ステルスマーケティングへの「対策」について 

口コミはわたしたちのもの

 

繰り返すが、ネット上のものであるかどうかにかかわらず、個人の口コミを装ったマーケティング活動を、外部から見抜くことは難しい。したがって、事業者側だけでなく、消費者の側も、口コミに接する際にはある程度の「常識」を持つ必要がある。

 

道端で知らない人が何かをほめていたからといって、それを何の疑いもなく信じる人は少ないはずだ。だとすれば、ネット上で誰だかわからない人が推奨していたからといって、それを全面的に信用すべきでないのは当然だろう。

 

上記のNHK番組では、出演者が、「ネットに書かれていたらつい信じてしまう」と発言していたが、ではテレビの広告に出てくることをすべて鵜呑みにするだろうか。オーソン・ウェルズの有名な「宇宙戦争ラジオドラマ事件」(1938年)ではあるまいし、「ジョーンズ氏」が本当に地球にやってきた宇宙人であるなどと考えるだろうか。

 

わたしたちはテレビになじむうち、テレビの広告で伝えられる情報のうち、何をどの程度信用していいのかについての「常識」を身につけた。テレビ放送開始直後の1950年代から60年代にかけて苦情が相次いだのは、もちろん広告自体に問題があったからだろうが、同時に視聴者の側も、テレビ広告をどのように受け止めればいいのか慣れていなかった部分もあるのかもしれない。

 

言ってみればわたしたちは、つい最近ネットやソーシャルメディアという新しい道具を手にして、今まさにその使い方に習熟する過程にある。ここで自分は何も考えずに「誰か」に守ってもらう「子供扱い」を求めたい人もいるのかもしれない。しかし結局、完璧に守ってくれる人はどこにもいない。ならば自らその使い方を身につけるしかないではないか、というのが、わたしがNHKの取材に対して答えた「自分で気をつけるべき」という発言の意図だ。

 

図2で、JAROへの苦情・相談等の件数が減少を始めたのが2000年代後半であったことは興味深い。消費者庁の発足(2009年)を含む消費者行政の進展もあっただろうしリーマンショック(2008年)以後の不況で広告が減ったりもしたのだろうが、変化はそれ以前、2007年ごろから始まっている。もちろん業界関係者の努力も大きいだろう。

 

しかし同時に、2000年代後半は、日本においてソーシャルメディアが本格的に普及していった時期でもある。今回のステマ騒動にせよそれ以前に起きたペイパーポスト問題にせよ、あるいはサクラバーガー問題にせよ、発端はマスメディアではなく、ブロガーやその他のネットユーザーたちの声だった。ソーシャルメディアを使いこなす消費者は総体として、ステルスマーケティングを自ら見抜き、批判の声を上げ、事業者の対応を求める力を備え始めている。

 

その結果、それ以前と比べ、ステルスマーケティングは格段にやりにくくなっているはずだ。関係ないものまでも「ステマ乙」と騒ぎ立てるのは鬱陶しくもあるが、わたしたち一人ひとりの目がソーシャルメディアで連携したとき、それは法規制よりはるかに優れたステルスマーケティングへの防御策となるだろう。

 

口コミは政府のものでもなければ事業者のものでもない。わたしたち自身のものだ。ソーシャルメディアで情報発信をしていなくても、ネットユーザーでなくても、わたしたちは、ネットで自由なコミュニケーションができることによって大きなメリットを受けている。そうした環境を悪質なステルスマーケティングや過剰な法規制から守るために、わたしたち自身の努力が求められている。

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

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