福島レポート

2019.10.30

福島の甲状腺検査にはどんな害があるのか?

基礎知識

東京電力福島第一原子力発電所の事故の後、福島県は、原発事故当時18歳以下だった全県民を対象に、甲状腺がんスクリーニング(甲状腺がんの可能性の有無をふるい分ける検査)を行っています。

一般的に、甲状腺がんスクリーニングで無症状の甲状腺がんを発見すると、利益よりも害が上回るとされています。WHOのIARC(国際がん研究機関)は、たとえ原子力事故があっても、甲状腺がんスクリーニングを推奨していません。

福島県立医科大学の村上道夫准教授らが、子どもの甲状腺がんの過剰診断(無症状のうちに発見されなければ、生涯症状を出したり生命に影響を及ぼしたりすることのなかったがんを見つけること)による害を4つ指摘しました。

1.小児がんを経験した人は、身体的な負担だけでなく、就職や結婚などに際し、心理的・社会的な不利益を被る。この不利益は、甲状腺がんと診断されたことそのものによって生じるため、経過観察などによって過剰治療を抑えても、減らせない。

甲状腺がんの90%以上は進行が遅く、発症してからの治療でも治りやすいという特徴を持つ甲状腺乳頭がんです。甲状腺がんの過剰診断による害は、本来ならば一生必要なかったはずの治療(過剰治療)に結びつくことがまず挙げられます。

しかし、福島の甲状腺検査のように、子どもや若者が「がん」と診断されると、たとえ手術せずに経過観察(がんが進行しないかどうか、定期的に検査を続けること)を選択しても、心理的・社会的な害を被ります。就職や結婚のほか、妊娠や出産、保険加入など、人生のあらゆる場面で不利益を被る可能性があるため、患者にとって深刻な害といえます。

2.過剰診断を防ぐことができなかった医療従事者は罪悪感に苦しむ。

過剰診断は、甲状腺がんそのものの性質によって起こります。したがって、スクリーニングで無症状の甲状腺がんを発見すると、過剰診断は避けられません。子どもや若者に過剰診断の害をもたらすことを知りながら、スクリーニングに従事する現場の医療従事者の精神的負担は少なくありません。

3.過剰診断が起こると、あたかもその集団で甲状腺がんが本当に増加しているかのように見えるため、社会に恐怖と混乱を引き起こす。不安になった人が何度も検査を受けるため、過剰診断がさらに増えていく可能性がある。

無症状の人に甲状腺検査をした場合、症状が出てから病院を受診して診断された場合に比べ、数十倍の甲状腺がんが発見されます。福島県以外では、国内外問わず、大規模な甲状腺がんスクリーニングは行われていません。そのため、あたかも、福島県では他県よりも甲状腺がんが増えているかのようにみえます。その結果、不安になった人がさらに検査を受けることで、過剰診断がさらに増える可能性があります。

4.過剰診断は、がんを増加させている真の要因を隠す。

甲状腺がんは、別の原因で亡くなった方の剖検(解剖して検査すること)によると、1~3割ほどの人に見つかるがんです。つまり、日本人の1~3割ほどが甲状腺がんになり、しかし症状を呈さずに一生を過ごしていると考えられています。過剰診断は、この一生症状を出さない甲状腺がんを見つけることです。

症状が出てから病院を受診して診断される甲状腺がんに比べて、スクリーニングによる無症状の甲状腺がんの発見率は数十倍になります。もし、放射性ヨウ素などの甲状腺がんを増加させる真の要因があったとしても、過剰診断によって数十倍の発見が起きていれば、真の要因による増加は統計的には隠れてしまいます。過剰診断は、がんを増加させている真の要因を隠し、結果として、がんの予防を妨げます。

参考文献

Harms of Pediatric Thyroid Cancer Overdiagnosis

Michio Murakami, PhD; Sanae Midorikawa, MD, PhD; Akira Ohtsuru, MD, PhD

JAMA Otolaryngol Head Neck Surg.

October 17, 2019. doi:10.1001/jamaoto.2019.3051

https://jamanetwork.com/journals/jamaotolaryngology/fullarticle/2753327