2014.06.15

時代劇を気軽に楽しむ「補助線」として――『エドノミクス 歴史と時代劇で今を知る』(扶桑社)あとがき

飯田泰之×春日太一

情報 #エドノミクス#時代劇

5月に刊行された『エドノミクス 歴史と時代劇で今を知る』(扶桑社)は、経済学者の飯田泰之と時代劇研究家の春日太一が「江戸経済」と「時代劇」から今を読み解くヒントを照らし出す新しい歴史本。刊行記念として、あとがきにかえて行われた対談の模様を特別掲載! ふたりが本書で提案しようとしたものとは?

あとがきにかえて

春日 飯田さんといちばん最初に出会ったのは、高校1年生の2学期の終わり頃でしょうか。

飯田 そうだね。それにしてもなんで、春日君が俺のグループに来たのかは今でも不思議。

春日 中高一貫の男子校で、僕だけ高校からの入学でしたからね。高校から入るのはそれなりに難しい学校なんですが、入学した段階でやる気をなくしていて、全然、勉強しなくなってしまった。「高校デビューしよう!」と決めていたので、バレー部やアメフト部にも行ってみたんですが、それも全然ダメで。

飯田 リア充、無理だったんだ(笑)。

春日 スポーツをやって女のコにキャーキャー言われるような人生はムリだということがわかり(笑)、開き直って、逆に振れちゃったんですよね。これが俺だ、文句あるか、って。文化の世界にかぶれていって、そこで同じように、ガリ勉にもリア充にもなれない同級生らと出会って。そんな奴らが心酔していたのが、ふたつ上の飯田さんだった。

飯田 当時の僕は、高校生主催のイベントやったり、学園祭でワンフロア占拠してお金儲けしたりと、なんだかエンジョイしてたからなぁ。

春日 『涼宮ハルヒの憂鬱』にある「SOS団」みたいなのも作ってましたよね。「KHK」でしたっけ?

飯田 そう。海城放送研究会の頭文字をとって「KHK」。何がよかったって、放送研究会だから部室にはテレビとビデオデッキがあって。普段は、部室に入り浸ってテレビ見放題。

春日 自民党本部に行ったりもしませんでしたっけ?

飯田 行った、行った。なんの計画性もなく、「自民党の本部に行こう!」って。

春日 飯田さんが卒業したあとは、徳川埋蔵金を探しに群馬に行った奴らもいました(笑)。とにかく学校がつまらなかったので、何か面白いことをしようと必死だった記憶があります。飯田さんは高校を卒業し、東大入学を機に桜台で一人暮らしを始めて、私塾というか、僕らに勉強を教えてくれるようになって。

飯田 関東出身でひとり暮らしって珍しかったからね。そりゃたまり場になるわな。

春日 その飯田さんの桜台のアパートに行っていたのが、毎週水曜日の夜でした。当時、水曜夜8時から、フジテレビで時代劇をやっていて、飯田さんの家で『鬼平犯科帳』とか『御家人斬九郎』(1995年〜)を見たのが印象に残ってます。

飯田 あの頃のフジテレビ8時台の時代劇は、ものすごく出来がよかったよね。

春日 学生の目でも丁寧な作りがわかりました。当時、僕は親からもらった予備校の授業料を映画代にしたりして、年500本くらいの映画見ていたし、他の奴らも高校生のクセにウルサ方でしたが、『鬼平』や『斬九郎』はそんな僕らもつい黙って見入ってしまうほど、面白かった。

飯田 1990年代に高校生だと時代劇のイメージって、もう『水戸黄門』や『大岡越前』で固まっちゃってたからね。

春日 当時の『水戸黄門』は視聴率が毎週20%を超えていました。

飯田 フジの水曜8時に、水戸黄門的なのとは全然違う時代劇がやっている!というのは、やっぱり大きかった。『水戸黄門』は読売ジャイアンツのようなものだから、とりあえず、一回、アンチにならなくてはいけないんだよ。

A

時代劇の補助線として

飯田 僕と春日君という不思議な組み合わせのふたりによるこの本だけど、何よりのメッセージは、もっと時代劇を見てほしい、時代小説――なかでも江戸モノをもっと読んでほしいってところなんだよね。今、テレビ時代劇がものすごく少なくなってるじゃない。その結果、学問的な意味での歴史とはちょっと違う時代劇的舞台設定についての共有知識っていうのが、だんだん薄らいでしまっている。でも、定番の時代背景みたいなものをちょっとだけ知りながらみると、時代劇って、結構、面白いんだよ、って。習慣的消費じゃないけれど、なんとなく日常的に見ている状態だとすんなり受け入れられるものが、今、受け入れられにくくなっているところがあるから。

春日 今は、頑張れば時代劇っていくらでも見られる時代です。映画も少ないながらも作られているし、舞台もかなり時代ものが増えてきました。CSの専門チャンネルでは昔の時代劇もたくさん放送されています。でも、それって、好きな人がお金を払って見ているという状況なんです。つまり、頑張ればいくらでも見られるけれど、頑張らないとまったく見られない。それだと新規のファンってほとんど増えないんですよ。で、マニア化が進んで、より間口が狭まる。これはどのジャンルにもいえることですが、先細りする典型なんです。

飯田 作り手も、結局、マニアに向けて発信しようとするしね。

春日 その危機感はありますね。僕が「時代劇研究家」として発信しているスタンスも、そこにあります。新規ファンが気軽に時代劇に入れる入口を作りたい。時代劇はお年寄りのものだと思われがちですが、彼らは別に年を取ったから時代劇を見るようになったのではなく、幼い頃から気軽に時代劇に親しんでいて、今に至っているんですよ。日常での時代劇との出合いがなくなっている今、若い人たちが「お勉強」ではなく気軽に時代劇と接する状況をつくるというのは大きなテーマです。この本にも、そんな問題意識で臨んでいます。

飯田 「こんな解釈もできるのでは?」というのを、時代劇と歴史話が好きなふたりが語ったのがこの本です。僕は歴史の専門家でもなんでもないですし、時代考証とか本当の歴史がどうだみたいな話は専門家にお任せします。

でも、鬼平のインサイダー取引とか大岡越前や遠山の金さんよりも辣腕の筒井政憲という町奉行がいたとか、そういうトリビア的な知識があると時代劇の楽しみ方は広がる。そんなマメ知識を、僕はおもに経済分野から提案したつもり。

春日 私は「こういう見方を事前に知っておくと、時代劇に入りやすいんじゃないかな」というような豆知識を、エンターテイメント研究の立場から提案してみました。正確な史実や時代考証ではなく、あくまで時代劇を楽しむための補助線としての基礎教養といいますか。

飯田 時代劇を考証チェックのために見ると途端につまらなくなる。けれど、例えば、遠山金四郎が出てきたら江戸末期で不景気で地方は荒廃しているなとか、イメージ通りの江戸時代ものなら舞台は1820年前後かな、とかの前提をなんとなく踏まえると、物語がより面白くなる。あるいは、「なんとなくそれっぽいな」とか「そこをズラしましたか!」とかね。

春日 私たちがこの本で提示したいのは、まさにその「前提」です。昔の人たちはそれを当然のように知っていたから気軽に時代劇を楽しめますが、今は断絶してしまっている。若い人たちが時代劇に入りにくいのは、そこも大きいと思います。ですから、娯楽として時代劇を気軽に楽しむ「補助線」として、この本を役立ててもらえれば、幸いです。

プロフィール

春日太一映画史・時代劇研究家

1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。日本大学大学院博士後期課程修了(芸術学博士)。著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋)、『時代劇は死なず!』(集英社)、『仁義なき日本沈没』(新潮社)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP研究所)、『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文藝春秋)。共著に『時代劇の作り方』(辰巳出版)

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飯田泰之マクロ経済学、経済政策

1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

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