データに付加価値を与える――インテリジェンスとは何か

技術情報

 

公開情報、スパイに継ぐ情報収集のやり方としては、ハイテクで情報を取るというやり方もある。Sその代表的なものは通信傍受情報(Signals Intelligence、SIGINT(シギント))と衛星写真が挙げられるだろう。通信傍受は有線、無線に関わらず相手の通信を傍受するものである。これは第一世界大戦中に、英軍が独軍のやり取りする通信を傍受したことに端を発するが、通常、軍事通信は傍受されても読めないように暗号化されているのが普通である。そうなると傍受する側では、暗号解読を行わないといけなくなる。第二次世界大戦中には、独軍が極めて難解なエニグマ暗号というものを使用していたが、英国の情報機関はこれをなんとか解読することに成功した。この解読に多大な貢献をしたのがかのアラン・チューリングである。ここでチューリングの話をし出すときりがないので、関心のある方は、2014年に公開された『イミテーション・ゲーム』を観てもらいたい。とても良い映画だ。

 

このシギントは軍事暗号だけではなく、民間の通信やネットまでを対象とするようになる。特に2013年5月に元米国情報機関員であったエドワード・スノーデン氏が世界に向けて米英の通信傍受活動の実態を暴露したことは、衝撃的であった。氏によると、米英は協力して世界中のメール通信やSNS、また携帯電話から莫大な量の情報を収集しているという。

 

これらの活動はテロリストによるテロを防止するためだと説明されているが、我々が日々使っているフリーメール類は完全に筒抜けであるという認識は持っておいた方が良いだろう。CIA長官を務めたデヴィッド・ペトレイアス氏のような人物ですら、愛人とのやり取りにGmailを使用していたが、それが通信傍受に引っかかることを警戒せざるを得なかったのである。今この瞬間にも米英の情報機関はネットから莫大な情報を吸い上げ、そこからテロや安全保障に関わる情報がないか探し続けているのである。

 

衛星写真については、1950年代に米国が初めて打ち上げたスパイ衛星に端を発する。当時CIAはソ連の領空に高高度偵察機(ブラックバード)を飛ばしてソ連の内情を探っていたが、偵察機がミサイルによって撃墜され、そのパイロット、ゲイリー・パワーズがソ連側の捕虜となってしまったのである。

 

これに懲りたCIAは、撃ち落とされる心配のない衛星軌道上からソ連を探る方法を編み出した。これが今にも続く偵察衛星である。世界最初の偵察衛星は1959年にアメリカがキーホール衛星として実用化した。当時の解像度は10メートル程度とされており、かなり大まかにしか地上の物体を観察することができなかったという。しかし当時、アメリカが最も知りたかったのはソ連の保有する核兵器や戦略爆撃機の総数であったため、この解像度でもそれ程問題はなかった。

 

現在のアメリカの最新の偵察衛星だと10センチ程度の解像度を持つと言われており、撮影対象の素材(金属かプラスチック、ゴム等)なども判別することが可能である。これだと地上を行き来する人や車の車種などを明確に判別できるが、映画の様に人物の顔を判別することは難しい。そのための解像度としては1センチ以下のものが求められるが、一度打ち上げてしまった衛星は触ることができないため、新たに最新のスペックの衛星を開発し、それを打ち上げる必要がある。しかしそのための経費は数千億円かかるとされており、結局はそこまでのコストをかけてまで見たいものがあるのか、という話になってくる。そもそも衛星は衛星軌道上から地上を撮影しているため、衛星が通過するタイミングで空を見上げてもらわないと、人の顔は撮影できないのである。

 

またアメリカではEarthsat社やDigital Globe社など民間企業が衛星を運用しており、我々もGoogle Earthなどでこれら企業が撮影した衛星写真をネット上で見る事ができるのである。最近では北朝鮮のような内情を探るのが困難な国については、衛星写真による情報収集が多用される。2015年4月には、北朝鮮国内の処刑の様子が衛星写真によって確認されたが、処刑された人物らしき影までが写りこんでいる(注)。

 

(注)「『家族もろとも銃殺』『機関銃で粉々に』……残忍さを増す北朝鮮の粛清現場を衛星画像が確認」(Yahoo! Japan ニュース 2015年4月30日)

 

このように偵察衛星による情報収集は万能に見えるが、衛星は必ずしもリアルタイムの情報を届けてくれるわけではなく、また建物の内部などは見えない。そのため衛星に監視されていることをよく理解している北朝鮮やイランなどは、核開発施設などを地下に移し、上から見えないように防御策を取っているのである。そのため衛星写真からうかがい知れない建物の内部などは、実際に人を送り込むか、内部を知っている人物に聞き取り調査をせざるを得ないのだ。

 

 

情報の分析

 

こうして収集されたデータの類は、情報分析官によって使うための情報、インテリジェンスへと加工されるのである。ここで留意すべきは、(1)情報を利用する側の意図をきちんと理解しておくこと、(2)情報分析とはデータに付加価値を付けること、である。

 

例えばもし自分の上司が内心、明日の午後にキャンプを計画しており、明日の天気を気にしている様子であるとすれば、分析官はどのような情報を提供しないといけないか考えてみよう。この時、分析官は明日の天気予報として、午前中の降水確率60%、午後の降水確率10%という情報を得ているとする。ここでそのまま天気予報の情報を右から左に流してもあまり意味はない。上司が天気予報を見れば済むだけの話だ。分析官として重要なのは、「明日の午前は雨が降るかもしれないが、午後は晴れそうなのでキャンプは大丈夫」というインテリジェンスを伝えることなのである。

 

そのためには上司が午後キャンプを予定しているという事実を把握し、天気予報の情報をカスタマイズして伝えることが重要になってくる。この例は非常に単純化されているため、一見簡単なように見えるが、国レベルとなると途端に複雑になり、多くの分析官がデータを羅列しただけのレポートや、やたら長い分析レポートを提出しがちとなる。

 

当然、情報分析にはある程度の知識と技法が必要である。しかし最近では、与えられたデータから論理的な結論を導き出す能力の方が重視されるようになってきた。企業面接などで用いられていた「フェルミ推定」も基本的にはこの能力を試すものである。フェルミ推定は「日本国内には何本の電柱があるか」といった突拍子もない質問に対して、与えられたデータから論理的な結論を導き出す思考訓練である。情報分析も基本的にはこれと変わらない。ただ様々な部局が収集したデータを扱う必要性があることから、組織の縦割りなどが問題になってくるのである。

 

しかし情報分析はすべての情報源にアクセスできるという前提でないと話が進まないので、ここでは敢えて組織論には踏み込まないでおこう。情報分析とは与えられた命題を因数分解し、それらを論理的に並べて結論を示すことである。因数分解といっても数字を扱うのではなく、命題をできるだけ簡単な要素に分解していくことである。例えば先述の「新しいスニーカーを買う」という命題に対して、個々の要素は「予算」、「価格」、「ブランド」、「デザイン」、「店舗の立地」といったものになる。

 

ここで「北朝鮮のミサイルは日本にとって脅威か分析せよ」、という命題が与えられた場合、個々の要素に当たるのは、「北朝鮮のミサイル性能」、「北朝鮮の政治的意図」、「日本側の防禦能力」あたりになり、それぞれの要素に情報収集で得られたデータを当てはめながら分析を進めていく。そして最終的に北朝鮮のミサイル能力が日本の防禦能力を超える可能性があれば、「北朝鮮のミサイルは我が国にとって脅威である」として報告されるべきなのである。この時、報告書はなるべく簡潔に(1、2枚が好ましい)、図表を多用しながら作成することに留意しないといけない。現場では専門用語で埋められた分厚い報告書も散見されるが、これでは積極的に読まれないだろう。CIAで分析官を務めたフィリップ・マッド氏は報告書の内容について「ママに電話する」ことを推奨している。その意味するところは、自分の身近な人間に話して理解されないようであれば、恐らく職場でも理解されないだろう、ということである。この点については最近邦訳されたフィリップ・マッド『CIA極秘分析マニュアル「HEAD」』(早川書房)に詳しい。

 

こうして作成されたインテリジェンスは最終的に政治指導者や軍の司令官に報告されることになる。彼らはこのインテリジェンスを基に、どのような対北朝鮮政策を実行するのか、有事の際の防衛がどのような手順でなされるべきかを検討していくことになる。

 

 

日本のインテリジェンス

 

最後に我が国のインテリジェンス体制について少し触れておきたい。我が国は内閣官房の内閣情報調査室(内調)を中心に、外務省、警察庁、防衛省・自衛隊、公安調査庁等がインテリジェンス業務を行っている。外務省は外交情報、警察庁と公安調査庁は公安情報、防衛省・自衛隊は軍事情報を主に扱い、内調がそれら情報を集約する役目を負っている。内調で取りまとめられたインテリジェンスは内閣情報官を通じて総理に報告される仕組みだ。また最近では戦略を取り扱う国家安全保障局(NSC)が設置されたため、そちらにも各省庁のインテリジェンスが提供されている。

 

インテリジェンス組織図

日本のインテリジェンス組織

 

我が国の課題としてはまずCIAやMI6にあたるような対外情報機関がなく、シギント活動も低調だということだ。前者についてはアルジェリアやシリアにおける邦人殺害事件を受け、2015年に外務省総合政策局内に外務省国際情報収集ユニットが設置された。この組織は海外におけるテロ情報の収集と邦人保護を目的としているが、あくまでも対象は国際テロリズムであり、外交・安全保障政策に関わる情報収集は行わないことになっている。

 

そう考えると日本にはまだ総合的な対外情報機関というものが存在していない。後者のシギントについては、従来の軍事通信に限定した電波収集は行われているが、ネット上の情報収集(サイバー・インテリジェンス)については未着手だ。これは通信の秘密や不正アクセス禁止法など国内法との兼ね合いがあり、日本の安全保障問題に絡めて国民レベルで議論されるべき問題だろう。

 

そして何よりも改善すべきは分析能力の向上であると考える。政府内の分析能力が向上すれば、分析を行う上でより多くのデータが必要となり、必要な情報収集手段が何であるかが明確になるからである。現在の多くの議論が「日本版CIAを設置すべし」のような収集手段に集中しているのはやや本末転倒で、本来議論されなくてはならないのは収集した情報を消化する分析力についてなのである。例えば内調には国レベルの情報分析を行う内閣情報分析官が存在し、また日々の情勢については内調の各部門で分析が行われているが、現状ではそれほど予算や人手が割かれているわけではない。そのため今後、国レベルの分析能力を向上させることが喫緊の課題ではないだろうか。既述したように、インテリジェンスとは「国家の知性」をも意味することを忘れてはならない。

 

 

まとめ

 

以上概略して述べてきたが、インテリジェンスとは様々な手段でデータを集め、それらを論理的に分析し、データに付加価値を加えたインテリジェンスという情報を生み出していくプロセスであるといえる。我々個人のレベルでも、日々の仕事で分析を求められたり、報告書を書くこともあろう。そういった時、「情報源の選択」や「課題の因数分解」、「データに付加価値を与える」という認識を持っておけば、それほど迷走することはなくなるかもしれない。これこそが我々に求められる「インテリジェンス・マインド」なのである。

 

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