東日本大震災―――改めて見つめたい「これまで」と「これから」

2011年3月11日に発生した東日本大震災と続く福島第一原子力発電所事故から、3年が経ちました。しかし、今現在においてもなお、その被害は現在進行であり、さらには時間の経過と共に予想されていた/予想されていなかった様々な問題が顕在化しつつあります[*1]。そして同時に、少しずつですが歩みを進めている状況もまたあります[*2]。

 

このような中で、「これまで」と「これから」に今一度向き合うために、震災を巡る状況の何か一側面でも描くことが出来ないか。ここで書かせていただく事柄は、この問題意識からスタートしています。何をまた今更とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。それでも、3年目という、どうしても象徴的な意味を持ってしまうこのタイミングで、「これまで」と「これから」を改めて考える上での一助となればと思います。しばし、お付き合いをいただければ幸いです[*3]。

 

今回は、二人の方に伺わせていただいたお話を軸に、震災をめぐる状況に触れていきたいと思います。お話を伺わせていただいた方は、お一人は、宮城県仙台南高校校長である須藤亨先生[*4]です。須藤先生は、当時、震災によってもっとも大きな人的被害が出てしまった宮城県石巻市[*5]にある石巻高校の校長をされており、当時避難所となった学校を先導する立場にいらっしゃいました。当時の状況、そして3年が経過して改めて思うことについてお話を伺いました。

 

お話を伺わせて頂いたもう一人の方は、福島県立医科大学の長谷川有史先生です。長谷川先生は、救急科・救命救急センター/放射線災害医療センターで最前線に立たれている医師の方です。福島県立医科大学では、震災後の2012年度より緊急被ばく医療に関わる実習を5年次の必修授業として新たに設置しており、その実習の担当もされている方です。長谷川先生には、その新たな取組が目指す場所、そして今考えることについて伺わせていただきました[*6]。

 

[*1] 日本大震災をめぐる状況と性質については、前回書かせて頂いた記事において素描を心みています。 https://synodos.jp/fukkou/4816(最終アクセス 2014年3月10日)

 

[*2] 実際に復旧・復興に取り組まれている方々には、ただただ頭が下がるばかりであります。全面的な敬意をもって。

 

[*3] 筆者は、これまでに共同研究者らと東日本大震災を巡るメディアの課題をはじめとした分析を行ってきました。しかしながら、筆者自身は、メディア言論の分析には震災以前より関わってきたものの、災害研究や原子力発電所事故の専門家ではありません。そのため、今回のテーマを扱う上で必要とされる専門性を十分に備えているとは言えません。それでも、今回伺ったお話や描写が何かのお役に立てればと思います。

 

[*4] 須藤先生は、私が高校一年生の時にクラス担任をして頂いた恩師であり。化学と生物の講義を教えて頂いていました。

 

[*5] 直接死・関連死合わせて3518人が亡くなられ、今現在でも439人の行方が分からないという被害がでています。2014年2月10日付宮城県公表データ。http://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/243886.pdf (最終アクセス 2014年3月10日)

 

[*6] また、本稿で書かせていただいた内容について、頂いたインタビューの引用や、本文中でのまとめ等、本稿の内容についての全ての責任の一切は著者によるものであることを強調させて頂きます。

 

 

もう3年、まだ3年、たった3年

 

須藤先生にまず伺ったことは、「(3年が経過して)今、思うこと」そして「震災について話す、そのこと自体が持つ意味について」でした。その問いかけへの返答は、実感を込めて端的に語られたこの言葉から始まりました。

 

 

『もう3年、まだ3年、たった3年』

 

 

当時の状況、現在進行の被害、進みゆく状況/変わっていく地域の事情、時間の経過によって見えてくる/見えにくくなる課題、そして薄れていく関心。そういった様々な状況と取り巻く思いが、この一言に表れていました。そして、丁寧に紡がれていく言葉の裏には、苦悩・懊悩・煩悶・希望、様々なものが織り交ざっています。見せて頂いた備忘録には、理不尽な状況への憤りと、言葉の持つ重さとその持つ明暗両面について省察する姿がありました。

 

 

『人の死が数字に代わっていく。この違和感は何だ!』

 

『「亡くなられた方々に哀悼の誠を捧げます」というしかなかった自分自身に対する自己嫌悪』

 

『「絆」と「復興」。これほど手軽に使える言葉もそうはない。(いや、本来はすべての言葉がそうなのだ。)この一年半くらい、一つの言葉の持つ重さを実感したことはなかった。その言葉の持つ明暗の両面がその時々に応じて人にのしかかる。そして、その問いは私自身により鋭くなって戻ってくる。前を向くしかないが、そうしようとすればするほど、それだけでは済まない何かが心に澱のように残る……』

 

 

この状況を、私たちはどこまで想像することができるでしょうか。そして、『……の前の生徒達を見ていこう。寄り添い、注意深く。私ができるのはそれしかない』と前を向くことに内包される言葉にならないものを、私たちはどれだけ想像できるでしょうか。そして、このような思いは、先生一人だけが抱えていたものではなかったはずです。そして、3年経った今、これは過去のものになったのでしょうか。もちろん、違います。今も続く被害、広まりつつある格差、そして風化していく現状がそれを妨げています。

 

だからこそ慎重に選び、紡がれた言葉から発露する「思い出してほしい」・「わかってほしい」・「忘れないでほしい」というメッセージに、私たちは向き合わなければなりません。

 

 

『一言で言えば、「忘れないで」と』

 

『まず現地に行ってみてください』

 

『できれば、その当時のことを知る人の生の声を聴いてください』[*7]

 

 

それは、私たちがすでに「忘れ果てている」ということを言おうとするものでも、もちろん「忘れたい」という思いを蔑ろにするものではありません。それは、「これまで」の膨大な経験に加えて、「いま」も見つめてきた眼差しからも出てきたものです。

 

 

『震災は過去のことではなく、復旧が進まない現状を見るとそれが現在進行形のものであることをいつも心がけねばならないと思います。(ちょうど報道でもあった事柄ですが)仙台でさえ、地滑り等で被害をうけた宅地の復旧率は3%に過ぎません[*8]。復旧・復興の程度の差が拡大している。光と影を併せ持つ現状なのに、報道では8割「復興の光が見えます」か、2割「復興の道はまだまだで、困難は続いています」のどちらかに結論をもっていこうとプランをねった上で取材していく。その両方を見て、現状を把握していただくしかないと思います。多様な情報の中から、その被災地と個人ごとの置かれている状況を想像し、機会があればその地を訪れてほしい。』

 

 

例えば仙台市について考える場合でも、すでに綺麗に整備された仙台駅前だけを見るだけでは、何も知らない状態で震災の痕跡を見つけることは不可能に近いと思います。しかし、それは同時に、仙台駅前の状況が仙台における被害や復旧・復興のすべてを象徴するわけでも勿論ありません。これは当たり前のことと思われるかもしれませんが、しかし、ともすれば私たちがつい忘れてしまう、意識の外に行ってしまう事柄ではないでしょうか。

 

またこのことは、須藤先生が語られた震災後の様子にも関わってきます。最初の1週間の茫然自失の状態から、その後のひと月で「とにかく生きなきゃ」というフェーズに移行していきました。その後、「元の生活を取り戻す」ということで動いていた状況が、半年ほど経過したところでだんだんと変わっていきました。自分たちが思っているようなペースでは復旧も復興も進まないことが見えてきたためです。また同じタイミングで、被災された方の中でも、震災以前から持っていた状況や経済力による個人レベルでの復旧・復興の差が表れ始めました。1年~1年半がたって仕事を再開したけれど、周囲や従業員の方の減少、失ってしまった取引先が戻ってこないといったことから、継続を断念する例も出てきたといいます。ここで語られる状況は、東日本大震災をめぐる震災倒産が阪神・淡路大震災のときの3.8倍にもなるという先日の報道とも重なって見える内容です[*9]。

 

一つの地域の中でも、その被害の規模や性格、そして復興の状況は多様であり、一言では語りつくせないものがあります。現地にいると当たり前のように感じる、モザイク状の被害と復興・復旧をめぐる格差。しかし、それは外から見聞きするだけでは想像しきれないものですし、現地に入ったからといって、それですべてが分かる訳ではありません。しかし、それでも何かが違ってくる。『色々な情報と照らし合わせながら、色々な想像をしてほしい。出来れば、その中にいる方々の声に触れてほしい』。それはそのまま、被災地と相対的に遠いところにいる私たちに投げかけられた問いになります[*10]。

 

[*7] これらの発言は、同時に専門家や研究者の方へのメッセージとしても発せられた言葉でもありました。私を含め、何かしらの立場で関わる研究者・専門家・有識者が持つべき認識であることは間違いないと思います。

 

[*8] 3月3日付のNHKニュース http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140303/k10015661091000.html (最終アクセス 2014年3月3日- 2014年3月10日現在リンク切れ)

 

[*9] 例えば時事通信2014年3月3日付の記事 http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2014030300504&utm_source=twitter&utm_medium=eqa&utm_campaign=twitter (最終アクセス 2014年3月10日)

 

[*10] そして、更に書かせていただくならば。先生を含め、現地にいる方々は、目の前の「すべきこと」をしながらも「風化」に抗うという難題に取り組んでいます。長期戦であるが、同時に益々膨らむ目の前の「すべきこと」。このジレンマにどのように向き合うのか、「何ができるのか」、このことに大きな悩みを抱えている方がたくさんいることを、私たちはまず認識すべきなのではないでしょうか。

 

 

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