ステルスマーケティングへの「対策」について 

業界の取り組みを見守るべき

 

ではどうすればいいのか。2012年1月9日放送のNHK総合「ゆうどきネットワーク」では、「自分で気をつけろ、ネットの情報は疑ってかかれ」と話しているわたしの映像が流れたが、インタビューではもちろん他にもいろいろ話している(あの部分が番組制作者の「演出意図」に沿ったものだったということだろう。実際、当初の取材依頼は「どうやってステマを見抜くのか?」だった)。

 

口コミマーケティング業界にはすでにWOMJという団体があり、その加盟事業者は、ステルスマーケティングを行わない旨を定めたガイドラインを守ることとなっている。もちろん、設立後まだ3年そこそこの団体であり、業界に関わる全社が加盟しているわけでもない。加盟社にしても、今般の事件の例のようにすべてが完璧にいくわけではないが、それでも設立当初と比べ、事業者の意識や取組姿勢は変わってきている。一定の成果はあげつつあるように思われる。

 

仮に法規制があったとしても、それが実際に浸透していくには業界側が自主規制のための体制を整備することが必要となろう。そして業界側の体制が整っていれば、マスメディアがそうであるように、現行法の下でも自主規制には一定の効果が期待できる。であれば、効果が期待できず弊害が懸念される新たな法規制を主張するより、まずはこうした業界の取り組みを見守り、支援していく方が、社会全体としてよほど健全というものだろう。

 

WOMJガイドラインで議論の対象となっているような、ブロガーイベントで100円の清涼飲料水を配ったら関係性明示は必要か、500円相当の商品だったらどうか、といった問題は、乱暴な比較をすれば、実物より少し大きな食品模型は許されるのかどうか、といった類の話だ。法律で規制されていなくても、消費者の実害がほとんどなかったとしても、まっとうなビジネスとしてやるべきことではないという考え方だ。

 

一方、日弁連意見書で問題視されているのは、詐欺のような、消費者に大きな被害をもたらす悪質な事業活動の道具としてステルスマーケティングが使われたケースだろう。つまり、ステルスマーケティングで大きな消費者被害が出ているかのような主張をする人は、冒頭のペニーオークション詐欺の話と同様、「本体」と「傍流」の話をごっちゃにしている。出会い系サイトやネット詐欺等への対応が必要なのはわかるが、それはそうしたよからぬ行為を直接規制する法整備で対応すべきであり、関係性明示を摘発の道具に使ってネット上の口コミ全体に悪影響を及ぼすのは、はた迷惑以外の何ものでもない。

 

 

メディアが社会になじむまで

 

あるメディアのあり方が社会との関係で落ち着くまでには時間がかかる。景品表示法は1962年に制定された。1960年に起きたいわゆる「にせ牛缶事件」を受けてのものだが、それ以前から、消費者の権利への関心は高まりつつあった。1953年に開始したテレビ放送も含めたマスメディアの発達や普及もあって、表示や広告等に起因する消費者被害が社会問題化していた時期だった。法制定後も、虚偽広告、誇大広告による被害はたびたび発生した。業界によって日本広告審査機構(JARO)が設立されたのは1974年のことだ。

 

しかしその後もトラブルは止まなかった。図2は、JAROに対する苦情・問合せ等の受付件数の推移を示したものだ(図1と異なり、たんなる問合せ等も含まれている)。この間、JARO自体の認知度が高まっていったことも関係しているだろうが、苦情・問合せ件数は増加の一途をたどり、ようやく増加ペースが落ち着きを見せたのは1990年代も後半に入ってからだった。

 

 

※JARO審査統計より作成

※JARO審査統計より作成

 

 

ここまでで30年以上、テレビ放送開始からみれば約40年もの期間が経過している。その間広告業界は、景表法をベースに業界ルールや苦情処理体制の整備を進め、状況改善のための努力をつづけてきた。満足いくべき水準かどうかは別として、現在の状況はそうした長い期間かけた取り組みの成果といえる。もちろん、その間に消費者のリテラシーが向上したという要素もあるだろう。

 

一方、インターネットでの個人の情報発信を利用したステルスマーケティングが問題視され始めたのは、ブログがブームとなって以降のことだ。当時「ペイパーポスト(pay per post)問題」と呼ばれたこの問題は、2003~2004年ごろからアメリカで問題となり、2005年に事業者団体であるWOMMAが設立された。日本でペイパーポストが問題となったのは米国より数年遅く、WOMJの設立も2009年になってからのことだ。そして消費者庁が、「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する景品表示法上の問題点及び留意事項」を公表し、その中で口コミサイトの問題を取り上げたのが2011年10月末ということになる。

 

こうみてくると、ネットの発達は、マスメディアの発達から数十年遅れてその後を追っているようにもみえる。メディアとして受け入れられ、普及し、影響力を増していく過程であり、それに応じて社会的責任も重くなっていく。その意味でいえば、口コミマーケティングの発達はほんのここ数年のことであり、少なくとも現段階では、業界はまだ揺籃期にあるといってよい。性急な法規制論議より、業界の取り組みを見守るべきであろう。

 

もちろん、だからといって口コミマーケティング業界を「野放し」にしていいという話ではない。マスメディアがそうであったように、ネットメディアも今、その影響力の増大に伴って、それにふさわしいふるまいが求められるようになってきている。これまでのままでこれからもいける、などということはない。WOMJもその機能をさらに強化し、これまで以上に強い覚悟をもって、よからぬ行為、よからぬ事業者を排除していく姿勢を打ち出さなければ、やがて法規制より厳しい、消費者の信頼を失うというかたちでの致命的なしっぺ返しを食らうことになるのではないか。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

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