「ただ祈る、ということを肯定したい」――美術家・椛田ちひろが描く世界

荒井 震災の半年後に「夜の底を流れる水」という作品を制作されていますけど、これは物理的にも、視覚的に受ける印象的にも、重くずっしりとした作品ですね。

 

 

《夜の底を流れる水》 2011、浴室にチューブ、ポンプ、墨、鏡、ほか 写真:木奥恵三  千葉県柏市「アートラインかしわ2011」より

《夜の底を流れる水》
2011、浴室にチューブ、ポンプ、墨、鏡、ほか
写真:木奥恵三 
千葉県柏市「アートラインかしわ2011」より

 

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《夜の底を流れる水》
チューブの中を、水、墨、空気が轟音を伴いながら、高速で流れていく
2011、浴室にチューブ、ポンプ、墨、鏡、ほか
写真:木奥恵三
千葉県柏市「アートラインかしわ2011」より

 

 

椛田 それまでのいくつかの作品って、「これは震災がテーマだ」とは、はっきり言っていないんです。でも、ここにきてやっとふっきれていますね、震災を描くことに。

 

先の実現しなかったオープンスタジオの時には、自分の表現が誰かを傷つけるんじゃないかって内心びくびくしながら告知をして、……作品を見せることも叶わないまま、告知をしただけで結局誰かを傷つけてしまって。もうそれで参ってしまって。

 

情けない話なんですが、オープンスタジオからしばらく、誰かを傷つけるかもしれないリスクを負いながら発表するだけの強さがなかったんですよ、つまりは。でも表現したいという葛藤。そして、つくるけどとりあえず言葉にはしないでおこうという半端な根性……。

 

翌年からは、ちゃんと「震災をテーマにしてます」って言えてるんですよねえ。ここにきて、やっと自分を肯定することができたんだと思います。

 

荒井 「やっと自分を肯定することができた」というのは?

 

椛田 表現したいっていう衝動は人間的な情動につき動かされているものであって、そこを否定してしまうと、成り立たなくなってしまう。そういう意味で、自分の表現を肯定することができた、ということです。

 

その後、震災をテーマにすると宣言した展覧会を開催したり、参加したりしています。「SIFT←311 3.11以後の9人の現代アート」(アートカフェGBOX / 広島、2011年)と、「明らかな白」(ギャラリーヴァルール / 名古屋、2012年)、「現に奇しく」(G-WINGS Gallery / 金沢、2012年)あたりですね。

 

荒井 展示会「現に奇しく」の声明文では、「尋常ならざる光景は、その光景が現実性を失うほどに見るものに確からしさを奪ってゆく」とありますね。ぼくたちが普段経験している「現実」を超えてしまったものを表現できるかどうかについて悩んでいらっしゃって、そこがとても興味深いです。

 

椛田 「焼夷弾はきれいだった」という証言があります。死ぬかもしれないという時に、その感覚は可能なのかと感心した覚えがあります。そしていま、それを震災にあてはめて問うことは可能なのか、と。そこに触れたいと思いました。

 

テレビ報道で津波の映像が流れた時、はじめは津波だとは分からなかったんです。広い空間に、黒い不思議な煙のように見えて。自分の理解を超えたものを見て感じたのは、「うつくしい」という感覚でした。……これは漢字で「美しい」ではなく、ひらがなで「うつくしい」と言わせてください。

 

「美しい」という言葉を、「現奇しい」に掛けて「うつくしい」。これは完全に私の造語です。「現」はこの世。「奇」はめずらしい。つまり、この世にはないもの、という意味で使っています。

 

私が津波を見て感じた「うつくしい」というのは、簡単に言うと、見ても、それがなんであるかがわからなかった、ということなんだろうと思います。見えているのに見ることができない、という体験です。

 

私はずっと見えないものの領域を描きたいと思っていました。でも、津波の映像を見て、見えているのに見ることができないという領域があることを知りました。これは衝撃的なできごとでした。それで、あの津波をみたときの太刀打ちできないような感覚を形にできないかと思い、2012年7月に「現に奇しく(うつつにくしく)」という展覧会を開いたんです。

 

ある意味では、津波を「うつくしい」と言ってしまうことに葛藤はありませんでした。それは決して津波を賞賛する言葉ではなかったからです。もちろん、誤解されてしまうことは怖いのですが。

 

 

「G-WING'S JOURNAL(2012 SUMMER号)」表紙 G-WING'S Gallery「現に奇しく」より

「G-WING’S JOURNAL(2012 SUMMER号)」表紙
G-WING’S Gallery「現に奇しく」より

 

椛田ちひろ・有理の合作作品《現に奇しく》 2012年、樹脂、可変 写真:木奥恵三 G-WING'S Gallery「現に奇しく」より

椛田ちひろ・有理の合作作品《現に奇しく》
2012年、樹脂、可変
写真:木奥恵三
G-WING’S Gallery「現に奇しく」より

 

 

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