象牙密猟は生息地でどう受けとめられているか?――二重に苦しめられるタンザニアの地域住民

第二の苦:減らない農作物被害

 

「食糧さえ足りていない村人」と先述したが、これは、住民が受ける第二の苦の結果として生じている。近年、ゾウが生息する保護区の周辺では、ゾウによる農作物被害が拡大して深刻な問題になっているのだ。

 

 

ゾウに荒らされた畑

ゾウに荒らされた畑

 

 

 セレンゲティの私の調査村では、2000年頃からゾウが村の畑の作物を食い荒らすようになった。はじめは1~2頭だったが、年を追うごとに来襲する群れは大きくなり、近年では百頭以上もの大群で押し寄せてくる。村の畑の80~90%がゾウの被害を受けるようになってしまい、農産物を売ることはもちろん、自給食糧を確保することさえ難しくなってしまった。住民は、不足した食糧を購入によって賄わなければないが、それはすなわち、子どもの教育費や医療費に充てられる資金が削られることを意味しており、深刻な生活の質の低下を招いている。

 

「ゾウの餌を作っているようなものだ」と嘆きながらも、他に産業のないこの地域で生きていくには畑を作り続けるしかない。人びとは生活を守るために、畑からゾウを何とか追い払おうと、できる限りの努力をしている。住民は保護動物であるゾウを殺すことはできないし、もともと銃器や車ももっていない。そんな彼らが使うのは、バケツをたたいて音を出す、懐中電灯の光を当てる、というささやかな対抗策である。このような脅しですぐにゾウが逃げてくれるわけではないが、それ以上畑に近づくのを止めることはできる。

 

 

懐中電灯と護身用の弓矢を携えて追い払い

懐中電灯と護身用の弓矢を携えて追い払い

 

 

このような武器とも呼べない道具のみで、体高4メートル、体重10トンにもなるゾウと対峙するのだから命がけだ。ゾウの反撃にあって命を落とす人が、残念ながら毎年出てしまっている。

 

 

バケツをたたいて必死の脅かし

バケツをたたいて必死の脅かし

 

 

このようにゾウ被害に遭っていては、住民が積極的に密猟に協力してしまうのではないかと心配になるが、前述したように、村で密猟にかかわっていたのは1名だけだった。「ゾウが憎い、殺してほしい」「保護しろと言う白人がまったく理解できない」といった言説は、被害と関連して住民によってよく語られるが、実際に密猟に加担することは稀だと考えられる(これは、ゾウを信仰する文化的な背景や暴力的な取り締まりの歴史など、この地域の事情が関係していると考えられる。住民の背景についてはSYNODOS記事「創られた「野生の王国」セレンゲティ」を参照)。

 

そして意外なことに、密猟でゾウが殺されても農作物被害が減ることはなかった。セレンゲティ地域では、この数年間に密猟によって数十頭のゾウが殺されたと言われているが、村にやってくるゾウが減る様子はなく、むしろ増える一方である。なんと2014年のセンサスでは、セレンゲティのゾウ個体数は7千頭を記録して、2006年の3400頭から2倍に増えたと報告された。密猟があるにもかかわらず順調に増加しているのである(自然増加だけでなく、ケニアを含めた周辺地域から密猟を恐れたゾウが集まってきているという説もある)。こうしてゾウは増え、農作物被害も増加し、ゾウが住民を苦しめる状況が続いている。

 

 

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このような被害に対して、政府からの解決策の提示は何もない。それどころか今年の7月には、「2030年にはタンザニアのゾウを現在の43,000頭から10万頭に回復させる」という方針が打ち出された。これを聞いた村人たちは、「今でさえ、こんなに被害がひどいのに、これ以上ゾウが増えたら我々の生活はどうなるんだ?飢え死にしろというのか?」と、口々に不安と不満をもらしていた。

 

 

現地NGOが作成したポスター。「2030年にゾウが10万頭に増えたとき、畑と住民の生活は?」と問いかけている

現地NGOが作成したポスター。「2030年にゾウが10万頭に増えたとき、畑と住民の生活は?」と問いかけている

 

 

住民との恊働によるゾウ対策

 

本稿では、アフリカゾウ生息地の住民が、政府のパフォーマンスとしての密猟取り締まりによる暴力被害を受けており、その上さらにゾウそのものからも農作物被害を受けているという、二重苦の現状を報告した。住民は、ゾウを密猟することからも保護することからも恩恵を受けることはなく、むしろ二つの行為から生まれる被害を被っているのである。「ゾウ保護から生まれる観光利益を住民に還元するべきだ」という議論は、象牙取引が禁止された25年前からなされているが、遅遅として進まない。住民の不満は募るばかりだ。

 

私は、住民によるゾウ追い払いを支援するべく、車の寄贈、懐中電灯の購入、ミツバチを使った追い払いの試みなどをしているが、慣れてしまう賢いゾウとの知恵くらべが続いている。最近では、ゾウは何十頭もの群れでやってきて、車のホーンにも動じなくなってしまっている。私がパトロールに同行した時には、車を襲ってこようとする個体もいて、群れを追い払うことができなかった。

 

 

ワイヤーフェンス、わかりやすいようにペットボトルを吊るしている

ワイヤーフェンス、わかりやすいようにペットボトルを吊るしている

 

 

現在、私たちのプロジェクトで力を入れているのは、ワイヤーフェンスを張る対策である。ある農民が試しにワイヤーを畑の周囲に張り巡らせたところ、ゾウが入らなかったのだ。獣害対策でよく使われている電気柵ではなく、単なる1本のワイヤーである。「こんな頼りないワイヤーを、ゾウが恐れるの?」と、私とパートナー現地NGOは半信半疑だったが、とりあえず二つの村で設置してみた。すると効果はてきめんで、ゾウはワイヤーに触れるときびすを返して保護区に戻っていき、畑に入らないのである。

 

 

ワイヤーフェンスの説明会に集まる住民

ワイヤーフェンスの説明会に集まる住民

 

 

そこで現在は、このワイヤーフェンスを普及する活動を展開している。ワイヤーのみを提供して、設置と管理は住民自身が実施する仕組みにしている。事前説明会には、どの村でも100人近い人びとが集まる。深刻な被害に遭っているため、人びとの対策への意欲は高い。とはいえ、このワイヤーも車のように、いつかゾウが慣れてしまう日が来るだろう。何年もつか? いつゾウが壊して入ってくるようになるか? 効果の持続性が不透明であることをきちんと説明しているが、「それでも数年はしのげるなら、我々は喜んで設置する!」と人びとは切実に訴える。

 

セレンゲティのゾウが増えているという報告は、住民のみならず私にとっても暗いニュースでしかない。この原稿を書いているまさに今日も、訃報が入ってきた。夜、家へ帰ろうと歩いていた村の男性が、ゾウに遭遇して殺されてしまったそうだ。ゾウは畑のみならず、臆することなく村の中の人家のそばまでやってくるようになっている。

 

それでもセレンゲティの人びとには、「農業を続けたい」「何か対策を試したい」「この土地で生きていきたい」という強い意志がある。そんな人びとの想いに私もつき動かされて、生活を守るための試行錯誤を彼らとともに続けていく。

 

注1:本稿は、拙著「象牙密猟は生息地でどう受けとめられているか?—二重に苦しめられるタンザニアの地域住民」(ワイルドライフフォーラム、「野生生物と社会」学会、20巻1号、2014年)を加筆修正したものである。

 

注2:ワイヤーフェンスによる被害対策は、W-BRIDGE の支援を受けている。

 

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