大規模農場の建設ラッシュと牧畜民のくらし――エチオピアにおけるランド・グラブの現在

牧畜と商業農場の収益率

 

そもそも農場経営が軌道にのったとして、政府や企業が見込んでいるような経済的利益を得ることができるのだろうか。最近稼働を始めたばかりの農場からはそれを検討するだけのデータが集まっていないが、過去につくられた大規模農場のデータを分析することはできる。

 

エチオピア北東部のアワシュ川中流域の土地は、もともとアファールという牧畜民が放牧地や水場として利用していたが、1960年代から外国企業により複数の灌漑農場が整備され、サトウキビや綿花が栽培されるようになった。この地域における牧畜と商業農場の2000~2009年の収益率を比較してみると、牧畜による家畜生産の収益率は綿花生産よりつねに高く、サトウキビ生産に対しても多くの年で数値が上回っている。サトウキビ栽培が進められているのは全国でも有数の収益率を誇る農場であるにもかかわらず、である(Behnke and Kerven 2013)。

 

 

私の調査村の近くにつくられた綿花農場。周囲にくらす牧畜民からは、綿花には多量の農薬がまかれるため、その葉や茎を食べた家畜が病気になったり死亡したりしているとの話を聞いた。

私の調査村の近くにつくられた綿花農場。周囲にくらす牧畜民からは、綿花には多量の農薬がまかれるため、その葉や茎を食べた家畜が病気になったり死亡したりしているとの話を聞いた。

 

 

つまり、世帯レベルで小規模に営まれてきた牧畜は、政府が多大な補助金を供与しながら進める大規模農場より「生産的」な年が多いということだ。この結論はやや意外かもしれないが、農場には不可欠な農薬などの投入財や設備維持費が牧畜にはあまり必要ないこと、都市化の進展により食肉やミルクへの需要が急激に高まり価格も上昇していることを考えれば、納得できる。仮に農場を支援するのと同程度の予算を、家畜市場や家畜生産物加工場の整備、獣医師の増員や家畜薬購入のための補助金などに向ければ、牧畜が国家経済へ貢献する度合いはますます高まるだろう。

 

この1~2年のあいだに、大規模な農場経営の持続性に疑問符を投げかける事態も発生している。私が調査対象としている地域では、耕作の失敗や機械類の故障によって、国内企業と外国企業が2013年と2014年に農場経営から撤退した。またエチオピア西部のガンベラ州では、10万haの土地を取得しランド・グラブの象徴的事例とされてきたインド企業の資金繰りが悪化し、2014年に債権者により抵当権の実行がなされた(The Reporter.2014年6月7日付記事)。

 

問題はこのようなデータの提示や事実の推移を受けても、牧畜地域の大規模農場化を変更しようとする動きが政府にみられない点である。この背景に作用している非経済的な要因を一点だけあげれば、エチオピアのマジョリティに共有された「牧畜は時代遅れの生業であり、定住化をして農業に従事することが近代化へ向かう正しい道である」という認識である。

 

エチオピアの政権中枢を担ってきた集団は、いずれも定住農耕を長年続けてきた人びとである。「文明は牧畜からではなく農耕から発生した」という政府要人の発言には(Ecologist. 2012年5月3日付記事)、牧畜を営む人びとを蔑視するマジョリティの考えが集約的に示されている。

 

 

農場開発のこれから

 

エチオピアの牧畜地域の多くは、しばしば食料援助の対象地域となっており、今後の人口増加なども考えれば、地域の食料生産や流通事情を改善するための対策が必要なことはたしかだろう。本来は、人びとが長年続けてきた牧畜への適切な支援を進めることが最善の道だが、上述したとおり現状ではそれが実現される可能性は乏しい。そのため地域の将来を考える際には、農場開発がいかに地域住民にとって好ましい事業となりうるのかという観点から考察を進めざるを得ない。

 

この点についても、すでに農場がつくられて年数を重ねた他地域の事例が参考になる。エチオピア南部に1990年代初頭につくられた綿花農場は、当初は地域住民のつよい反発を招き、政府や農場に対する叛乱も発生した。だが、2000年代後半の追跡調査によれば、住民のなかには農場と比較的良好な関係を築いている人たちもでてきた。

 

たとえば、農場に雇用された人や農場が提供した灌漑農地を耕作している人、灌漑用水路を家畜の水場に利用している人たちなどである。また農場開設にともない建設された町は、人びとに短期の賃労働や小規模な交易など多様な生計手段を与えているという(宮脇 2012)。住民からの要求に適切な対応を取れば、農場開発は住民の生活選択の幅を広げる可能性も内包していることを、この事例は示していよう。

 

本論で取り上げた農場から離職した人たちの不満は、農場が建設されたこと自体にではなく、農場での給料や待遇の悪さに向けられていた。住民が仕事をやめていく理由を尋ねた際、農場主は「牧畜民は牧畜以外の仕事には向かないのだ」と話していたが、そのような「文化的な理由」に問題を還元するべきではないだろう。しかるべき労働条件が整った職場でかつての牧畜民が賃労働に従事している例はいくらでもある。むしろ、地域住民を牧畜という「遅れた」生業に従事してきた人びととして見下し、適切な労働機会を与えようとしない農場側の「文化的な理由」に依拠した態度こそが改められなければならない。

 

問題は山積しているが、まずは「投資家向けの土地」とされた土地がどのように利用されてきたのかを精査し、農場に流用する場合には住民に情報公開と説明を尽くし、補償の支払いを適切に進める必要があることはいうまでもない。

 

同時に、稼働を始めた農場が地域住民といかなる関係が取り結んでいるのかに注意を払うことも重要だ。契約締結後の企業による農場開発への取り組みが鈍いため、エチオピア政府は事業の進展度合いを査定するモニタリングを開始した(Keeley et al. 2014)。だが事業を真の意味での地域開発につなげるためには、各農場が地域住民への雇用提供や技術移転などにどれほど真剣に取り組み成果をあげているのかをモニタリングすることも、政府が負うべき最低限の義務として位置づけられるべきである。

 

 

参考文献

・宮脇幸生 (2012)「プランテーション空間と農牧民の生存戦術」『人間科学』7: 133-186.

・Anseeuw, W., L. A. Wily, L. Cotula and M. Taylor. (2012) Land Rights and the Rush for Land. ILC.

・Behnke, R and C. Kerven (2013) Counting the costs. In A. Catley et al., (eds.) Pastoralism and Development in Africa, pp.57-70. Routledge.

・Keeley, J., W. Michago, S. A. Eid and A. L. Kidewa (2014) Large-scale Land Deals in Ethiopia. IIED.

・Shete, M. and M. Rutten (2015) Large-scale land acquisitions in Ethiopia. In R. Hall, I. Scoones and D. Tsikata (eds.), Africa’s Land Rush, pp. 65-82. James Currey.

 

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