地球で生きる宇宙飛行士――『宇宙兄弟』はなぜALSを描いたのか?

情報を開示するだけなのがプロではない

 

佐渡島 今度、ぼくの嫁が腫瘍の手術をするんです。

 

川口 あら、本当に。

 

佐渡島 病院に行くと、お医者さんから「Aという方法と、Bという方法があるけど、どちらにしますか」って言われるんですね。でもどっちも全然知らないからぼくらには選べないんですと。というか、選んでもらうために病院に行っているのであって、そこで責任を回避されても困る。

 

川口 そうなの。昔のお医者さんは「治療方法を押し付けている! パターナリズムだ!」って批判されてきたんだけど、最近は治療法には「これとこれとこれがありますよ」としか言わなくなっちゃった。しかも、たとえば「呼吸器を付けるという選択肢を選んだ場合、どういう生活を送ればいいんですか?」って聞いても生活のことはご存知ないという。患者さんも、どうなるか見当がつかないから、生きたくても呼吸器選びにくくなっちゃう。

 

佐渡島 難しいことを説明できるのがプロなのではなくて、決定の方法も含めて説明してくれるのがプロだと思うんですよね。川口さんの経験があって初めて、呼吸器の取り外しによってどういうことが起きてしまうのかわかるように、医者もたくさん経験を積んでいて、だからこそわかることがある。情報を全部開示して羅列するんじゃなくて、そういう知見を患者にわかりやすく説明することこそプロなんですよ。

 

川口 ちゃんと説明はするんだけど、相談にのると責任が生まれちゃうから、ここからは自分で決めてってつき離してしまいたくなる。。でもね、先生の価値観も含めて説明してくれれば、患者さんだって「先生はこういけど、私はこう思う」って考えやすくなると思うんですよ。いろいろ無理難題を言ってくる患者さんもいるので、お医者さんも大変なんですけど。

 

 

It’s a piece of cake

 

川口 お話をうかがっていて改めて感じるんですけど、『宇宙兄弟』も、佐渡島さんとの出会いも、何かに仕組まれていますよ。これは運命です(笑)。この病気って必要なときに必要な人がでてきてくれるんです。それでいつも助けられている。佐渡島さんはどんなことを考えて編集者をなさっているのですか?

 

佐渡島 ぼくには明確なメッセージがないんですね。川口さんがさっき、自分のことは一番信用できないって言っていたけど、ぼくもぼくのことがわからないんですよ。自分の親が死んだときにどんな感情になるか想像してみるけどわからない。六太みたいに、弟が遠くの月面で事故になったと聞いてもイメージがわかない。作家ってそういうことの想像力がすごいんです。

 

『宇宙兄弟』を読んでいると、身近な疑問が解決されるんですよね。小山さんにはっきりと話しているわけでもないし、小山さんだって意識していないと思うんですけど、自分の人生で気になっていることが、答えとしてでてくる。「そうそう、こういう人間の感情を知りたかったんだ!」って。

 

川口 いいなあ、そういう関係。

 

『宇宙兄弟』って決め言葉がすごいじゃないですか。私、好きなセリフを携帯で撮って持ち歩いているんですよ。実は昨日から気分がすごく落ちていて(笑)。病人とたくさん会うので、たまに吸い込まれちゃうんですね。むしろ元気づけないといけないんだけど、やっぱりときどき落ちちゃう。そういうときに『宇宙兄弟』を読んで元気づけられているんです。あれって会議の中で決められているんですか?

 

 

川口氏がお気に入りのセリフ

川口氏がお気に入りのセリフ

 

 

佐渡島 いえ、小山さんが自分で考えているんですよ。毎回、どうやったらこの言葉が思いついたんだろうって驚かされます。

 

 “It’s a piece of cake”ってセリフがありますよね。六太が「ぼくはダメ人間です」って英語でどうやって言うのかシャロンに聞いて返ってきた答えです。「ケーキひと切れ分の価値」ってことですね。でも本当は「楽勝だよ」って意味。あのセリフって小山さんに「英語で、朝飯前みたいな言葉を探してください」って言われて送った案のひとつなんですよ。それを小山さんは上手に使われている。どうやったらそんなこと思いつくんだろうってびっくりしました。

 

 

「死ぬ美しさ」ではなく「生き続けるかっこよさ」を

 

佐渡島 ぼくが担当する漫画や本って、基本的に元気になるものなんですよね。悲惨な物語って芸術的にみえるじゃないですか。かっこよくなりやすい。でも、物語って弱い人のためにあると思うんです。現実が辛くても、生きていくことを励ませるようなものがいいと思う。だから作者が悲劇を思いついても、ハッピーエンドになるような流れに持っていきたいと思っていて。

 

川口 潔く死なないと美しくないって思われていますよね。「機械にしがみついて生きるなんてカッコ悪い」とか「生きる価値がない」って。でもね、私の周りにいる人たちは「生きられるまでは生きるんだ」って言っている。「生きることに意味なんていらない」って。それがかっこいい。70歳になって呼吸器をつけて、98歳まで生きたALSの患者さんだっているんですよ。

 

佐渡島 すごいですね……。

 

川口 でしょ。ずっと寝たきりだったんだけど、褥瘡ができないような枕を発明したりして。「治るまでは生きる」って言って新薬ができるのを信じて待ちながら亡くなったんですよ。かっこいいでしょ。

 

佐渡島 実は物語を盛り上げるために登場人物を殺したほうがいいって、最初の方は思っていたんですよ。でも、いまは違います。

 

川口 ALSは現実ではまだ治らない病気だけれど物語の中ではあんまり死んでほしくないな。そしてシャロンを宇宙まで連れ出してほしい(笑)。小山さんにぜひお伝えください!

 

佐渡島 わかりました(笑)。

 

(本稿はα-synodos vol.141からの転載です → https://synodos.jp/a-synodos )

 

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(2014年1月8日 株式会社コルクにて)

 

 

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宇宙への射程

・川口有美子×佐渡島庸平「地球で生きる宇宙飛行士――『宇宙兄弟』はなぜALSを描いたのか?」

・小林憲正「アストロバイオロジーとは何か」

・木原善彦「宇宙人、エイリアン、そしてバグ」

・片岡剛士「経済ニュースの基礎知識TOP5」

・稲葉振一郎「『宇宙SF』の現在――あるいはそのようなジャンルが今日果たして成立しうるのかどうか、について(回顧的ブックガイドを兼ねて)」

 

 

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vol.269 

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