福島県の甲状腺検査は一刻も早く中止すべきだ――森田知宏氏インタビュー

東京電力福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」)の事故を受け、福島県は、事故当時18歳以下だった県民を対象に、超音波による甲状腺スクリーニング検査(甲状腺がんの可能性の有無をふるい分ける検査。以下「甲状腺検査」)を実施している。チェルノブイリ原発事故後に周辺地域で多くの子どもが甲状腺がんと診断されたことから、福島第一原発事故後の福島県民の間に高まった不安を受けて開始された検査である。

 

各分野の専門家などによる県民健康調査検討委員会や甲状腺検査評価部会では、検査の意義や進め方、問題点をめぐって激しい議論が続いている。議論の中では、甲状腺検査の当事者である子どもや保護者が、十分な知識を持たずに検査を受けている状況も問題視されている。

 

森田知宏氏(相馬中央病院医師)は、この甲状腺検査に1年間携わった後、2019年3月に、検査資格の更新をしない決断をした。森田医師に、甲状腺検査実施への関与をやめた理由と、検査の実態や問題点について伺った。

 

 

――甲状腺検査に携わった経緯や理由を聞かせてください。どのような手続きを経たのでしょうか。検査を通じて何が実現できると期待したのでしょうか。

 

2014年から福島県の浜通り(太平洋側の地域)で内科医として勤務しました。その頃から時々、甲状腺に関する質問を受けることもあり、この地域でまだ漠然とした甲状腺がん・疾患への不安があることを知りました。そこで、現地の住民や患者さんの不安軽減に寄与できればと、甲状腺検査に関わろうと考えました。

 

甲状腺の超音波検査の研修を受け、その後検査の実地研修を受けました。その際に驚いたことは、大学生のときに習うような甲状腺がん・疾患の一般論やエコー(超音波)所見に関する講義がほとんどで、甲状腺検査の意義、どのような目的で行われているか、という内容がほとんどなかったことでした。

 

 

――これまでに何人くらいの検査をしたのでしょうか。検査はどのような様子だったのでしょうか? 携わってみて、わかったことや気づいた点は何でしょうか?

 

研修で行ったものを含めると、200人程度の超音波検査を行いました。検査は、受付を終えた検査を受ける人に対して淡々とエコー検査を行うものです。その場で結果の説明は行いません。

 

研修の際にも、私たちのように検査を実施する医療者に対して「検査対象者に結果の説明をしないように」ということを繰り返し説明されます。甲状腺検査が医学研究という側面を持っている以上、手順の標準化は当然です。余計な説明を私たちからすることで検査対象者たちが混乱することを避けたいのでしょうが、検査に参加している以上、子どもやその家族は不安を感じているはずで、その不安への対策を講じていないことに驚きました。

 

 

――子どもや保護者は甲状腺検査についてどの程度理解しているのでしょうか。

 

実際には、そうした質問をお受けしたり、疑問にお答えしたりする機会がないため詳しくはわかりません。ただ、甲状腺検査を受けに来ている時点で理解が不十分だと感じます。

 

 

――福島県立医科大学の集計によると、これまでに200人を超える人が「悪性または悪性の疑い」と診断されています。福島県県民健康調査検討委員会や甲状腺検査評価部会では、これまでの検査結果について、「現時点において、甲状腺検査本格検査(検査2 回目)に発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない」という見解をまとめました。これらの見解の妥当性についてどのようにお考えですか。

 

報告書の内容を別にして考えると、放射線被ばく量が小さい以上、関連が認められないのは妥当だと考えます。しかし、この甲状腺検査のデザインでは、そもそも「関連が認められる」という結論を導くことが相当困難であるとも思います。

 

 

――甲状腺検査に関わることをやめた理由を教えてください。

 

私の担当した子どもの中には、幸い、手術が必要なほどの異常所見は見つかりませんでした。しかし、もし自分の担当した子どもで悪性腫瘍が見つかり、手術を受けて手術による合併症に苦しむ結果となったら…。そう想像した時、私はこの検査にこれ以上加担する気が起きませんでした。

 

参加する前からこうしたリスクがあることは、頭では分かっていました。検査に参加することを通じて、子どもや家族の不安を知り、この検査の意義も理解できるだろうと、最初は考えていました。しかし、実際に子どもたちの喉に超音波をあてるたびに、子どもを過剰診断によって手術を受けるリスクにさらしているという罪悪感をおぼえてしまい、これ以上検査を続けることに耐えられませんでした。

 

 

――検査の実施方法や子ども・保護者への検査の説明などに関して課題を感じる点は何でしょうか。

 

過剰診断リスクに関する説明が、検査を受ける子どもやその家族、検査に協力している医療者に対してなされていない点です。大半の医療者は、福島県民の不安を解消することを願って、協力していると思います。検査を実施する主体が、過剰診断のリスクを把握しているのであれば、検査対象者や協力者に対してそれを説明すべきだと思います。

 

 

――検査は今後も続けられますが、継続することの是非に関して、お考えを教えてください。

 

一刻も早く中止すべきだと私は考えています。

 

甲状腺検査が正当化されない一番の理由は、子どもに対して無用の侵襲(編集注:傷や痛みなど、検査や治療に伴う患者への負担)行為が発生する可能性があるからです。もともと住民の安心を目的とした県民健康調査ですが、それは甲状腺検査の結果、正常と判定された福島県民に限った話です。

 

甲状腺検査で悪性腫瘍と診断された子どもは治療の選択を迫られます。その甲状腺がんを手術すべきかどうかは現代の医学ではまだ結論が出ていません。つまり、いま手術しても、後になってその手術が不要だったかもしれないと判明する可能性もあります。たとえ少数とはいえ、不要かもしれない侵襲行為が、大多数の安心のために許容されるとは、私は考えません。

 

さらに、検査の集計結果がどのようなものでも、放射線被ばく以外の要因による影響が大きく、正しい評価が困難です。したがって、放射線被ばくによる健康被害があると考える人からは「検査結果を捻じ曲げている」「本当は存在するはずの健康被害を隠している」という思い込みを助長しますし、健康被害がないと考える人からは「被害がないとわかっているのに、余計な検査を続けている」という評価になります。

 

決定的な結果を導ける研究デザインになっていないため、検査を続ける限り、誰にとっても不満足な結果の発表が繰り返されます。その結果、本来であれば「福島県民の安心のため」という大義名分を掲げた検査が、かえって対立を煽る状況を生んでいます。

 

 

――福島県県民健康調査検討委員会や甲状腺検査評価部会では、子ども・保護者の同意の取り方、説明文書の改善などが議論されています。改善に関する提案はありますか。

 

福島県民の安心を目的とするのであれば、無用なエコー検査よりも、不安を強く抱えた人たちを特定し、そうした方たちに対する適切なカウンセリングをすることが必要だと考えます。

 

 

――今後、福島の甲状腺検査にどのように関わるのでしょうか。直接関わらない場合、経験をどのようにいかしていかれるのでしょうか。

 

私自身は甲状腺検査に関わることはありません。

 

これまで、政治の圧力によって様々な医学研究が行われてきました。そのなかで医師は、被験者の利益を最優先にするという職業倫理を持つべきということが、ニュルンベルク綱領(http://www.med.kyushu-u.ac.jp/recnet_fukuoka/houki-rinri/nuremberg.html)をはじめとして語られてきました。今回の検査に参加したことも、この姿勢を忘れないことを改めて思い起こすいい契機となりました。今後も、医師として、目の前の患者さんの利益を最大化する姿勢を忘れずにいたいと思います。

 

 

――検査を受けるか受けないかについて、子どもや保護者から相談を受けた場合、どのようなアドバイスをされますか。

 

おそらく大変時間がかかるでしょうが、まずは過剰診断について説明します。そして、自分の子どもであれば甲状腺検査は受けさせないとお伝えします。

 

 

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