すんごいささやかな話なんですよ。柏という小さな町だし、そのなかで多くの市民や、全部の農家が参加したわけでもない。ただ、やれることだけやっていこう。そのなかでは、可能な限りの多様性をもってやっていこう。それが、ぼくたちの基本的な方針です。

 

そのなかでも、多様性を大事にしたのが、すごく良かったと思っていて、脱原発もそうですが、いままでの社会運動って、ひとつの旗印のもとに、わーと集まるという、いわゆる「ワンイシュー・ポリティックス」の面があったと思うんです。でも、ぼくたちは地域を限ったおかげで、多面的に連関するさまざまな問題を考慮する必要がありました。

 

このようなスタンスでやっていくと、脱原発の問題だけではなく、これからの流通のあり方は? これからの農業は? これからの地域コミュニティは? と、地域が抱える問題に次々と直面する。結局、放射能の問題にしても、沢山の問題が絡んでくるなかで考えないと意味がない。わたしたちも、地域を限定したからこそ総合的にこれらの問題が見えてきたという面があります。

 

一方、福島のローカルな動きってメディアで取り上げられることが少ないと思うんです。福島ではどのような動きがあるのか、ぜひ開沼さんにお聞きしたくて。

 

開沼 福島にも農業にまつわる動きというのはあります。そのひとつは、福島大学で農業経済学を専門にしている小山良太先生らのグループが、福島市内でJAや生協と手を取り合いながらおこなっている放射線対策です。チェルノブイリ事故後のノウハウと、その間の20年で発達した技術も活用し、それをどう消費者まで届けるのかというところまで取り組んでいます。

 

この本を読んで、柏と福島、ぜんぜん違うところにいる人たちが試行錯誤の結果、なぜか同じような課題解決策をひとつずつ積み上げているなと、すごく不思議な感覚をもちました。「地に足のついた議論」といいますか、多くの人が合意を形成していく過程のなかで、結果的に似たような仕組みが出てくるのかと考えています。

 

もうひとつ例に上げるなら、いわき市の役所内にある「見せる課」も行政の取り組みとして注目しています。そこが、受け入れ先となって、消費者を地元の農家につれていったり、CMをつくったりと頑張っています。しかし、両者とも東京で普通に生活している人に、もっと知られている状況になって欲しいですね。

 

五十嵐 なぜ知られていないのでしょうか。福島をめぐる報道では断絶ばかりが強調されてしまいがちですよね。

 

開沼 行政や大学が外に向けて状況を伝えきれないのは他のことにも見られる問題ですね。目の前のことで精一杯になっているから仕方ないことだとは思います。

 

今回の震災は、放射能問題を筆頭に、行政だけでは手に負えない部分が多くあるんです。なにが自分たちの手に負えて、なにが手に負えないか。そういう区別をつけ、他の市民活動や企業・大学などさまざまなアクターと組んでいくべきなのに、なかなかうまくいっていないのかなと。

 

あと、福島のなかでも細かい運動はあっても、一枚岩になっていないから外からは見えにくいというのもあるでしょう。安全な食に震災前からこだわっていた人たちのなかでも、もう一度信頼を取り戻すため努力をしようというところと、もうこんなの危ないんだと過激な反原発の市民運動をはじめてしまった例もある。都会の方からしたら、福島内の過激なグループのほうが際立って見えてしまう部分もあったでしょう。福島の農家自身が自分の野菜を「危ない」といっていると思う人も多かったはずです。それはそれであっていいですが、「そうじゃないものもあるよ」ということがなかなか、伝わらないですね。

 

五十嵐 人って、みたいものだけをみて、信じたいものだけを信じるんでしょうね。だから、一旦そのループにハマりはじめると、極端なことをいう人をみて、そればかりに目がいってしまう構図がすごくあるような気がして。

 

円卓会議では、「みたくないものもみよう」というのをベースにしていました。たとえ同じ町でも、社会のなかで置かれている立場によって、見えている風景はぜんぜん違うんだと。それまでは、消費者と生産者が不毛な対立をしがちでした。そこを繋ぎ直すために、まずは「柏が好き」「柏を諦めたくない」という気持ちを共有していることを確認するところからスタートしていこうと。柏への思いには、消費者も生産者も違いはないはずだし、そこをしっかり共有できれば、いろんな意見の相違があっても、分かりあえるのではという発想でした。

 

開沼 「柏が好き」という限定された領域をベースとした繋がりがあったからこそ、断絶を乗り越えられたと。

 

五十嵐 そうですね。それをベースに農家や流通業者や測定業者、消費者がみんなで話合い、測定方法を決め、科学的にも担保できる水準を決め、それでぼくたちは1キロ当たり「20ベクレル」という数字をだしました。

 

よく「じゃあ、100ベクレルという基準は信用できないね。」といわれるのですが、そういう話ではないんですね。数値そのものより、自分たち自身で多様な利害を折り合わせて決めたことに価値があるんです。農家にとってこれ以上の高さはださないという目標でもあるし、消費者にとっても妥協できる、流通業者も他産種と比べ見劣りないと判断するし、測定業者もコストに見合った測定方法である。熟議を重ねた結果としての、「20ベクレル」という数字なんです。

 

なので、「なにがなんでも0ベクレルでなければ嫌だ」という方は今回のプロジェクトのお客様ではないかもね、という想定があったんです。0ベクレルを科学的に定量するのには恐ろしくコストがかかりすぎちゃって……。事実上不可能なんですよ。誤解がないようにいっておくと、コストをかけて測定すれば、ほぼ0ベクレルな野菜がほとんどだと思います。でも、すべてが0であることを証明することまで求めると、そこにすごくコストがかかるんですね。正直、そこまで厳密にすることに積極的な意義を見出せませんでした。

 

ぼくたちは、円卓会議を普遍性を目指す社会運動ではなく、あくまでも特定のマーケットを狙ったマーケティングだと考えているんです。この姿勢に共感してくれるお客さんと、この基準でやっていきたいと思う農家さん。その間を繋げながら、地産地消でまとめ上げるというマーケティングです。

 

 

開沼博氏(左)と五十嵐泰正氏

開沼博氏(左)と五十嵐泰正氏

 

 

 

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