選挙の度に分裂の危機!?「ベルギー」という不思議を徹底解明します

ベルギー型の民主主義

 

吉田 僕が編著者となった『野党とは何か――組織改革と政権交代の比較政治』(ミネルヴァ書房)という本では、松尾さんにベルギーの野党のあり方について解説してもらいました。

 

それを読んでも解るのですが、ベルギーの民主主義というのは、私達が普通に持っている民主主義のイメージとは違った形でもって成り立っているということ。具体的にいえば、選挙で多数派となった政党が政権を担うイギリスのような、多数派民主主義、いわゆるウェストミンスター型民主主義のように、勝ち負けがはっきりしていない民主主義です。

 

松尾 ベルギーには、我々で言う全国規模の政党がありません。右と左の政党が各地域にあって、全てが地域政党から成り立っています。だから数が多くて、選挙が終わると連立政権を組まないとどうしようもない。

 

吉田 選挙をしても単独過半数を取る政党がないので、選挙の結果が出た後にどういう政権を作るか、民主主義の別のプロセスが始まるということになるでしょうか。

 

松尾 政権形成交渉という第二段階が非常に重要なのです。そこでは多数決で物事を決めるわけではなく、話し合って、妥協をし合って決める。こうして新しい政権がスタートします。これは、オランダの政治学者レイプハルトの言葉で「多極共存型のデモクラシー」といいます。

 

吉田 そのレイプハルトはウェストミンスター型の民主主義に対するアンチテーゼとして多極共存型のデモクラシーを唱えていた。敗者を作らないで、みんなで少しずつ色々なものをシェアすべき、というのがその核心でした。

 

ただこのレイプハルトの主張は1960年代になされたものです。いまではウェストミンスター型の民主主義も本拠地のイギリスで様相を変えつつある。ベルギーの民主主義も、先に紹介した危機にみるように、崩れていっているようにもみえる。多極共存型の民主主義のもとではみんな仲良くやれるはずだったのに、対立が激しくなってしまい、合意と妥協の政治が成り立たなくなってきている。これはどうしてなのでしょうか。

 

松尾 ベルギーなどの多極共存型デモクラシーを掲げる小国は、冷戦後に新自由主義の勢力が大きくなった気がします。競争社会の中で自由な競争が大切とされ、国家が市場に介入することは正しくないとされた。合意よりも公平な競争や透明性が重視され、選挙後の妥協は公約違反だと言われてしまうようになりました。

 

これまで、合意と妥協で推し進めてきたので、多言語・多民族国家は維持されてきた。つまり、選挙前は「あいつはダメだ、うちに入れろ」と言っていたのに、選挙後に「では、一緒に妥協していきましょう」となることを人びとが黙認していたので、「多極共存型のデモクラシー」は成立していたのです。

 

ところが、それを公約違反と指摘する声が高まってきた。密室でずっと「妥協」のために話し合うことに対して「不透明だ」と批判が起きるようになった。その声を、先の分離主義者は代表しています。それもまた分離主義政党が第一党になった要因だと考えられます。

 

吉田 多極共存型の長所が短所になってしまったといえるかもしれませんね。そう考えると今の時代の民主主義は難しい局面に置かれているな、と思います。

 

今年のイギリスの総選挙でも、スコットランド国民党(SNP)が二大政党に対する批判勢力として、台風の目になりました。勝ち組を作れば、それでその国の政治が安定するわけでもない。さりとて、その対極にあるような、勝ち組を作らないベルギーの民主主義も行き詰まっている。

 

 

決めない政治

 

吉田 ベルギーは多層的なアイデンティティーがあって、それゆえに分裂をいつも中に抱えている。でもなんだかんだいって、ずっとひとつの国としてまとまっているでしょう?これには何か秘訣のようなものがあるのでしょうか。

 

松尾 前提として、ひとつの国が存続するために、「国民」としての強い結束力が必ずしも必要ではないと私は思います。日本でも、私たち全員が国を一つにまとめようという強い意識を常に持っているわけではない。強い国民意識が無くても、国は存続するんじゃないでしょうか。

 

また、『連邦国家ベルギー 繰り返される分裂危機』(吉田書店)でも書きましたが、もちろん経済格差による対立感情は常にありますが、それだけで「国の分裂」という事態が現実に生じることはないだろうと思うわけです。

 

「分裂」はあくまで政治家の対立があって起きているんです。政治家が「分裂」という印象的な言説を用いて、自分たちの票のために民衆を巻き込んでいるに過ぎないといえます。

 

だから選挙のたびに「分裂」は争点になり「危機」に陥る。しかしそう簡単に国は壊れない。拙著の副題の「繰り返される」のは「危機」なんですね。「分裂」まで至らないからこそ、分裂の「危機」が繰り返されるわけです。

 

だから、あまりに対立が長引くと、民衆がきちんと政権を作れとデモを起こすこともあれば、国王も政治家に対して怒る。独立運動は確かにありますが、みんな国を壊すとまでは考えていないのでしょう。

 

吉田 色々な対立があって、危ういながらもバランスを保っているというところがベルギーらしいということになるんでしょうね。

 

松尾 そうなんですよ。私達が日本のニュースで見るベルギーは選挙の時だけなので不安定なように映りますが、その後、時間を経ると、とりあえず落ち着くところに落ち着いていく。ただ、これからEUやギリシャの動向次第でヨーロッパ全体の文脈が変わるとすると、ベルギー内部でも新しい変化がでてくるでしょう。

 

吉田 日本はベルギーと比べればずっと大きい国ですが、一方でベルギーが持っているほどの文化的・言語的な多様性はないでしょう。1億2000万人の国としては非常に均質的であるとすらいえる。そんな日本もこれからは小国化していくことになる。そんな小国の先進国であるベルギーの知恵に日本が学ぶとしたら、どんなところでしょうか。

 

松尾 やや強引かもしれませんが、国の形をどうするか、早急に答えを求めないでじっくり話し合うことが大切ではないかと思います。「決められる政治」といいますが、大切なことを慌てて決めなくてもいいんじゃないか。ベルギーが1年半の間政権ができなくてもやっていけるのは、民主主義が重要であることを人びとが理解しており、時間をかけて考えていくからだと思います。

 

吉田 なるほど、決めない政治を「辛抱する民主主義」こそが、逆に国のまとまりを作るのかもしれませんね。

 

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