難民危機のなかのEUの挑戦――人権と主権とを長期的な視野のなかで調停できるか

たとえば、Eurostatによれば2013年にダブリン規則に則って庇護申請者を他の加盟国へ送り返すよう要請した国のトップ3はドイツ、スウェーデン、スイスといった北西欧諸国であり、これに対してその受入れ要請を受けた国のトップ3はイタリア、ポーランド、ハンガリーといった南東欧諸国となっており、地理的に難民の影響を受けやすい国々により大きな負担がかかっていることが見て取れるだろう。(スイスはEU加盟国ではないが、2008年ダブリン規則とシェンゲン圏へ参加している。)

 

 

さとう

 

 

そのうえ、それらのEU域外と国境を接する諸国は十分な難民受入れの能力や設備を備えていない場合も多い。たとえば2013年に約7000件の申請を受けたブルガリアは容量超過に陥り、UNHCRは一時ダブリン規則に基づく移転を止めるよう要請した。また2014年のレポートではイタリアの庇護権審査が非常に長期に渡ることや、申請者の宿泊施設が足りていないことなどを指摘している。

 

さらに、すでに2000年代の前半にはギリシャが受け入れ体制や庇護権審査の過程でEU法の基準を満たせていないことが指摘されていたが、2011年にはついにヨーロッパ人権裁判所、次いでEU裁判所の判決によってこの点が確認され、他の加盟国からギリシャへの庇護申請者の移送が差し止められる事件が起こっていたために、この対外国境にあたる南東欧諸国の収容能力の問題は数年前から繰り返し明らかとなっていた。

 

加えて難民の辿る道は年々変化しており、あらかじめ流れを予測することも難しい。いまだ混乱の続いているハンガリーについてみても、2012年には2155件であった難民申請が2014年には42755件、2015年には既に10万件へ届く勢いとなった。その強硬な対応には多くの問題があるとはいえ、その急激な変化を考えれば混乱が起きるのはやむをえないところではある。

 

このように、どこかの時点でダブリン・システムの機能不全が起きることは長らく予測されており、今回の危機はその来るかもしれないと思われていた臨界点が訪れたということでもあったように思われる。

 

 

EU対外的国境の再編成へ向けて

 

しかし、対外的な国境管理の機能不全はいずれ対内的な自由移動の空間、シェンゲン圏の機能不全へとつながる。9月23日、ポーランドのトゥスク欧州理事会議長はまさに「かかっているのはシェンゲンの未来だ」との見方を示し、いかに対外的な国境を再編成するかが現在のEUにとって喫緊の課題だとした。

 

現在までのところ、EUは欧州の共通難民システムを含む対外国境の強化へ努める一方で、欧州の国境を越え、難民の経由地であるシリアの周辺諸国との連携を強化することで難民の流れを緩和しようとしている。

 

前者について、EUはこれまでに16万人の難民をイタリア、ギリシャから再配分することを決定し、また23日のEU首脳会議ではギリシャ、イタリアなど最前線にある加盟国を支援するためにホットスポットと呼ばれる難民の受入れセンターを創設すること、国境警備などを通じて境界管理を強化することなどに合意した。

 

後者についてはやはり23日の首脳会議で欧州の境界を越えレバノンやヨルダン、トルコなどシリアの周辺国への支援を強化し、UNHCRなど国連機関に10億ユーロ(約1350億円程度)の追加拠出を行うこと、トルコとの連携を強化することなどが決定された。

 

今回の危機が欧州内の難民システムの問題であるだけでなく、むしろ欧州の外で生み出される難民達による圧力をどのように低減するかの問題でもあり、また短期的に解決できるものというよりは中・長期的な視点に立っていかにこれを制御し、上手く付き合うかの問題でもある以上、これらEUの内と外へ同時に働きかけるイニシアチブは概ね正鵠を射ているように思われる。

 

UNHCRによれば、2011年から2015年9月までにヨーロッパで行われたシリア人による難民申請がおよそ50万件であるのに対し、実にその8倍、およそ420万人の難民がシリアの周辺国に留まっている(トルコ190万人、エジプト、イラク、ヨルダン、レバノンで210万人)。そして今回の危機の一因はそれら諸国が難民の負担に耐えられなくなりつつあったためだともされており、難民の波をあらかじめ減じ、あるいはその流入時期や経路を早期に予測し、対策を講じるうえでも周辺諸国との連携は重要であろう。

 

より長期的には、EUの内部、共通欧州難民システムについても今後数年の間に改めて見直しが日程に上ることとなるだろう。欧州委員会は9月23日に提出した「難民危機を管理する」と題したコミュニケーションにおいてダブリン規則の見直しに触れ、ダブリン・システムが危機に陥ったときのため、今回緊急に採択されたものと同様の再配分メカニズムを設置することを提案している。

 

これを後押しするかのように、10月7日欧州議会で行われた独仏首脳の共同演説においてメルケル独首相は「現行のダブリンは時代遅れのものとなってしまった」との認識を示した。「当初は良いアイデアだったのかもしれないが、危機の時代の域外国境においてはそうとは見えない。公正と連帯に基づいた新たなアプローチが必要だ」と。そして「我々は各国のみで行動しようという誘惑に打ち勝たねばならない。より多くのヨーロッパが必要なのだ」とも。

 

現在のままで危機を乗り切ることが困難だとすれば、シェンゲン圏のなかった、国境によってヨーロッパの領域が区切られていた時代へ逆戻りするのか、それともさらに連帯を強め、「より多くのヨーロッパ」を実現することによって難民システムを改良し、開かれたヨーロッパを維持するのか。実際には後戻りすることが困難な状況のなか、ヨーロッパ統合はしばしばこのような選択肢のない選択を迫る。「危機の時代にこそ統合が進展する」とはよく使われる言葉であるが、それは故のないことではない。

 

とはいえ、その挑戦がうまくゆくかどうかはいまだ不透明である。10月15日に開催された欧州理事会で、首脳たちはトルコとの行動計画に合意し、金銭的支援やトルコからEUへのビザの自由化、トルコのEU加盟交渉の再活性化などの約束と引き換えにトルコへ国境管理への協力を求めた。しかしこれは大枠の合意であって、その内容には今後確定されるべき部分も多い。

 

また、この理事会では国境管理の強化が改めて確認された一方で、欧州委員会の提案したEU域内での難民の再配分メカニズムの設置については特に中東欧からの反発が強く、合意が見送られた。メルケル首相は会議を「生産的だった」と形容したものの、難民の負担配分という部分では根本的な見直しには程遠い内容ともなった。

 

しかし一国での行動が危機を解決するわけではない。10月16日、ハンガリーがセルビアとの国境につづきクロアチアとの隣接国境もフェンスによって閉鎖した。今後しばらく難民の流れはクロアチアを通過し、人口200万人ほどのスロヴェニアからシェンゲンへ入ることとなるだろう。スロヴェニアはドイツやオーストリアが難民を受け入れる限りは国境を開き続ける方針だが、この事例は南東欧諸国の国境管理の機能不全が、究極的にはそのまま難民の大部分を受け入れるドイツやその他一部の北西欧諸国の負担となることを示しており、ドイツが欧州委員会の再配分案を支持する背景にはこのような考えがある。

 

この危機の中、果たしてEUは国家間の利害対立を調停し、人道主義の理念と受け入れの現実とを長期的に均衡させる域外国境の在り方を見つけてゆけるのか。その挑戦の行方を今後も見守り続ける必要があろう。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

・打浪文子「知的障害のある人たちと「ことば」」

・照山絢子「発達障害を文化人類学する」
・野口晃菜「こうすれば「インクルーシブ教育」はもっとよくなる」
・戸谷洋志「トランスヒューマニズムと責任ある想像力」
・濵田江里子「「社会への投資」から考える日本の雇用と社会保障制度」
・山本章子「学びなおしの5冊 「沖縄」とは何か――空間と時間から問いなおす」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(6)――設立準備期、郵政民営化選挙後」