福島レポート

2023.01.16

疫学調査として破綻している――福島の甲状腺検査の意義を問う

津金昌一郎氏インタビュー / 服部美咲

インタビュー・寄稿

東京電力福島第一原子力発電所事故(以下福島第一原発事故)の後、住民の不安の声を受け、福島県は、2011年10月から原発事故当時18歳以下だった全県民を対象に、甲状腺がんの超音波スクリーニング検査(以下「甲状腺検査」)を実施している。

甲状腺検査の目的のひとつとして、原発事故による放射線被ばくによる甲状腺への影響(甲状腺がんの増加の有無)を調べることが挙げられている。原発事故による放射線被ばくで子どもの甲状腺がんの発生が増えるかどうかについては、福島県民のみならず、国内外の強い関心を集めている。福島第一原発事故の歴史的評価にも大きく関わる問題でもある。

ところが、検査を継続し、その結果を解析したとしても、放射線被ばくと甲状腺がんの発生率との因果関係を知ることはできないとの指摘が、県の設置する専門家会合(「県民健康調査」検討委員会)の委員からなされた。検査の目的のひとつが達成できないとすれば、検査を継続する正当性が大きく揺らぐことにもなる。

検査について「疫学調査としては破綻している」と指摘した元福島県民健康調査検討委員である津金昌一郎氏(元国立がん研究センター・社会と研究センター長)に、指摘の意味とその背景について伺った。

津金昌一郎氏

放射線被ばくによる甲状腺がんリスクは考えにくい

――原発事故後の福島での放射線被ばくによる甲状腺がんリスクはどの程度であると考えたら良いでしょうか。

福島県の甲状腺検査の対象者の被ばく線量は、高い市町村でも平均で数10ミリシーベルト程度です。世界各地の、高線量、たとえば自然から10ミリシーベルト程度の放射線を受けながら暮らしている地域の住民に甲状腺がんが多いという報告はありません。

被ばく線量と甲状腺がんのリスクとの関係については、チョルノービリ原発事故後のデータのほか、医療被ばくにおけるものなど、さまざまなデータがあります。たとえばチョルノービリ原発事故などの疫学研究からは、100ミリシーベルトを超えると線量にしたがって甲状腺がんリスクが上がり、1000ミリシーベルトあたりの相対リスクが3~8倍になるとのデータがあります。これらのデータによれば、ある程度高い線量を受けた場合ではないと、甲状腺がんリスクはあまり上がっていかないことがわかっています。

こういった過去のデータと照合するために、原発事故後の福島における甲状腺がんのリスクについて考えるときには、まず被ばく線量がどの程度だったかということを明らかにする必要があります。実際に、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)も、被ばく線量のレベルを調べていますね。そしてその結果、原発事故後の福島における住民の放射線被ばく線量は全体的には低かったということが明らかになりました。この結果と過去のデータ(放射線被ばく線量が上がるにつれて甲状腺がん発生率が上がる線量応答関係)と突き合わせてリスク評価すると、福島では、放射線被ばくによる甲状腺がんリスクはないか、もしあってもごくわずかで、他の要因によるリスクの振れ幅に隠れてしまう程度であると言えるでしょう。

相関関係と因果関係は異なるもの

――原発事故後の福島についての疫学研究(集団における疾病の発生率やその原因などについて調べること)の論文が多く出ています。こうした論文を読む際に、まず知っておくべきことはなんでしょうか。

疫学研究から得られた関連が因果関係であるためには、①チャンス(偶然性)②バイアス③コンファンディング(交絡)の3つの要因による見かけ上の関連であることを否定する必要があります。

①の偶然性はランダムに起こるのに対して、②と③は、系統的に起こります。

偶然性というのは、得られた結果が単に偶然によるものかもしれない、という可能性のことです。

たとえば、サイコロを振って「6」の目が出る確率は1/6です。でも実際にサイコロを振ってみると、ばらつきが出ます。サイコロを10回くらいしか振らなかったら、「6」の目が出るのは0回かもしれないし、5回かもしれない。だけど何百回もずっとサイコロを振っていくと、だんだん「6」の目が出る確率が1/6に収束していくわけです。

偶然性を否定するための指標としては、「95%信頼区間」や「統計的有意性」が使われています。たとえば、「有意水準5%(p<0.05)で統計的有意」というのは、起きていることが偶然(100回中5回未満しか起こらないようなこと)ではない、という意味です。リスクが大きければ少数例を検討すれば統計的有意になりますが、リスクが小さいとたくさんの例を検討しないと統計的有意にはなりにくくなります。

それから、形状がいびつで「6」が出やすいサイコロであれば、1/6に収束することはありません。この「サイコロが歪んでいる」というような要因のことを「バイアス」といいます。

――「交絡」について、『ロスマンの疫学』(KennethJ. Rothman著,篠原出版新社)に以下のような例が引かれていました。出生順とダウン症候群についての研究で、出生の順番が後になるにつれてダウン症候群の有病率が増える傾向が示されたものの、出生の順番というのは、母親の年齢という要因と密接に関わっている、というものです。かつ、母親の年齢が上がるにつれてダウン症候群の有病率が上がるというデータも示されています。

出生の順番とダウン症候群の有病率との因果関係を調べたい場合、出生の順番とダウン症候群のいずれにも影響する「母親の年齢」が交絡要因となっているということですね。

交絡要因が排除できていないと、実際には因果関係がないものが、一見因果関係があるかのように見えてしまいます。

福島の甲状腺検査のケースについていえば、「放射線被ばく線量」と「甲状腺がんの発見数」に因果関係があるかどうかを調べようとしているので、「甲状腺がんの発見」に関係している、「放射線被ばく線量」以外の要因が交絡要因になります。

甲状腺がんは加齢に伴って増加します。もし、学校の位置関係などで、年齢が「放射線被ばく線量」に関係しているならば、これも交絡要因となります。

それから、2018年に国際がん研究機関(IARC)が勧告を出していますが、甲状腺がんの場合、検査さえしなければ一生見つからなかったような病変を検査で見つけ出す(=甲状腺の発見数の増加)ことが知られています。したがって、無症状で検査を受けることそのものが交絡要因になってしまっているとも言えます。

この要因は選択バイアスというバイアスにも関連しています。福島第一原発に比較的近くて、たくさん放射線に被ばくしたのではないかと、そういう心配を住民がしている地域ほど、住民が検査を受診します。検査の受診率が高い地域ほど甲状腺がんの発見率が高くなります。

いずれにしても、放射線被ばく線量と甲状腺がんの発生との因果関係を本当に知りたいのであれば、偶然性だけでなく、「甲状腺検査が実施されている」ことにより生じる様々な交絡やバイアスを排除しないと、正しい結論は得られません。

――原発事故後の福島についての疫学の論文でよく相関関係がある・ないという言い方がされていますが、これと因果関係とは別のものでしょうか。

相関関係と因果関係は違います。

相関関係は、2つの要素が互いに関係しあってさえいれば「ある」と言えるのですが、因果関係は、少なくとも2つの要素が原因と結果の関係になっていなければあるとは言えません。

たとえば、特定の物質と発がんとの因果関係を証明するには、①動物実験のデータや②発がんメカニズム、そして③人を対象とした疫学研究を組み合わせる必要があります。

このうち、科学的証拠として最も強力なのは「人を対象とした疫学研究からの証拠」(エビデンス)です。また、人間は生活の中で常にいろいろな物質にさらされていますから、動物実験のように直接因果関係を調べたい物質にだけさらすことはできません。

疫学研究で、偶然、交絡、バイアスの影響ではないと判断できれば、基本的には因果関係があると考えます。もしこれらの影響が確実に否定できていない可能性があれば、発がんメカニズムを解明する研究や動物実験で補う必要があります。

たとえば、原爆投下後の広島や長崎の被爆者を対象とした疫学研究の結果、受けた放射線の量が多い人ほどがんになるリスクが高い、という線量応答関係が確認され、かつ偶然、交絡、バイアスによるものではないという判断ができました。このため、広島や長崎における放射線被ばくとがんの発生率とには因果関係があるとされています。

疫学調査としては既に破綻している

――福島の甲状腺検査の疫学研究としての側面は、どのように評価できますか。

福島の甲状腺検査は、放射線被ばくと甲状腺がんとの関連を検証するための疫学調査としては既に破綻しているのではないか、というのが私の結論です。

――そのように言える理由を伺えますでしょうか。

人を対象とした疫学研究の中で最もエビデンスのレベルが高いのはランダム化比較試験です。

ランダム化比較試験では、対象になる集団をランダムに2つに分けて、人為的に要因を割りつけます。こうすると、同じ背景をもった2つの集団ができます。理論的には、交絡要因やバイアスも均等になります。この集団に因果関係を調べたい要因を割りつけて比較すれば、純粋に要因の影響を知ることができます。ただし、どれほど質の高いランダム化比較試験であっても、数が足りなければ、偶然性による結果というのは出てきます。ここでは、統計的に有意な複数の試験や研究による結果の比較が重要になります。

福島の甲状腺検査では、原発事故による放射線被ばくと発がんとの因果関係を調べようとしていますが、これはランダム化比較試験ではなく、観察型の疫学研究です。観察型の疫学研究の場合、偶然性だけではなく、バイアスと交絡の影響を排除しなければいけません。検査をたくさん実施して統計的有意になる、というのは、結果が偶然である可能性を低くしているだけで、バイアスや交絡とは何ら関係ありません。

たとえば、甲状腺がんかどうかを最終的に診断する際の穿刺吸引細胞診を受けるかどうかは、甲状腺がんと診断されるかどうかを当然大きく左右します。穿刺吸引細胞診を実施するかどうかの規準が対象者全員に対して一定でないと、測定バイアスが生まれる可能性が高くなります。

福島の甲状腺検査の場合に実際どうなっているかを見てみると、原発事故直後には、二次検査が必要とされた人の42%が穿刺吸引細胞診を受けていました。これが1巡目から3巡目までだけを見ても、27%、18%、12%、6%と年々減っていっています。

このことについて、2014年8月の第16 回福島県「県民健康調査」検討委員会(議事録:https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/87061.pdf)で理由を質問したところ、当時の甲状腺検査の責任者だった福島県立医科大学の先生から「検査は均一であるべきではあるが、初期においては,かなり慎重に検査をしていた。受診者も超音波だけでなく細胞診による安心を求めていた」という主旨の回答がありました。

つまり、検査の実施年によって甲状腺検査の手法や基準が違っており、測定バイアスがある、ということです。

測定バイアスが排除されていなければ、放射線被ばく線量が比較的高い地域の住民に甲状腺がんが多く発見されたとしても、それで放射線被ばくと甲状腺がん発生との因果関係があるとは言えません。

この他にも福島の甲状腺検査には、さまざまなバイアスや交絡要因の可能性があり、これらを完全に取り除くのは難しいと思います。

原発事故が起きた当初は、私自身、万一を考えて、放射線被ばくによる甲状腺がんのリスクがどの程度なのかを検証することは大切だと思っていました。当時は、まさか検査によってこんなに多くの甲状腺がんが発見されるとは思ってもいませんでしたから。

その後、さまざまなことが明らかになりました。そのうち最も重要なのは、原発事故後の福島の住民の被ばく線量が非常に低かった、ということです。被ばく線量が低いということは、甲状腺がんになるリスクはないか、仮にあっても非常に小さいということです。

その非常に小さいリスクをなんとか検出してどれくらいかを調べようとしても、甲状腺検査をすることによって生まれるバイアスや交絡の影響が大きすぎて、検証することはほとんど不可能でしょう。

「原発の近くに住んでいた人の甲状腺がんの診断率が高い」という論文の欠陥

――UNSCEARは、2020/21報告書で、福島で放射線被ばくによる健康影響は見られないとした上で、甲状腺検査でがんが見つかるのは、高精度の超音波機器による検査が原因であろうとしています。

もし放射線被ばくの影響で甲状腺がんが多発していると仮定した場合、同じくらいの被ばくをしたと考えられる地域で検査を受けていない20%前後の人や、近接する他県に住む人の中にも、検査を受けた人と同じくらいの確率で甲状腺がんが見つかっていなければ矛盾します。しかし、現実にはそういった現象は確認されていません。このことからも、福島県で甲状腺がんがこれほど多く見つかっているのは、検査が行われているからであると考えられます。

――「原発の近くに住んでいた人たちの方が甲状腺がんの診断率が高い」という論文が、査読付きの科学誌に掲載されたことがありました。その後UNSCEARで検討され、手法に欠陥があるとされていますが、これはどのような意味でしょうか。

この論文では、まず相関関係と因果関係の違いが区別されていません。また、検査を受けるタイミング、対象者の受診行動や、穿刺吸引細胞診を実施するかどうかの規準のブレ、受診時の年齢など、多くの考慮されるべき交絡やバイアスも十分に考慮されていません。

交絡やバイアスを考慮せずに、「原発の近くに住んでいた人たちほど、甲状腺がんと診断される確率が高い」という現象が放射線被ばくの影響である、と結論づけることはできません。したがって、この論文からは、放射線被ばく線量と甲状腺がんの診断数に相関関係があった、という以上のことは言えないでしょう。

――このような重大な欠陥のある論文が、科学誌の査読(同じ分野の別の研究者によるチェック)を通ることはあるのでしょうか。

疫学の場合、筆者の主張に都合の良い結論を導くようにデータを解析すれば、一見辻褄のあう論文を書くことができてしまいます。また査読する側にも、いろいろな考えを持つ人がいます。結果的に、欠陥の多い論文であっても査読には通ってしまうということも起こり得ます。

だからこそ、1本の論文からではなく、メタ解析(メタアナリシス。ある程度似ている研究の複数の結果を統合し、ある要因が特定の疾患と関係するかを解析する統計手法)の結果をもって検討することが重要になります。

ひとつひとつの研究の結果が矛盾している場合でも、たくさんの研究結果を解析することで、より総合的な評価をすることができます。それから、他の複数の研究者が、同じデータを使って他の手法で解析して検証するために、近年は、データアベイラビリティ(Data Availability:論文に関わるデータセットが利用できる場所やアクセスの手法やリンクなどを読者に通知すること)の明示が求められる学術誌も多くなってきました。

そもそも、疫学において、1本の論文で因果関係を結論出来ることは少ないです。

たとえば、喫煙が肺がんリスクになるかどうかという研究は数多くありますが、誰がどう解析しても、だいたい5倍から10倍という大きな差が出ます。一方、受動喫煙の肺がんリスクを調べた場合は、結果の差が直接喫煙している場合に比べると小さいことが多く、したがって偶然や交絡、バイアスの影響を受けやすくなります。相関が出る研究もあれば逆相関が出る研究もある。結果が矛盾する論文がたくさん出てくるわけです。こういったケースでは、多くの研究結果を集めて、メタ解析をしていく必要があります。

メタ解析をするときには、それぞれの研究について、そもそもの研究デザインの妥当性、交絡やバイアスを補正してるか、など複数のチェック項目を設けて、一つひとつの研究の質を評価しながら、最終的にどの程度のリスクなのかという数値を出します。疫学には不確実性があるからこそ、こういった手続きが欠かせません。配偶者の喫煙は、非喫煙者の肺がんリスクを1.3倍高め、因果関係ありというのが近年のメタ解析からの結論です。

ただ、福島の甲状腺検査の場合は、データが複数得られるわけではないので、メタ解析は難しいかもしれません。

「不安」は検査では解消できない

――福島の甲状腺検査について、総合的にどのように評価されていますか。

福島県立医大は、甲状腺検査によって放射線被ばくによる甲状腺への影響を明らかにする手法についての論文を出しました。こういった論文を出した以上、この検査は医学研究である、ということになります。医学研究は必ずしも「見守り」と両立するものではありません。

検査を研究として評価した場合、まず初期に設定した研究デザインが既に崩壊しています。受診率が下がって、受診者特性や検査手法に偏りが出ている上、交絡やバイアスの影響もあり、定量的な評価は困難になっていると考えています。加えて、原発事故後の福島の住民の放射線被ばくの線量が非常に低かったため、そこから想定されるリスクが非常に小さく、この規模の研究では検出力が足りず、差があるかどうかを正確に評価することはできないでしょう。

――福島の甲状腺検査の「見守り」の側面についてはどのように評価されていますか。

福島県民の中には、今も甲状腺がんを心配している人がいるでしょう。しかし、甲状腺がんに関しては、農林水産物とは違って、その不安は検査で解消するべきものではないし、検査では解消できないものなんです。

発がんには、加齢やほかの要素が大きく影響してきますから、むしろ検査を受け続ける限り、いずれがんと診断される可能性は上がります。甲状腺がんに限った話ではなく、早期のがんを見つけたからといって進行がんを減らせるわけではないというケースは数多く報告されています。

たとえば、アメリカのデータですが、50代~70代の人を剖検(別の要因で亡くなった人を解剖して調べること)すると、36%から100%で甲状腺がんが見つかります。甲状腺がんを原因にして亡くなる人(生涯死亡率)は0.1%程度なので、この年代で甲状腺検査をしてがんを見つけた場合、最大で99.9%が過剰診断になります。

比較的過剰診断の確率が低い乳がんでも、80代の人の剖検で6割程度、50代でも8%に乳がんが見つかります。乳がんの生涯死亡率は1.3%ですから、過剰診断は乳がんでさえゼロではない。ただそれでも死亡率低減のメリットの方が大きいために、乳がん検診は現在受診が推奨されています。

医療行為には、身体的な侵襲や心理的負担などのデメリットが伴います。したがって、必要がなければ「しない」ことが前提です。がん検診も医療行為ですから、死亡率の減少効果が確かめられている検診以外は実施してはいけないし、受けてはいけないものです。厚生労働省もそういう方針だからこそ、5部位のがん検診(胃がん、子宮頸がん、肺がん、乳がん、大腸がん)以外は受けることを推奨していません。

特に甲状腺がんについては、年齢を問わず、原子力災害の後であっても、スクリーニング検査はしないようにという勧告が国際がん研究機関(IARC)からも出ています。

この勧告は現在進行形で行われている検査を対象に含めないということで、福島の甲状腺検査は勧告の対象からは外れていますが、要するに今後福島第一原発事故と同じことが起きても、周辺地域の住民に対して甲状腺検査を提供してはいけないということです。今後してはいけないことを今ならしていいという道理はありません。無症状な人たちに対する甲状腺検査は、メリットはないのに過剰診断などによるデメリットが大きいこと、小児・思春期の甲状腺がんは、症状などが出てから治療をしても予後が極めて良いことなどを理由に挙げています。今甲状腺検査の対象となっている人については、症状などがないのであれば受診をしないというのが良いと思っています。少なくとも、世界でも科学的に推奨されていないことと、検査に伴うデメリットについての情報提供は当然しなければいけません。

――受診者の8割以上が、検査に伴うデメリットの存在を知らないという研究結果があります。

無理もないことだと思います。医師でさえもかなりの割合で過剰診断を正しく理解していないのが現状です。特に、甲状腺がんの特有な自然史(体の中で発生したがんが、その後どのような経過をたどるか)をよく理解していないと、がんは早期発見するのがいいだろうと思い込みやすくなります。実際、がんは早く見つければ死亡率も低いし、手術も侵襲性が低くすみますし、切除してしまえば切除しなかった場合の経過は知りえないわけです。だからこそ過剰診断は理解も受け入れも難しいですよね。実際、甲状腺がんと病理学的に診断されるので、ガイドラインに従って治療をすること自体は責められません。逆に、検査をしたのにもし進行するがんを見逃したということになれば訴訟にもなりかねません。

――過剰診断を訴える裁判は起きにくいものなのでしょうか。

過剰診断による訴訟は起こりにくいと思います。もし診断せずに切除しなければ、自然に小さくなったのか、大きさがその人が別の原因で死ぬまでほとんど変わらないか、それとも進行したのか、そういうことは、切ってしまえばもう誰にもわからないわけですから。そして切除した組織は、病理学的に言えばがんです。

健康な人を病人にしてしまう「過剰診断」の害

――甲状腺検査でがんが見つかった場合、受診者への利益はあるのでしょうか。

福島の甲状腺検査の場合、放射線の影響で増えていないのであれば、過剰診断は9割以上と推計できます。

早期発見、いずれ症状が出るがんを前倒しで発見しているという場合でも、累積罹患率を考えると、1巡目だけで、既に30年分くらいの前倒しをしていることになります。前倒しだったとして、検査を受けていなければ、成人前に発症して、命を奪われたようなケースはほぼゼロなのではないかと思います。それから、10代でがんと診断されるよりは、40代以降に診断された方が良いでしょうし、予後に変わりはないと思います。5年生存率は100%に近いです。ステージ別に見た統計でも、ステージⅠからⅢは100%近く、したがって前倒しの利益も考えにくいです。

10代からの30年と、40代からの30年は、本来比較するべきものではないとはいえ、あまりにも違うものだと思えてなりません。進学や就職の選択にも影響しますし、恋愛をしても「福島の甲状腺検査でがんになったことがある」と相手に打ち明けられない、妊娠や出産のことが心配で結婚ができない、などの話を聞きます。これが過剰診断であった場合、福島の子どもや若い人たちにそういう思いをさせているのは本当に罪なことだと思います。

――津金先生は、検討委員をどのような思いでお務めになっていらっしゃいましたか。

臨床医の仕事は、目の前の病める人に向き合って最善の治療を選び、その人の苦痛を取り去ることだと思います。

一方、われわれ公衆衛生の研究者の仕事は、健康な人に健康でいてもらうことです。過剰診断は、健康な人を病人にして、その人の人生に大きく影響しかねないものです。公衆衛生の研究者としては、黙ってみているわけにはいきません。ですから、過剰診断の問題を提起し、一貫して検査のあり方を再考するべきだと主張してきました。

福島の子どもや若者のかけがえのない将来や青春を奪っている

――今後、福島の甲状腺検査はどのような形になるべきでしょうか。

少なくとも、検査のお知らせを対象者に一律に通知するのは止めた方が良いでしょう。積極的なスクリーニング検査は推奨されないというのがIARCの勧告でもありますから。その上で、自ら検査を受けたいとか甲状腺がんが心配だという人がいれば、相談窓口を設けて、検査は無料で受けられるようにするのが良いとおもいます。歴史がいずれ明らかにすることだとは思いますが、現状の甲状腺検査は、デメリットを上回るメリットがあるとは思えませんし、福島の子どもたちや若者のかけがえのない将来や青春を奪っている可能性があります。関係者の皆様には、その認識を明確に持っていただきたいと思います。

参考:

・The UNSCEAR 2020 Report(Levels and effects of radiation exposure due to the nuclear accident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station (FDNPS): Implications of information published since the UNSCEAR 2013 Report
https://www.unscear.org/unscear/en/fukushima.html
https://www.unscear.org/docs/publications/2020/UNSCEAR_2020_21_Report_Vol.II_JP.pdf(日本語)

・IARC Expert Group on Thyroid Health Monitoring after Nuclear Accidents / Thyroid Health Monitoring after Nuclear Accidents
http://publications.iarc.fr/571

・甲状腺モニタリングの長期戦略に関する国際がん研究機関(IARC)国際専門家グループの報告書について(環境省)
http://www.env.go.jp/chemi/rhm/post_132.html

・日本対がん協会「がん検診のメリット・デメリット」https://www.jcancer.jp/about_cancer_and_checkup/%E6%A4%9C%E8%A8%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/%E6%A4%9C%E8%A8%BA%E3%81%AE%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88

・Study protocol for the Fukushima Health Management Survey.
Yasumura S, Hosoya M, Yamashita S, et al.
J Epidemiol. 2012;22:375-83.doi: 10.2188/jea.JE20120105

・Young people’s perspectives of thyroid cancer screening and its harms after the nuclear accident in Fukushima Prefecture: a questionnaire survey indicating opt-out screening strategy of the thyroid examination as an ethical issue.
Midorikawa S, Ohtsuru A.
BMC Cancer. 2022 22:235. doi: 10.1186/s12885-022-09341-6

プロフィール

服部美咲フリーライター

慶應義塾大学卒。ライター。2018年からはsynodos「福島レポート」(http://fukushima-report.jp/)で、東京電力福島第一原子力発電所事故後の福島の状況についての取材・執筆活動を行う。2021年に著書『東京電力福島第一原発事故から10年の知見 復興する福島の科学と倫理』(丸善出版)を刊行。

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