ロシアのWTO加盟問題の政治化とジレンマ  

関税同盟とWTO

 

しかし、ロシアはロシアで複雑な動きをみせている。

 

7月1日には、ロシアとカザフスタン、ベラルーシの3ヶ国の国境で税関検査が廃止された。それについて、プーチン首相は、ソ連崩壊(1991年)後、旧ソ連域内での最大の出来事だと強調しているという。ロシアとカザフスタン、ベラルーシは、ロシアの主導で2010年7月に関税同盟を発足させていたが、税関検査の廃止により経済統合が本格化したかたちだ。なお、今後、キルギスとタジキスタンの関税同盟の加盟も検討されているほか、メドヴェージェフは共通通貨の導入にも意欲をもっているという。

 

そうしたなか、プーチンは「WTOに関税同盟として加盟したい」という考えをもっているという。しかし、そうなるとロシアのWTO加盟問題はさらなる複雑さを帯びることは間違いない。

 

なぜなら、関税同盟を発足させるプロセスのなかで、ロシア、ベラルーシ、カザフスタンは「関税同盟としてではなく、各国が個別に」WTOと加盟交渉を行うことで合意していたからだ。2009年6月に三国は一度「関税同盟」としてWTO加盟を目指す意向を示したが、同年10月に、各国が個別にアプローチするほうが、交渉を柔軟に進められるとして立場を変更していたのである。

 

しかも、本稿では詳述を避けるが、ベラルーシは今年5月24日に通貨の切り下げ(デノミ)を行ない、危機的な経済の混乱と悪化が発生し、6月半ばからは国民の抗議行動が拡大している(ただし、民衆はプラカードをもったり、何かを叫んだりということは一切せず、ただ歩きながら定期的に手をたたき、道行く車が呼応してクラクションを鳴らすという「無言」の抗議である)。国民に対する政府の弾圧も高まっており、政治経済ともに混迷を極めている。そのようなベラルーシとWTO加盟問題で運命を共にする決断を最近したというプーチンの考えには疑問をもたざるを得ない。

 

 

ロシアの立場は?

 

それではロシア自身のスタンスはどうなのだろうか。

 

まず、ロシア側は自国の加盟の準備は整っているが、米国側がそれを受け入れる体制を準備していないという主張をもっているようだ。

 

たとえば6月9日に、プーチン首相は関税同盟の問題など、ロシアはWTO加盟に関する懸念がすべて解決し、すでに多角交渉による文書制定の段階に入ったと表明した。なお、プーチンは、ロシアがWTOに加盟したとしても、そのことがロシア市場の完全開放を意味するわけではなく、ロシアは特殊分野では高関税による保護をつづけるとも発言し、WTOの精神に反する反ダンピング措置や補助金政策などを維持する可能性があることも述べた。その一方、ロシアの法律はほとんどがWTOの原則と基準に合致しており、不必要な行政的障壁の取り消しと魅力ある投資環境の構築に役立つとも述べているが、これらの発言に関しては、ロシアのWTO加盟準備が整っていないとみる向きもあるだろう。

 

他方、6月17日に、メドヴェージェフ大統領はサンクトペテルブルグで行われた「国際経済フォーラム」で演説し、WTO加盟問題について「不利な条件の下では加盟しない」と述べ、米国などへのいら立ちを示した。メドヴェージェフは、米国などとの政治的ゲームが再発しなければ、ロシアのWTO加盟の年内(2011年末まで)実現は可能な目標であるのだが、ロシアは多くの譲歩を迫られており、そのようなやり方は受け入れられないと発言したのである。

 

じつは、ロシアはアメリカとの二国間交渉も決着しておらず、ロシアはロシアで「リセット」後に、欧米が進める欧州ミサイル防衛(MD)計画やイラン核問題での譲歩もしていることから、本件では米国に対する譲歩は避けたいところだ。つまり、本件について、ロシアは対米姿勢を硬化させ、自国の外交カードとしての意味を強くもたせはじめたのである。

 

 

ロシアの力不足の点も

 

このように、対外的には強気であるが、ロシアの加盟準備はまだ整っていないという意見もある。ロシアには、まだ市場経済に関する専門家や法律家、WTO関連での問題を解決できる専門家が十分に育っておらず、WTOに見合う水準での経済活動が行なわれていないだけでない。プーチンが開き直っている部分でもあるが、保護主義が根強く残っている。

 

WTOに加盟した場合は、ロシアの保護主義に対する風当たりは強くなり、少なくとも現状のやり方を維持することは難しい。そうなると、天然資源の輸出に多くを依存してきたロシアの今後の経済戦略にも大きな変更が迫られるだろう。関税同盟の意味も当然、空虚になってくる。

 

このように、ロシアのWTO加盟問題は、米国やグルジアとのあいだで政治問題化する一方、ロシア自身の政治的、経済的ジレンマもあり、一筋縄には進みそうもない。欧米や周辺国の動きもあわせた今後の動向が注目される。

 

 

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