信任されたネタニヤーフ政権――中東政治におけるイスラエルの一人勝ち

混迷する中東政治と一人勝ちするイスラエル

 

しかし、ネタニヤーフ首相が和平に消極的な右派・宗教・中道の諸勢力を糾合して新連立内閣を組むとすると深刻な問題が残る。すなわち、対米関係である。ネタニヤーフは選挙前、選挙戦術のため強硬なタカ派的な姿勢を明確にして、自分が政権を獲得したらパレスチナ国家樹立はありえないとまで明言した。

 

和平交渉仲介でイスラエルの強硬姿勢のため和平が停滞してきたことに業を煮やしたオバマ米大統領は、リクード勝利後、対イスラエル政策の大幅な転換をも示唆した。アメリカ・イスラエル関係は最悪になったのである。ネタニヤーフ政権下ではイスラエル首相と米大統領とのホットラインも途絶えてしまった。

 

ネタニヤーフ首相は米大統領や米国務省の頭越しに、米共和党や米議会、軍との関係を一方的に強めているため、相手国の政権政党と関係を持たないという変則的な関係になってしまっている。ネタニヤーフ新政権がこれからも入植地拡大を続け、対米関係が悪化していけば、和平交渉もまとまらない。このまま対米関係が悪化し続けると、それはネタニヤーフ政権のつまずきの原因になるかもしれない。

 

イスラエルとアメリカ関係は、アメリカ国内における強いイスラエル・ロビーの政治的影響のため、外交問題というよりも、国内問題であるかのように機能しているからである。

 

さらに、「アラブの春」以降の中東情勢の、液状化ともいっていい政治的混迷状態がある。そのような周辺諸国の政治的混迷は、イスラエルにその矛先が向かないという意味においては、イスラエルにとってはむしろ歓迎すべきことである。「アラブの春」で最大の懸念であったエジプトにおけるムスリム同胞団のムルスィー政権は、スィースィー将軍による事実上の「クーデタ」で瓦解し、その後、スィースィー政権が成立し、再びイスラエル・エジプト間の同盟関係は盤石のものに戻った。

 

その上で、たとえシリアで内戦が勃発し、イラクのマーリキー前政権のシーア派優遇政策のためイラクおよびシリアにおいて「イラク・シャーム・イスラム国(以下、ダーイシュ)」がその勢力を伸ばして、2014年6月末に「イスラーム国」がカリフ制を復興したところで、ダーイシュはイスラエルにとって当面直接的な脅威にはなっていない。

 

むしろネタニヤーフ政権下のイスラエルとしては、イランの核の脅威の方がはるかに重大な問題である。そして、イスラエルによる「イランの脅威」論は、2013年夏以降のアメリカによる対イラン関係の改善によって、たしかにいっそう高まってはいる。とはいえ、他方ではアメリカの立場も一貫性を失いつつある。

 

ダーイシュへの空爆を開始したアメリカにとって、シーア派を第一の敵とするダーイシュの潰滅のためには、イラクのアバーディー・シーア派政権と同政権を支えるシーア派大国イランの協力が不可欠である。シリアにおけるアル・カーイダ系のヌスラ戦線およびシリア・イラクにおけるダーイシュの拡大を抑えるためにも、アメリカはイランと友好関係にあるシーア派の一派であるアラウィー派のアサド・シリア政権も容認せざるを得ない状況に置かれている。

 

さらに、サウジアラビアの存在もアメリカにとっては悩ましい。アメリカはイラクでは対ダーイシュのためシーア派勢力を支援しながら、イエメンにおいてはサウジアラビアによるシーア派(イエメンの約半数を占めるザイド派)攻撃を支持するという矛盾した対応を取らざるを得なくなっている。

 

2015年3月にサウジアラビアは、イエメンのシーア派の一派であるザイド派の中の政治グループのフーシー派が、イランによって支持されているということを理由に、その潰滅のためイエメンへの空爆を開始した。サウジアラビアにとって不倶戴天の敵で、イエメンに拠点を置くスンナ派テロ組織「アラビア半島アル・カーイダ」とフーシー派が対立しているにもかかわらず、である。

 

このイエメン空爆を機に、スンナ派が圧倒的多数を占めるアラブ諸国内において、シリア及びイラクと同じように、対シーア派という宗派レベルにおけるスンナ派の共同戦線が組まれつつある。

 

伝統的にペルシア湾での覇権をめぐってイランと激しく対立してきたサウジアラビアの存在が、対イラン関係の改善に伴ってアメリカにとってもお荷物になりつつある。アラブ世界の覇権をめぐってサウジアラビアと敵対してきたスィースィー・エジプト政権も、今回はサウジアラビアを支援している。

 

以上のような敵・味方関係が錯綜した中東政治情勢の液状化は、イスラエルにとって有利な方向に動いている。オバマ政権から嫌われても、「イランの脅威」論をテコにしつつ、中東域内政治においては対米関係の悪化を埋め合わせるに足る政治的状況が生まれつつあるからである。

 

中東政治におけるアメリカの政治的影響力の低下は、中東域内政治の地域大国(イラン、サウジアラビア、トルコ、エジプト、イスラエルなど)の自律的な動きを促進し、アラブ・イスラエル紛争というこれまでの対立軸は後退する。代わって、アラブ世界では、スンナ派とシーア派の宗派レベルの政治的対立が激化しているのである。

 

加えて、イスラエルは中長期的には同国の国益には反するものの、中東域内政治においてはとりあえずアメリカから相対的に自由な外交的フリーハンドが与えられつつあることも意味することになる。

 

イスラエル総選挙におけるネタニヤーフ政権の事実上の信任は、中東政治におけるイスラエルの一人勝ちと、その政治的安定性の印象をより一層強いものにした。今後、イスラエルがパレスチナ国家建設断固拒否の姿勢を貫き、イスラエル・ボイコットとパレスチナ国家承認がどんどんと進んでいるEU諸国との関係を悪化させても、その代償として中国・インドなどのアジア諸国との関係強化によってその関係悪化を補填すればよい。

 

また、エジプト、ヨルダン、サウジアラビア、アラブ湾岸産油国などのスンナ派のアラブ穏健派諸国との事実上の関係改善を通じて、イスラエルは皮肉なことに中東の政治的混迷に乗じて外交的・政治的孤立からも事実上、脱却する道筋がほのかながら見えてきたというのが現状であろうか。

 

 

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