個人情報の共有で地域をつなぐ――改正災害対策基本法の全面施行と活用術

法改正によるパーソナルデータ利活用の「底上げ」

 

震災を教訓に、国の法律が動き出す

 

南相馬市と障害者支援団体は、最終的にすべての取り残された障害者らを見つけ出し、継続的な支援に繋げることができた。しかし、それに至るまでの紆余曲折は、首の皮一枚の綱渡りであったと、当時の支援者らは振り返っている。

 

南相馬市の事例において、制度面での教訓は大きく3つある。

 

1つめは、「悉皆性のある災害時要援護者名簿」を作っていなかったことである。2つめは、民間支援団体と災害時要援護者名簿を「共有」して、支援を実施するというスキームが存在していなかったことである。3つめは、個人情報保護条例の趣旨に立ち返って、条文解釈する政策能力、すなわち、災害時に個人情報の共有を可能にする理論構築の「防災リテラシー」が不十分だったことである。

 

そこで、これらの教訓を踏まえ、災害対策(防災)と災害時における個人情報の共有については、国の法律で最低基準を定めておかなければならないという議論になり、災害対策基本法の改正へと舵が切られた。

 

 

2013年6月成立 改正災害対策基本法の実務

 

2013年6月、災害対策基本法が改正された。このうち、2014年4月1日に施行となった「避難行動要支援者名簿」について解説する。

 

 

(1)避難行動要支援者名簿の作成義務

自治体は、「避難行動要支援者名簿」を作成しなければならなくなった。「避難行動要支援者」という言葉は、従来から使われてきた「災害時要援護者」よりも狭い概念に見える。ただ、「避難行動要支援者」の範囲を絞りすぎることは、災害後に広く支援が必要な者を見落としてしまいがちである。「避難行動要支援者」の範囲をできる限り広く設定し、支援からこぼれ落ちる者がないように留意すべきであろう。

 

 

(2)名簿作成のための個人情報の目的外利用の許容

災害対策基本法改正により、自治体は、既に保有している住民の個人情報を総動員して、「避難行動要支援者名簿」を作成しなければならない。たとえば、住民基本情報や障害者手帳情報を駆使して、本人同意の有無にかかわらず、「避難行動要支援者名簿」を作成しなければならないのである。もはや、同意なくして名簿を作成することは個人情報保護条例には抵触しないことになったので、自治体にとっては、「待ったなし」なのだ。

 

(3)避難行動要支援者名簿の共有(災害時)

「災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、避難行動要支援者の生命又は身体を災害から保護するために特に必要があると認めるとき」には、避難行動要支援者名簿記載の情報(名簿情報)を、避難支援関係者(自治体の他の部局、民生委員、自主防災組織、社会福祉協議会、その他民間支援団体や企業等)に提供できる。これは、従来の個人情報保護条例でも可能だった当然のことを確認したに過ぎない。ただ、確認したことで、現場が躊躇しなくてすむようになった意味では意義のある条文である。

 

(4)避難行動要支援者名簿の共有(平常時)

自治体は、一定の要件をクリアすれば、災害の発生に備え、平常時から、名簿情報を避難支援関係者へ提供できる。まず、本人の同意があれは問題なく提供できる。また、既存の個人情報保護条例の第三者提供の要件(例:明らかに本人の利益になるとき、個人情報審議会の答申を経たとき、法令の定めがあるとき等)をクリアすれば提供できる。さらに、平常時からの第三者提供を認める震災対策条例や災害時要援護者条例があれば、この条例によって提供することもできる(個人情報保護条例では、「法令の定め」があるとき、になる)。

 

 

避難行動要支援者名簿の作成、共有、被災者台帳の活用のイメージ図

避難行動要支援者名簿の作成、共有、被災者台帳の活用のイメージ図

 

 

自治体・市民・企業による情報教育で地域力アップを

 

個人情報利活用のために防災「情報」教育を

 

災害対策基本法が改正され、自治体に名簿作成と名簿情報の第三者提供が求められている。これを実現するには、地域社会全体が、個人情報の共有の必要性を理解し、防災や被災者支援の担い手となる必要がある。したがって、何をおいても、個人情報保護法制の理解と、そのための「防災『情報』教育」が不可欠である。これによって、平常時からの必要な範囲での個人情報の共有を実現していくことが大切だ。

 

 

研修の様子:地域や企業の研修による相互理解が重要

研修の様子:地域や企業の研修による相互理解が重要

 

 

個人情報の共有に対して、反対の意思を表明する者の多くは、個人情報保護法制に対する誤解や過剰反応であったりする。個人情報保護法制の正確な理解は、政策をすすめる上での最重要ポイントである。

 

たとえば、災害が発生した場合に、事前共有していた情報を素早く安否確認や生活再建支援に活用できるよう、避難所運営訓練に「名簿の第三者提供」というオプションを加えて、日頃から「個人情報が共有できる場面」を訓練しておくことが必要ではないだろうか。

 

まずは、自治体、地域リーダー、企業マネジメント層などから、個人情報制度の基礎研修を始めてほしい。教育委員会、社会福祉協議会、地域包括支援センター、商工会議所、農協、各組合、JCなどが音頭を取ってもよいだろう。制度の正確な理解は、「個人情報」を活用して「個人」を救う最初の一歩になるはずだ。

 

 

参考文献

 

自治体の個人情報保護と共有の実務―地域における災害対策・避難支援―

自治体の個人情報保護と共有の実務―地域における災害対策・避難支援―書籍

価格¥ 2,916

作者岡本 正, 山崎栄一, 板倉陽一郎

発行ぎょうせい

発売日2013年10月11日

カテゴリー単行本(ソフトカバー)

ページ数234

ISBN4324097542

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改正災害対策基本法に対応し、番号法(マイナンバー法)の最新論点も解説。東日本大震災の教訓事例、平常時からの先進取組事例などが収載されている情報政策必携の解説書。

 

 

岡本正(おかもと・ただし)

弁護士

弁護士。医療経営士。マンション管理士。防災士。防災介助士。中小企業庁認定経営革新等支援機関。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。慶應義塾大学法科大学院・同法学部非常勤講師。1979年生。神奈川県鎌倉市出身。2001年慶應義塾大学卒業、司法試験合格。2003年弁護士登録。企業、個人、行政、政策など幅広い法律分野を扱う。2009年10月から2011年10月まで内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員。2011年4月から12月まで日弁連災害対策本部嘱託室長兼務。東日本大震災の4万件のリーガルニーズと復興政策の軌跡をとりまとめ、法学と政策学を融合した「災害復興法学」を大学に創設。講義などの取り組みは、『危機管理デザイン賞2013』『第6回若者力大賞ユースリーダー支援賞』などを受賞。公益財団法人東日本大震災復興支援財団理事、日本組織内弁護士協会理事、各大学非常勤講師ほか公職多数。関連書籍に『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)、『非常時対応の社会科学 法学と経済学の共同の試み』(有斐閣)、『公務員弁護士のすべて』(レクシスネクシス・ジャパン)、『自治体の個人情報保護と共有の実務 地域における災害対策・避難支援』(ぎょうせい)などがある。

 

 

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