地球で生きる宇宙飛行士――『宇宙兄弟』はなぜALSを描いたのか?

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瞼の裏で幸せな夢を見る

 

佐渡島 ずっと気になっていたんですけど、病気が進行してどんどん身体が動かせなくなっていくと得られる情報も減ってきますよね。患者さんがみる夢って変わるんですか?

 

川口 患者さんに夢インタビューをしたことがあるんですけど、ある人は「SMAPと六本木で飲み歩いている夢を見た」って言っていました。あと釣り好きの患者さんは釣りの夢を見たって。

 

佐渡島 ぼくたちはよく不安な夢を見るじゃないですか。仕事に失敗する夢とか(笑)。患者さんも不安な夢を見るのか気になって。

 

川口 呼吸器が外れちゃう夢も見るみたいですね。でも話を聞くとね、だいたいがいい夢の話。まだ身体が動いていたときの。ALSの患者さんは、昔の思い出を宝物のように、何度も反芻しているみたい。私の母は、父と一緒に山登りにいって見慣れた小道を歩いて、一緒にお団子食べる夢をみたって言っていました。そういう話を聞いていると目が潤んじゃうんだけど。

 

『潜水服は蝶の夢を見る』って左目のまぶたしか動かせなくなった人の映画がありますよね。その映画でも蝶のように自由に羽ばたいている夢とか昔の彼女の夢を見ていましたね。

 

佐渡島 うまく眠れたら幸せなのかもしれませんね。

 

川口 そうですね。いい夢みたあとに母が「ずっと寝ていたい」って言うので、「いい夢ばかりとは限らないよー?」って言っていたんですど(笑)

 

佐渡島 子どものときに発症する筋ジストロフィーの患者さんはどうなんでしょう?

 

川口 筋ジストロフィーは、学校に通えなかったりして、社会経験が少ないって聞くから、またちょっと違うのかも。

 

佐渡島 実はALSについて調べているときに、筋ジストロフィーにも出会っているんです。

 

宇宙兄弟で出しているムックに掲載するために、筋ジストロフィーの研究をされている裏出良博さんに取材に行ったところ、いま筋ジストロフィーの薬が宇宙で開発されて、犬に与えたところ、走れるようになるまで回復したって結果がでているんです。

 

川口 そういえばせりかも宇宙で新薬を開発しようとしていますね。

 

佐渡島 宇宙空間はたんぱく質の結晶が綺麗に見えるそうです。それでワクチンの研究が一気に進んで。あとは誰かがお金を出してくれれば、筋ジストロフィーの患者さんは助かるかもしれないところまで来ているらしいです。でも筋ジストロフィーの患者さんって20歳以下でなくなってしまう方が多いんですよね。人口の割合も少ないから製薬会社も儲からない。だからなかなか難しいらしくて。

 

川口 でも最近はケアがよくなってきて、20歳をこえても生きている子も大勢いるんですよね。未来ではちゃんとお薬が開発されていると思う。

 

 

力強く生きるALS患者たち

 

佐渡島 最近話題になっている徳田虎雄さんもALSですよね。ぼく、徳田虎雄が好きなんですよ。彼の生き方を尊敬しているんです。青木理さんが書いた『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』(小学館)もすごくいいノンフィクションですよね。

 

川口 あの本は表紙もいいですね、徳田さんの目が。

 

徳田先生とも交流があるんですけど、先生は自分の正義に素直な人なんですよね。私の周りにいるALSの人は、みんなそんな感じ(笑)。

 

佐渡島 徳田さんはALSになってから仕事量が減ってない気がして。

 

川口 前に「先生、ALSは不便でしょ?」って聞いたら、「飲み会とかゴルフとか付き合いしないでずっと仕事していられるから効率が良くなった」って(笑)。

 

佐渡島 それはすごいなあ(笑)。徳田さんがもっと元気だったらいまの騒動もちょっと違ったものになっていたかもしれませんね。

 

川口 重度・重症の人って、弱々しくて、なんだかいい人に見えるイメージがあると思うんですけど、徳田先生は見事にそれを打ち壊してくれましたよね。もうほとんど動かないのに、あんな風に生きられるんだって(笑)。

 

佐渡島 『こんな夜更けにバナナかよ』(北海道新聞社)の鹿野靖明さんも力強い印象を受けますよね。

 

川口 そうそう。それにさくら会の理事長である橋本操さんも力強い方ですよ。発症したのが30歳くらい、昨年還暦を迎えたので、30年以上ALS患者として生きています。

 

 

物語を書き変えて現実を越えていく

 

川口 橋本さんは特殊な喋り方をするんです。唇はほとんど動かないんだけど、本当に微妙な唇の形をヘルパーさんが読み取って会話するの。

 

佐渡島 それはヘルパーもすごいですね。

 

川口 大学生がバイトでやってます。

 

佐渡島 口の読み取りができるようになるんですか?

 

川口 私はできませんよ。でも学生は半年くらい読み取る訓練をしてできるようになる。

 

佐渡島 すごいなあ。『宇宙兄弟』ではALSで身体がほとんど動かせなくなってしまったシャロンが、スマートフォンのようなデバイスを使ってムッタと会話をする描写があるんですけど、いまは皆さんどんな方法を使っているんですか?

 

 

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川口 意思伝達の方法っていろいろあるんですよ。いまは世界的にiPadを使っていますね。力入れなくてもシュシュッて指で軽く画面を動かせるでしょ。

 

もっと進行すると橋本さんみたいに口の筋肉のかすかな動きを読み取っていったり、透明な文字盤を使ったり。意思伝達装置などのハイテクもすごいけど、ローテクもすごい。人間同士の生のコミュニケーションそのものも本当にすごいって思います。

 

佐渡島 六太がそんなシャロンをみたら、テンション高くなるかもしれないなあ。

 

川口 宇宙兄弟って、「ナラティブの書き変え」をしてくれる漫画だと思うんですね。ムッタはその天才。どんな窮地に陥っても発想を変えて、前向きに進んでいくでしょ。

 

ALSの患者さんは、最悪を生きていくためのヒントをいっぱい持っているんです。呼吸器は眼鏡みたいなもので、生きていくために必要不可欠。だから呼吸器をつけている、とかね。「命の選択の問題」ではない、とかね。そうやって、世間で思われているような悲惨なイメージとは違う物語に書き変えていくんです。そうやってテンションを高めて生きている。

 

ちなみに『宇宙兄弟』ってモデルはいるんですか?

 

佐渡島 いや、いませんよ。実は、小山さんは一人っ子なんです。僕には、兄弟がいるんですけど、小山さんは、僕や兄弟のいる友人から、兄弟のエピソードをたくさん聞いて、発想を膨らませていったのです。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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