柏市の事例報告および地域協働・地域ブランディングの可能性について

地産地消を軸にした信頼回復

 

わたしたちは消費者と生産者の相互不信の解消に取り組むために、まず柏市の農業が目指すべき「地産地消」という原点に立ち戻ることにしました。

 

安全を考える消費者は、グローバルな商品棚から産地を選べる存在です。しかし、複雑な流通工程を経る加工食品や、偽装表示のリスクを考えると、ただ産地を選ぶだけでは完璧な安心を担保できません。

 

そこでわたしたちは「あの農家さんなら安心」という選択肢もあるのではないか、目の前で安全を確認し、農作物を買うという消費のありかたも考えられるのではないか、と一般的にホットスポットではマイナスの意味を帯びがちな地産地消という理念の意義を再び提案したのです。これは、福島の方には申し訳ありませんが、消費者と距離の近い近郊農業がメインである柏市だからこそ効果的なやり方ではあったかもしれません。

 

そもそもわたしたち円卓会議は、当初より最終目標を、柏市の品質の良い野菜をブランディングし、さらに柏市に住む人々が地域に愛情を持ってくれるようにしたい、ということにおいていました。

 

そのためにも大きな壁となっている放射能問題をどうにかしなくてはいけない。そのとき、例えば安全か危険か調べずに、ただ「がんばっぺー」と応援して実質的には安価で販売するという方法ではなく、しっかり消費者と生産者が協働しながら科学的に取り組むこと、「柏の農家はこれだけしっかり検査をしていて、対策もしている」という姿勢を見せることが大事なんだと考えました。そしてそれは、地産地消に何よりも必要な「顔の見える関係」を構築する第一歩になるのではないか。ならば今回のピンチを、地産池消にとってのチャンスにしていけるんじゃないかと呼びかけたんです。だから私たちは、地産地消というスタイルを最大限生かし、柏野菜のブランディングという最終目標に資する形で、測定メソッドや情報発信のやり方を組み立てていきました。

 

 

「みんなで決めた」という安心とその波及効果

 

この取り組みを進めるにあたって、武器になったアンケート調査があります。

 

柏市内の幼稚園児の保護者が、地元野菜に対して、どこに不安を感じるのかを聞いたアンケートなのですが、そこでわかったもっとも重要なことは、今まで柏の野菜を積極的に買っていた層ほど、原発事故後の買い控え傾向が強いということ。

 

食の安全に対する意識の高さから考えれば当然の結果なのですが、当初は自主的な検査に及び腰だった農家に、いま柏野菜から離れている人たちは本来「いいお客様」だった人たちなんだと示せたことは、大きな意味を持ちました。またこのアンケートでは、買い控え傾向の強いネットユーザー層ほど行政による検査や情報発信への信頼度が低く、代わりに、同じ立場の市民や自分自身によって行われた検査に対する信頼度が高い傾向が見られました。

 

柏の農作物の売れ行きは、2011年11月に一番落ち込んでいます。福島でコメの安全宣言が出た後に500ベクレル以上のお米が発見されたというニュースと、柏市の根戸という住宅地で57.5マイクロシーベルトという放射線量が検出されてしまい、柏市にも超濃縮ホットスポットがあるということが判明したニュースが、ちょうど重なって大きく報道されたタイミングです。いやおうなく市民は「柏の農地にもホットスポットがあるのではないか」「検査をすり抜けている危険な地元の野菜があるのではないか」と考えるようになった。

 

こうした状況では、外れ値を絶対に出さない検査体制を構築しなくてはいけませんが、これは非常に難しい。ほとんどの品目では全量検査が不可能な中で、できるだけ納得感の高い測定メソッドを構築しなければいけない。

 

そこで私たちは、消費者自らが各農家それぞれの生産の現場で野菜が作付されている状況を確認しながら、検査することにしました。

 

具体的な測定方法ですが、まず農地に持ち込んだポータブル式のNaIシンチレーターで土壌の放射能濃度を、それぞれの品目が作付されている圃場の四隅と中央の5点測定する。そのなかでもっとも数値が高かったポイントで育っていた野菜を検体として核種判断のできる検査機で測定し、その野菜が設定した基準値以下ならばこの農家のこの品目は大丈夫だ、というやり方を基本にしました。

 

こうした方式をとったのは、圃場の端は土質が変化しやすい上に、放射性物質が吹きだまったり周囲から汚染された水が流れ込んだりしやすく、またセシウムの吸収を抑える効果のあるカリウムは肥料の主成分のひとつですが、どうしても端の方までしっかり施肥できていないことがあるなど、いずれにせよ「外れ値」的に汚染度の高い野菜が出る危険要因は、圃場の端に集中しているからです。事実、測定していくなかで数10ベクレル/kg程度の高い数値の野菜を発見したこともありましたが、それらはすべて圃場の隅の半径5mとか、端の一畝とかに集中していました。

 

安易に安全宣言をするのではなく、信頼できる農家を自ら探すことをコンセプトにしたこの一連の測定プロジェクトを、私たちは「MY農家を作ろう」と名付けました。

 

この方法は、「検査をすり抜ける汚染農産物」に対する懸念に対応するために始めたものであり、非常に手間のかかるものです。しかし結果的には、生産者にとってもメリットの大きいものでした。数値の高い圃場の位置を特定でき、対策を打つことができるようになっただけでなく、測定方法など放射能に関する知識が身につき、消費者に対面販売する機会も多い直販農家が、消費者よりも放射能対策に詳しいという自信をもてるようになったからです。シンプルに言えば、農家の皆さんが「農業に対する誇り」を、測定する過程で回復していった、ということですね。

 

このようなきめ細かい測定メソッドを確立した次に、わたしたちが避けることができなかったのは基準値をどうするか、でした。

 

私たちは3か月間の熟議を経て、20ベクレル/kgという数字を一応の自主基準値とし、先ほどのメソッドで個別農家・品目ごとに確認した20ベクレル/kg未満の野菜を、情報発信するというやり方をとりました。この数値未満なら安心、それ以上なら危険、という判断をしたわけではありません。立場の違うステークホルダーたちが数カ月かけて話し合い、そして合意した、柏市というホットスポットで立ち上げた小さな社会できめた数値であり、その文脈においてのみ価値のある数値だと考えています。この数値の是非をどうこう言うよりは、さまざまな地域で、地域特性に照らした社会的な合意がもっともっとされていったほうが、ずっと生産的ではないでしょうか。

 

 

 

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