3.11後の「表現すること」の戸惑い

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「浸透」し、「種を残す」見せ方

 

荒井 昨年『生きていく絵――アートが人を〈癒す〉とき』(亜紀書房)という本を出しました。平川病院〈造形教室〉に6年ほど通って書いたんですけど、執筆中はとにかく学術用語を使わないことを自分に課したんです。

 

佐藤 ものすごく身近に感じました、それだけで。

 

荒井 ありがとうございます。よかった、意図が伝わって(笑)。おふたりは写真を撮るとき、自分に何か課題のようなものを課すことってありますか?

 

佐藤 最初の壁が、自分がいいと思っている写真と周りがいいという作品にギャップがあったんですね。

 

荒井 自分が「いい」と思っていることが伝わらない、ということ?

 

佐藤 そういうときに、伝えたいものではなくて、みんなが求めている写真やステレオタイプのものに寄ってしまう傾向が少しあったんですけど、それをしないようにするのが、課していることなのかもしれませんね。感じたものをきちんとそのままストレートに。

 

荒井 そうですね。変な話、シノドスに文章を書いていても、「リツイート数」と「いいね!」の数を気にしたら書けなくなる文章ってありますよね。編集部には申し訳ないんだけど(笑)

 

一同 あはは(笑)。

 

荒井 ぼくが『生きていく絵』を書いているときは、「この本が売れたら〈造形教室〉に絵の具くらい寄贈できるかなあ……寄贈したいなあ……」ってことばかり考えていたんですよね。とにかく、話を聞かせてくれた方々に「ありがとう」って気持ちを伝えたかったんです。

 

メッセージって、具体的な誰かに宛てた、具体的なメッセージのほうが、結果的に多くの人の心に響くように思います。「悩んでいる人たちすべてに送る……」みたいな書き方をすると、結局みんなの心を上滑りしていくだけで誰にもひっかからなくなってしまうように思うんですね。

 

安田 私たちが写真展にこだわるのはそこなんですね。たくさんの人にみてもらいたいのであれば、新聞のような媒体に載せたほうが可能性は広がるんです。でも私たちが手ごたえを感じるのって、写真展に来てくれた一人ひとりと写真を仲介にして出会ったときなんです。「私とあなた」の関係なんですね。

 

圧倒的に人数は少ないけど、そこから生まれる関係性とかアクションの方が、それからのことを考えるとよっぽど力が強くて、継続性があるんですよね。

 

佐藤 ひとりでもみてもらえたらいいもんね。

 

安田 私たちの根底には、救いたかったはずの命を救いたいとか、写真で伝えたいことはいろいろあると思うんですけど、「いますぐ支援しろ」とか「はやくカンボジアに行け」とかそんなことを強制したいのではなくて。なんていうんだろう、心のなかに、種みたいに残って欲しいなって思っているんです。

 

私の写真をみた高校生が、大学生になったときに、カンボジアへのスタディーツアーの募集をみて、「カンボジア? よく知らない」じゃなくて、「そういえばカンボジアの写真をみたことがあったな」って思ってもらえたら、最初の一歩が違ってくると思うんですね。心の種が、いつか花開いて欲しいなって願いかけのような。

 

荒井 「種を残す」ためには、やっぱり足を運んでもらう写真展って重要ですよね。ぼくも心の病を持つ人たちのアート作品を展示する仕事を手伝ってきましたけど、時々「アート展ってやる意味あるの?」って聞かれるんですね。

 

安田 あー……。

 

荒井 この分野にもいろいろな立場の人がいて、アートを治療や診察の一助として捉える人たちのなかには、「患者の書いたアートはカルテに準じるものなので、不特定多数の人目に触れる場所に出すべきではない」といって、展示に否定的な人もいます。

 

でも『生きていく絵』で取材させてもらった平川病院〈造形教室〉では、自分たちで公共施設を借りて、手弁当で積極的に絵画展を開いています。自分たちの手で設営もやって、とても面白いですよ。乾いたばかりの絵の具の匂いを嗅いでもらって、作者の気配を感じてもらって絵を観てもらうと、やっぱり「浸透力」のようなものが違います。ぼくもその「浸透力」にやられましたから。

 

安田 そうですよね。だから写真展なんだと思います。

 

 

伝えることの戸惑いと、「悲しみ」について

 

photo2

 

 

佐藤 荒井さんの『生きていく絵』は、本当に美しい文章で。優しさが詰まっているのがわかるんですよね。さらさらする文章というか。

 

荒井 ありがとうございます。文章って「事実」を伝えるだけだったら、箇条書きでいいんですよね。でも箇条書きでは伝わらないものがあるから、こだわってみたくなるし、それが書き手の個性になってくる。「情報伝達」という観点からだと余計で過剰なところにこそ、結果的に伝えたいものが凝縮しているんだと思います。

 

この本を書くとき、「本当と嘘のあいだ」を書くことを意識していました。協力くださった方々についてかなりギリギリのところまで書かせてもらいましたけど、でもこの本はプライバシーを暴露することが目的ではないので、「本当のこと」が書けないこともあります。だからちょっとぼかして書いたり、書かない方がいいと判断した場合は書かないようにしました。でも、そのかわりに嘘を書くこともできませんでした。嘘を書くことは、その人の人生を冒涜することです。だから「本当と嘘のあいだ」を縫うような言葉を手探りしながら、言葉を選んでいきました。「本当でも嘘でもないけど“確かなもの”」って感じですかね。

 

そうすることが、一番ひとを傷つけずにすむんだろうなって思っていました。でも、それをやろうとすると、話を聞かせてくださった人のことをぼくの文章で切り取って「荒井ストーリー」におさめるという傲慢なことをしないと本としてまとまらないという矛盾がでてきちゃうんです。ひとを傷つけたくないという臆病な部分と、自分のストーリーに切り取ってしまうという傲慢な部分との矛盾に苦しみながらもがいていたら、こういう文体になったんですね。

 

他人の経験を語ることって、とても傲慢で不遜なことです。でも、「悲しみ」って誰かが語らないと「なかったこと」になっちゃうんですね。自分にそれを語る資格があるのかどうかわからないし、うまく語ることはできないかもしれないけれど、でも「その人」と出会ってしまった以上、やっぱり「なかったこと」にはできない、したくない「悲しみ」をどうやって語り伝えていくか……それが最近のぼくのテーマなんです。

 

おふたりもシャッターを切るときって、不安だったり、怖かったりしますか?

 

佐藤 怖いという感情はありますね。シャッターを切ることは相手のプライバシーに踏み込む行為でもあるので。それは責任が生じてしまうという卑屈な考えでもあるんですけど、すべてに責任をとれる自信もないので、どこかに覚悟する一線があるんですよね。とくに震災後、被災地の人々の写真を撮るなかで、そういうことを学んだ気がしますね。

 

安田 カメラを向けることは暴力的なことだということを私たちは自覚しないといけないと思っていて。シャッターを切る前に、人の声に耳を傾けるようにしているのは、その点だと思うんですよね。

 

『ファインダー越しの3.11』にも書いていますが、陸前高田市の一本松をみたとき、「希望の象徴だ、力を与えてくれるものだ」って思ってシャッターを切りました。でも陸前高田市で何万本の松と一緒に暮らしてきた人間にとっては津波の威力の象徴だって言われてしまったんです。

 

もしもあのシャッターを切る前に耳を傾けていれば人の心を乱すことはなかっただろうなって思っています。例えシャッターを切ったとしても、「希望の象徴」と載せるかどうかで、あの土地で暮らしていた人たちの受け取り方は違うと思うんです。

 

私たちの仕事は、もしかしたらシャッターを切るという行為以上に、人の声を聴くことが大半なのかもしれません。

 

佐藤 かといって気を使いすぎても駄目だとも思っているんですよ。「難民」であっても「被災者」であっても、一人ひとり違った人間であって、いろいろな人がいるんですよね。いい人もいれば悪い人もいて、ぼくだって好きな人もいれば嫌いな人もいて。それを隠す必要はないと思っているんですよね。そのなかで、言葉を紡げるようになったり写真を撮れるようになる人がいる。それはぼくとも向き合う覚悟が、信頼の証拠なのかなって。荒井さんはどうですか?

 

荒井 『生きていく絵』も、〈造形教室〉で出会ったすべての人について書いているわけでありません。むしろ書いていない人の方が多いんです。ぼくの言葉は決して完全なものではなくて、切り取れる世界と切り取れない世界がある。だから、ぼくの言葉で伝えられるかもしれないと少しでも思った人のこと書きました。この本で書けなかった人のアート作品が、力がないというわけでは決してありません。むしろ、力がないのは、それについて書けないぼくの言葉の方だと思います。でも、ぼくにはこの言葉しかないのだから、伝えられる部分を伝えればいいのだと、最近では考えています。

 

 

日本百景の一つにも数えられていた高田松原。7万本の松林がほぼ更地になった中で、この松だけが残された。

日本百景の一つにも数えられていた高田松原。7万本の松林がほぼ更地になった中で、この松だけが残された。(写真:安田菜津紀)

 

 

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vol.264 

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