福島レポート

2018.05.12

福島における甲状腺がんをめぐる議論を考える――福島の子どもをほんとうに守るために

服部美咲 フリーライター

インタビュー・寄稿

「福島でがん増加はない」が専門家の常識

2017年4月19日、諏訪中央病院医師の鎌田實氏の記事「福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん」が注目を集めた。これまでも、一部新聞や週刊誌、テレビ番組などで、「東電福島第一原発事故の影響で、福島では小児甲状腺がんが増えている」という趣旨が繰り返し報じられてきた。

また、「原発事故の影響で甲状腺がんを発症した子どものため」と標榜する基金も設立され、著名な学者やタレントなどが名を連ねている。こうした煽情的な報道やキャンペーンなどを受け、「福島では子供の甲状腺がんが増加しているのではないか」という不安の声が県内外を問わずあがっている。

しかし、実は国内外の専門家の間では、「福島では、放射線の影響による甲状腺がんの多発は確認されていない」という意見が大多数を占めている。つまり、専門家の見解が「放射線の影響で小児甲状腺がんは多発していない」という点でほぼ一致しているにもかかわらず、小児甲状腺がんが多発しているかのように思っていたり、あるいは「甲状腺がんが多発していると考える派」と「多発していないと考える派」に専門家の見解が二分されているかのように考えていたりする人が少なくないという、専門家とわれわれ一般人との間の認識の乖離が起こっている現状がある。

本稿では、原発事故後の福島における小児甲状腺がんをめぐる経緯を整理し、この乖離の実態と弊害を明らかにしてみたい。

「小児甲状腺がん」議論の背景

1986年、ウクライナ(旧ソ連)で起きたチェルノブイリ原発事故の際、飛散した放射性ヨウ素により小児甲状腺がんが増えた。この歴史的な経験から、福島第一原発事故当初、子供の甲状腺がんの増加が懸念された。このため、福島県は、原発事故当時18歳以下だった全県民および2011年内生まれの乳幼児を対象に、2011年10月から現在まで大規模な甲状腺検査を実施している。

検査を実施している福島県立医科大学の発表データによると、2011年10月から2015年4月までの間に1巡目の検査を実施し、102人が甲状腺がんと診断されて手術を受けた。2014年4月から2巡目の検査を開始し、このときは44人が甲状腺がんと診断されて手術を受けた。この、1巡目と2巡目をあわせて146人が甲状腺がんと診断されたことが、「福島では放射線の影響で子供の甲状腺がんが多発している」という報道につながっている。

しかし、ここでまず注意しなければならないのは、「甲状腺がんは、もともと一定の割合で発生する」という事実だ。つまり、原発事故にかかわらず、福島でも他の地域でも、甲状腺がんを発症する子供は一定の割合で必ず見つかる。したがって、原発事故後の福島で146人が甲状腺がんの診断を受けたからといって、すぐさま全員が原発事故影響だと決めつけることはできない。まずはこの146人の甲状腺がん患者が放射線の影響による発症かどうかを確認する必要がある。

このことを確認するためには、原発事故の前後での甲状腺がんの発生率を比較すればよい。ところが、これまで、症状が出る前の小児甲状腺がんに関して、ここまでの大規模な検査は世界でも行われたことがなく、事故前後での甲状腺がん発症率の比較データが存在しない。小児甲状腺がん多発の是非をめぐる問題がいまだに完全には決着していないことには、前提としてこのような背景がある。

専門家グループは「放射線の影響とは考えにくい」で一致

福島の甲状腺検査を統括するために専門家が構成している「県民健康調査検討委員会」は、福島で行われた甲状腺検査で見つかった小児甲状腺がんについて、「放射線の影響とは考えにくい」「放射線の影響の可能性は小さい」と評価している。その理由として、以下の4点を挙げる。

1.甲状腺被曝線量がチェルノブイリ事故と比べて総じて小さいこと。下掲:チェルノブイリと福島における小児甲状腺がんと事故当時年齢との関係グラフ(発症年齢ではなく事故当時年齢)参照。

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2.チェルノブイリ原発事故後に甲状腺がんの増加が見られ始めるまでの期間に比べて、2011年3月の原発事故による放射線被曝から1巡目の甲状腺がん発見までの期間が短いこと。下掲、チェルノブイリと福島との甲状腺がん発症年齢の違いグラフ参照。

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3.地域別の発見率に大きな差がないこと。

4.1巡目の検査では、事故当時5歳以下だった幼い子供にがんが見つからなかったこと。

甲状腺はヨウ素をため込む性質があり、国連科学委員会の2008年の白書によれば、チェルノブイリ原発事故後に住民に出た健康被害は小児甲状腺がんのみである。したがって、この場合に問題となるのは事故直後に飛散し、およそ8日で半減期を迎えてすでにない放射性ヨウ素であるといえる。

チェルノブイリ原発事故の際に飛散した放射性ヨウ素の量は、福島第一原発事故と比較しておよそ7倍とされている(注1)。また旧ソ連は牛乳の放射性ヨウ素の基準値を3700Bq/kgに定め、基準値を超えた分の原乳は牛乳として流通しないようにしたが、乳児用の粉ミルクやその他の乳加工品の基準値を定めなかったため、3700Bq/kgを超えた原乳が乳児用の粉ミルクとして流通した(注2)。

(注1)チェルノブイリフォーラム「環境」

(注2)東京大学大学院農学生命科学研究科食の安全研究センター「畜産物中の放射性物質の安全性に関する文献調査報告書」2012.3

しかもこれは飽くまでも大規模農家に向けた対策に留まり、当時の旧ソ連の政治体制では、小規模農家や個人の農家には基準値などの情報が十分に伝わりにくかったという問題もある。また、ウクライナは内陸部であるため、海藻などを日常的に摂取する習慣がなく、ヨウ素欠乏による甲状腺腫がもともと風土病として蔓延していた。そのため、放射性ヨウ素を吸収しやすかった可能性も指摘されている。

一方、福島第一原発事故の直後2011年3月17日、それまで輸入食品にしか存在しなかった食品中の放射性物質に関わる基準値が暫定的に定められ、牛乳および乳製品については300Bq/kgとされた。同時に乳児暫定基準値も定められ、乳児用の牛乳や粉ミルクに関しては100Bq/kgとされた(※2012年4月以降は、それぞれ大人用乳・乳製品で100Bq/kg、乳児用乳・乳製品で50Bq/kg)。また、海が近い日本では海藻などからのヨウ素摂取が日常的であり、過度の放射性ヨウ素吸収は起きにくい状態だった(注3)。

(注3)「甲状腺がんと放射線障害」(大津留晶他、日本内科学会雑誌104:593~599, 2015)

チェルノブイリ原発事故の被災地では、「初期被曝線量が高かった」「5年以上経過してから甲状腺がんが多発した」「乳幼児の患者が多かった」という傾向があったが、福島ではこれらの特徴は見られなかった。4点目に関しても、2巡目以降に「事故当時5歳以下だった子供」の患者が見つかっても、年齢が上がるにつれすべてのがんの発症率は上がるため、例外にはならない。また、福島第一原発に近い地域と遠く離れた会津地方との間にも発症率の有意差がなかった。

これらの「県民健康調査検討委員会」の見解に異議を唱える声もあるが、国際原子力機関(IAEA)は2015年に公表したレポートで「事故による放射線被曝の影響とは考えにくいことを示唆している」としている。このIAEAそのものに関して「原子力推進側だから信用できない」という人もいるかもしれないが、国際的な専門家がつくる国連科学委員会(UNSCEAR)も、2016年に公表した白書でこのIAEAの見解を踏襲し、その上で、この見解に異を唱えた論文は世界で1本のみ(岡山大学津田敏秀教授が発表したもの)とし、「放射線によって甲状腺がんの発見率が増加したことを実証したと主張しているが、この調査には重大な欠陥があることが判明している」と切り捨てた。

このように、国際的な専門家の間では、「福島で見つかった小児甲状腺がんについては、原発事故による放射線被曝の影響とは考えにくい」という見解ですでに一致を見つつある。

福島の小児甲状腺がん患者は「多発見」

ではなぜ、福島において146人もの小児甲状腺がんが発見されたのだろうか。

まず、甲状腺がんはほかの多くのがんと比べると進行が遅く、小さな甲状腺がんならば生涯健康に影響を与えないことで知られている。また、ごく稀に進行した場合でも、症状が出てから治療をしたとしても予後は良く、死に至ることは滅多にない。

よく比較される例として、甲状腺がん検診を乳がん検診とセットで安価に行えるプログラムを運用した結果、運用前に比べて20年足らずの間に甲状腺がん患者が15倍以上と爆発的に増加し、それに伴って甲状腺がんの治療を多く行った韓国では、しかし甲状腺がんによる死亡率はまったく変化しなかった。(図:韓国における甲状腺検査とがん発見率および死亡率の推移グラフ)

図03

(’Korea’s Throid-Cancer’  “Epidemic”―Screening and Overdiagnosis Hyeong Sik Ahn, M.D.,et al. )

したがって、この小さな甲状腺がんを潜在的に抱えて生きている人は、実は予想以上に多いと考えられるが、症状がまったく出ない人々は甲状腺がんを疑って診察を受けないため、これまではこれらの人々が甲状腺がんの診断を受けることはなかった。もし全地域全年齢の人々を対象に大規模な甲状腺悉皆検査を実施したとすれば、症状のない人たちにも驚くほど多くの甲状腺がんが見つかってしまうことだろう、というのがほとんどの専門家が一致している現在の見解である。今福島県で起きているのは、この、いわば「多発見」とも表現できる現象と考えられる。

福島の小児甲状腺がんを考えるために重要な二つのキーワードがある。「過剰診断」と「スクリーニング効果」である。

無症状のうちに見つかる小さな甲状腺がんは、患者の健康に生涯にわたって悪影響を与えない場合がある。こうした、いわゆる「無実のがん」が次々に見つかっているという考え方があり、この「無実のがん」に対して、「必要以上の診断を行っている」という意味から、「過剰診断」と呼ばれる。

一方、きわめて稀だが甲状腺がんが進行した場合、なんらかの症状が出て治療することになる。福島の甲状腺検査では、このような「将来的に症状が出て治療するとしても、今のところは症状が出ていない」というごく初期の甲状腺がんを見つけている可能性もある。これは「前倒し診断」あるいは「狭義のスクリーニング効果」と呼ばれ、前述の「過剰診断」とあわせて「(広義の)スクリーニング効果」と呼ばれる。

先に挙げた国際原子力機関と国連科学委員会の見解は、「事故後の福島で見つかった甲状腺がんは『過剰診断』と『スクリーニング効果』による可能性が高い」とも言い換えられる。つまり、福島で起きていることは、「多発」(がんの発症そのものが事故前より増えている)ではなく、「多発見」(もともとあった、もしくはいずれ現れるがんを多く発見している)と呼ぶべき現象なのである。仮に、ほかの都道府県で同じように甲状腺検査を行えば、同じような割合で甲状腺がんが見つかる可能性が高い。

甲状腺大規模検査のメリット・デメリット

いずれ治療すべき甲状腺がんを前倒しで見つけているとすれば、早期発見・早期治療というメリットがある。一方で、過剰診断で見つかる小さな甲状腺がんは、放っておいても生涯健康に影響をもたらさない可能性が高い。

ところが、一般的ながん治療の定石として、がんが見つかった場合はその性格にかかわらず、がんの大きさで一律に判断して手術し取り除くことになるため、甲状腺を切除した場合、甲状腺ホルモンを補充するための投薬を一生続けなくてはならない。また、一度がんの告知を受けると、将来生命保険加入の条件が厳しくなるなどの社会的な不利益を被る場合もある。

検査を続け、スクリーニング効果で甲状腺がんを発見し続けることのデメリットはこれだけではない。現在、甲状腺大規模検査が行われているのは福島だけであるため、検査を続けることで、広義のスクリーニング効果により、福島だけで甲状腺がんと診断される数が記録され続け、その数が発表されるたびに大々的に発信され、これが深刻な風評被害につながるという懸念の声もある。

また、「無実のがん」であるという知識の有無にかかわらず、がんの告知を受けることそのものが患者に大きな精神的ショックを与える。国立がんセンターによると、がん告知を受けた患者は、往々にしてそのストレスにより適応障害や気分障害(うつ状態)、せん妄(幻覚や不眠など)という状態に陥る。また、家族も不安や自責などの精神状態に陥ることがある。

とりわけ福島の場合、自分の子供が甲状腺がんと告知された場合、母親が「自分のせいだ」と深く落ち込み、精神的に深刻な不調をきたすケースがある。実際、医師を目指す医学生が研修で相互に甲状腺検査をしたときに甲状腺がんが発見される場合も多く、甲状腺がんのほとんどが「無実」であることを十分に知っている医学生ですら、強いショックを受けるという。

「治療を受けるべき甲状腺がんを前倒しで発見できる」というごく稀なケースがある(この場合でも、将来症状が出てから治療すれば予後は良い)というメリットと比較した場合の、検査を受ける子供や母親が被るデメリットの多さを受けて、現状の検査体制を見直すべきであるという意見を持つ専門医も多い。

「私は子供を守りたい」

先日、福島市内で農家を営む30代の母親から相談を受けた。「風評被害も大変だけれど、健康でさえいれば、いずれ商売は持ち直せると信じています。でも、ただひとつだけ心配なのは甲状腺がん。テレビをつけると、甲状腺がんが増えたとかまた見つかったとか、しょっちゅうアナウンサーが怖い顔で言っている。一般人は、がんと聞くだけでどきっとします。テレビは子供も見るから、『自分がいつかがんで死んじゃうかも』と刷り込まれてしまうような気がして、それも心配です。私は、子供だけは守りたいんです」

冒頭の鎌田論考だけではなく、年に数回、県民健康調査が開かれるなど、ことあるごとに、報道ステーション(2016年3月11日放送の特集番組)、岩波「科学」(注4)、月刊宝島(注5)、東京新聞(注6)(注7)、朝日新聞(注8)、毎日新聞(注9)、あるいはハフィントンポストをはじめとする各種WEBメディアなどがこぞって「福島の子供に甲状腺がんが見つかった」と煽動的に報じる。その多くが根拠とするのは、国連科学委員会が「重大な欠陥がある」とした岡山大学津田敏秀教授による1編の論文である。彼らは、チェルノブイリと同じようなことが福島でも起こると騒ぎ立てる。

(注4)2017年7月号「特集 被曝影響と甲状腺がん」など
(注5)2014年11月号
(注6)2015年10月9日朝刊「甲状腺がんや疑い『全国平均より高率』」
(注7)2016年10月30日東京新聞朝刊白石草氏インタビュー
(注8)2016年12月28日朝刊福島県版「小児甲状腺がん、民間基金が療養費『県外でも重症例』」
(注9)2017年3月24日特集ワイド記事東京夕刊「原発事故後に甲状腺がんになった145人の子供たち 支援いつ打ち切られるか…」

一方、福島では被災3県では突出して震災関連死が多く、復興庁の発表によれば、2016年9月現在、岩手の460人、宮城の922人に対して2086人である。その原因として避難生活下でのストレスなどによる生活習慣病も多いものの、自殺者が多いことも特徴である。福島に住むことで実際に放射線からの健康影響を受けることはないのにもかかわらず、こういった煽情的な報道が繰り返されることによる精神的ストレスを軽視すべきではない。さらに、子供やその家族には、ここまで見てきたような検査によるストレスが加わっている。

甲状腺がんへの不安を煽る報道は「福島の子供を守る」という文言のもとでなされることが多い。しかしながら、こういった極度のストレスが子供に与え続けている深刻な影響を「問題ではない」とするような、いわば新しい「安全神話」が、今なお福島の子供たちを苛み続けている。本当に子供を守るために今必要なこととは、この6年で世界の専門家たちが一丸となって積み上げてきた科学的な知識を学び、勇気を出して検査の必要性を再度天秤にかけてみることなのではないだろうか。

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プロフィール

服部美咲フリーライター

慶應義塾大学卒。ライター。2018年からはsynodos「福島レポート」(http://fukushima-report.jp/)で、東京電力福島第一原子力発電所事故後の福島の状況についての取材・執筆活動を行う。2021年に著書『東京電力福島第一原発事故から10年の知見 復興する福島の科学と倫理』(丸善出版)を刊行。

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