データジャーナリズムに見る報道イノベーション――英米から学ぶ最新知見

▶シノドスの電子メールマガジン「αシノドス」

https://synodos.jp/a-synodos

▶真の教養を身に着ける「シノドス・サークル」

https://synodos.jp/article/20937

2000万件のデータを分析、「汚染地域」を明らかに

 

ニューヨーク・タイムズのワシントン支社で、私と同じシステムエンジニアのデレク・ウィリスさん(44)というMOOCの講師も務めた方にお会いしました。前職はワシントン・ポストでデータ分析やウェブサイト構築に従事、6年前に転職されました。データを使いやすくする達人みたいな人です。

 

「これまでに最もエキサイティングなデータジャーナリズムのプロジェクトは?」という質問に、”toxic waters“(汚染水域)という作品を挙げてくれました。全米の水質に関する2009年の調査報道ですが、政府に対する500回を越える開示請求で取得したデータと、実際の水質調査データの両者を比較することで、本来政府は水質を把握する義務があるにもかかわらず、把握していないことをスクープしました。

 

まず、取り扱っているデータの量がものすごかった。調査データは2000万件を越え、シリーズでは10本の記事に加え、データを活用した多角的報道がなされました。

 

水質データを地図上でマッピングして、汚染水を流していた企業や施設を特定、自分の住むエリアの汚染源をサイト上で検索できる仕組みも作成しました。動画によるインタビューも組み合わせ、いかに読者に興味を持ってもらえるかに注力しています。

 

私はエンジニアなので、こういったシステムに非常に興味があります。これまでの伝統的なニュースでは―ネット、テレビ、新聞でもそうですが―通常は記事を公開して読者がシェアしてくれるのを待つ、つまり運任せです。ですが、この検索システムのような仕組みは、公開してからが勝負です。

 

デレクさんは、手間暇かけたデータジャーナリズムのニュースを読者に届ける工夫が重要だとおっしゃっていました。コメント欄から反応の善し悪しをチェックし、次の記事に反映させているそうです。ソーシャルメディアもだらだらとツイートせず、戦略をたてて情報を的確に届けようとしています。最近では、読者のロケーション情報を活用し、その場所に適したコンテンツを提供する試みもはじめました。例えばニューヨーク州知事選挙のときは、州内からのアクセスに対しては州知事選の情報をトップに表示し、それ以外の場所からのアクセスと区別していたそうです。読者に届ける、たゆまぬ努力があると感じました。

 

汚染水域のシリーズなら、自分の家や実家の近くの水はどうなんだろう、友達にも勧めてみよう、と何回も使ってもらい、自分のニュースを見つけてもらえるというのが非常に大きなポイントだと思います。汚染源をネット上で調べられるような仕組みは、通常のニュースに機能がついているようなものですが、発信側と受信側の関係を変える革新的なものです。これからの報道の鍵になるのではないでしょうか。

 

汚染水域シリーズの反響は非常に大きく、2000件をこえるコメントがありました。社会に対する反響も大きく、これがきっかけで飲料水に関する規制強化につながりました。素晴らしい調査報道に送られるIREメダルも受賞していますが、チームのシステムエンジニアだったデレクさんも名を連ねています。日本の新聞協会賞などでエンジニアの名前が載ることはまずないと感じます。そういったことが起きているのは、本質的な変化です。

 

 

異業種が1つのニュースルームに

 

次はニューヨーク・タイムズの報道体制についてです。ニュースルームには、全体で記者が約1200人。大部分は編集チームで、グラフィックチームは約30人です。デザイナー、写真、映像のディレクターなんかも新聞社の中にいたりします。C.A.R(Computer Assisted Reporting)と呼ばれるチームは、アナリストで構成されるデータ分析の専門チーム。6年前に立ち上がったインタラクティブ・ニュースチームという所には、ソーシャルエディター、システムエンジニアがいて、ユーザーとのインタラクションやニュースアプリ作成などを担当しています。

 

プロパブリカでも同様に、ニュースアプリケーションチーム、C.A.Rチームに加え、フェローと呼ばれる、調査報道や技術的な部分に対してアドバイスをする外部専門家が協力してやっています。今までジャーナリストしかいなかったニュースルームに、アナリスト、エンジニア、デザイナーが一緒になって入り込み、ニュースを作っており、そこにイノベーションの源泉があると感じました。ここには40人弱しかいませんが、設立から5年でピューリッツァー賞を2度受賞しており、調査報道力も確かです。

 

日本の多くの通信社、新聞社、テレビ局でもそうですが、編集する人と、システムやネット部門が分かれています。データジャーナリズムやネットを使った新たな報道をやっていう上で、これらの人がチームになっているところが日本との大きな違いです。

 

データジャーナリズムは手段です。明確な役割分担、信頼関係、チャレンジ精神が非常に重要だと思います。全て1人でやる必要はない。ほかのスキルを持つプロにまかせて、自分はできることをやる、という信頼関係が必要だと、デレクさんはおっしゃっていました。

 

 

1 2 3
シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

・外山文子「タイは民主化するのか?」
・中西啓喜「データサイエンスは教育を「良い方向」に導くのか?――学級規模の縮小を例として」
・笠木雅史「実験哲学と哲学の関係」
・穂鷹知美「求む、国外からの介護福祉士――ベトナムからの人材獲得にかけるドイツの夢と現実」
・久木田水生「ロボットと人間の関係を考えるための読書案内」
・吉野裕介「【知の巨人たち】ハイエク」
・内田真生「ヒュッゲ(Hygge)とは何か?――デンマークが幸せの国と言われる理由」