柏市の事例報告および地域協働・地域ブランディングの可能性について

「姿勢」を重視した情報公開

 

一方、いわゆるベクレル表示を求める声も一定程度ありましたが、わたしたちはそれをしませんでした。

 

ベクレル表示をしなかった理由は、まずは検査機器のスペックとコストの問題です。かなりの数の検体数をこなすことになる私たちのやり方で、数ベクレル程度を定量するまで測定するコストを担保するのは、非常に困難でした。さらに岩手県の食肉加工会社で、ハンバーグの自主測定を行い、4ベクレルと低い値を表示したところ、売り上げの4割が落ちたという出来事があったことも理由のひとつです。

 

すなわち、「ベクレル」という言葉がそこに表示されているだけで、拒絶感を持ってしまう消費者が一定数存在することは否定できない、ということです。放射能に対する消費者のリテラシーはさまざまです。そうしたなかで、実際に消費者が野菜を手に取る小売りの現場では、消費者が放射能について勉強してくれることを期待するよりは、われわれの真摯な姿勢を示す方が信頼してもらえるのではないかと、考えたわけです。

 

実際に私自身、野菜市などのイベントでたくさんの消費者と触れ合う中で、消費者が地元の野菜に手を伸ばすのは、細かな数値の説明をするよりも、柏の農家がいかに真摯にこの問題に取り組んでいるかに納得した時だと気がつきました。

 

あとでぜひ見ていただきたいのですが、ウェブサイトには細かな数値や検査方法の情報ももちろん載せていますが、それだけでなく、個別の農家さんの人柄や姿勢、まったく関係のない趣味のことまで記載しているんです。確固とした科学的な根拠に、人格的な信頼をはさみこむことで、より消費者が生産者と彼らが作った野菜を信頼してくれるのだと考えているからです。

 

ただ、わたしたちの取り組みですが、円卓会議で直販をされている農家の方々が、原発事故前まで売り上げを戻すことができたかというと、やはり「戻った」という方ばかりではないのが正直なところです。

 

イベントを開くと震災前と同じくらい売れるのですが、日々の購買行動を変えるまでには至っていません。震災以降、消費者の中には、西日本の野菜を通販で買うようになっている人もいますし、もっと単純に直売所を日々の買物コースから外した人もいます。柏の野菜に安心感を取り戻し始めたと言っても、一度定着した購買行動をまた震災以前の行動に戻すのはかなり難しい。直売でないスーパーなどの場合では、あいだに入っている卸業者が、一旦切り替えた産地を再度戻すことはさらに難しいでしょう。

 

これは、いわゆる「風評被害」対策には、スピード感が必要だということでもありますが、同時に、もはや一度奪われたシェアを取り返さなければならない段階のいま、「安心安全」だけではスタートラインに立っただけでしかなく、それを越えてアピールする柏野菜の魅力を打ち出していかなければいけないと思っています。

 

 

柏から福島へ

 

わたしたちは、「柏産柏消」という、高コストではありますが、生産者と消費者の近い、地域ブランディングの価値を提示していこうと考えています。

 

福島と柏では条件が違いますから、目標の設定も協働の枠組みも違って当たり前でしょう。その上で、基本的には首都圏への大産地である福島はなにができるのかを考えると、例えば東京の生協や観光産業と連携したり、交流人口を増やしたりすることには可能性が見出せるかもしれません。

 

最も重要なことのひとつは、震災後に福島から産地を切り替えた仲卸の行動を変えなくては、東京に適正な価格で福島産の農作物が並ばないということです。消費者にとっては生産者以上に目に見えない存在である仲卸ですが、安全性が確認されれば福島産の野菜も販売したいと考えている人は必ずいます。そうした人たちと繋がること、あるいは仲卸の顔も見えるようにしていくことが今後の課題なのかもしれません。

 

とはいえ、一方で福島での地産地消を考える必要もあるでしょう。以前柏でシンポジウムをやった時(https://synodos.jp/fukkou/764)に、水産の専門家である勝川先生は、「ホームで勝てなければ、アウェーで勝てるはずがない」と言っていました。私も同感です。ホームで支持されない、不信感を持たれているものが、東京で買われるはずがない。福島のような大産地では、地産地消ですべてを解決できるわけではありませんが、そこを出発点に考えることも忘れてはいけません。

 

 

安心安全を超えるもの

 

最後にこの点を強調させてください。

 

消費者にとって「安心」「安全」は複数ある購買理由のひとつでしかありません。「安全」を追求して0ベクレルを目指し、例えそれが実現したとしても、その農作物を買ってくれるとはかぎらないでしょう。

 

放射能問題から発生した売り上げの減少という壁を乗り越えるための普遍的な方法はないと思います。それぞれの土地にそれぞれの暮らしや産業構造があり、それに絞った方法を考えなくてはいけない。柏市の場合は、それが「地産地消」でした。

 

ゴールは、消費者に放射能の知識を定着させることでも、0ベクレルの野菜を追求していくことでもありません。農産物を適正な価格で販売し、売り上げを回復させることです。その目的のためには、地域特性の理解がまず重要ですがそれだけでもなく、最終的にはそれぞれの生産者が、どのような消費者に、どういったチャンネルで、どのような価格帯のどのような生産物を届けたいのかをしっかりと考え、それに見合った測定方法と情報発信で、信頼回復と自分の生産物の魅力のアピールをしていくことが重要です。

 

消費者の選択肢と嗜好が多様化する成熟社会の中で、日本の生産者の課題の一つは、経営やマーケティングの感覚の弱さだと言われてきました。否応なくそこに直面させられることになった福島の農家がこの危機を乗り越えられたとき、ひとつのあるべき「強い農業」が具現化しているのではないでしょうか。

 

(2013年3月31日 「安全・安心」を超える〈価値〉とはなにか――危機を転機に変えるために――より)

 

 

みんなで決めた「安心」のかたち――ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年

みんなで決めた「安心」のかたち――ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年書籍

作者五十嵐 泰正, 「安全・安心の柏産柏消」円卓会議

クリエーター「安全・安心の柏産柏消」円卓会議

発行亜紀書房

発売日2012年12月6日

カテゴリー単行本(ソフトカバー)

ページ数260

ISBN4750512303

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