これからのマサイが生きる道とは?――マサイ・オリンピックの理想と現実

世界に伝えられない現場の問題

 

このように、マサイ・オリンピックをめぐって主催組織である動物保護NGOから発信される情報には、それを発信する者の思惑が働いている。しかし、それと同じかそれ以上に大きな問題に思われるのは、野生動物にかんしてマサイが支援を強く求めている問題があるのにもかかわらず、それがメディアによって伝えられていないという現実である。その問題とはすなわち、野生動物と共存する際に避けられない害や危険性のことである。

 

多くのアフリカ諸国と同様、ケニアでも野生動物は保護区の中だけで暮らしているわけではない。野生動物は保護区の周囲に暮らす人間の生活圏に現れ、時に深刻な被害をもたらす。アンボセリ地域の場合、数人とはいえ毎年何人かの人間が、保護区の外に出てきた野生動物に襲われて死亡している。また、家畜や畑の被害はより広範に起きている。そのため、住民は政府機関やNGOなどに対して、再三にわたって被害への対策や補償を要求している。だが、多くの場合、それは無視ないし黙殺されている。

 

 

集落から数10メートルの距離に現れたゾウ。この時は集落の男性が地面に落ちていた木の枝を何本も投げるなどして追い払っていた。

集落から数10メートルの距離に現れたゾウ。この時は集落の男性が地面に落ちていた木の枝を何本も投げるなどして追い払っていた。

 

 

たしかに、人や家畜が野生動物に襲われる問題は昔からあった(アンボセリ地域で農耕が広まったのは20世紀後半なので、農作物被害だけは事情がやや異なる)。ただ、狩猟が全面的に禁止されて厳しい取り締まりが行なわれている現在とは違い、狩猟を行なうことができた過去であれば、マサイは危険な野生動物を追い払ったり殺したりしていた。また、家畜を放牧に連れ出したり水汲みや薪拾いに出かけたりする時には、人々は危険な野生動物と遭遇することがないように気をつけていた。つまり、マサイと野生動物はたがいに相手を攻撃することがあったけれども、それと同時に相手の攻撃を受けないよう避けることをしながら、サバンナの土地で歴史的に共存してきたのである。

 

また、マサイ社会では伝統的に、男性は未成人の「少年」、成人ではあるけれども結婚は認められない「青年」、結婚し世帯を構えることができる「長老」の3つのカテゴリーに大別されてきた。「戦士」という言葉は青年を指して使われるのだけれども、伝統的なマサイ社会における青年の役割は、地域の治安を維持することだった。自らの男らしさを証明するために青年がライオンを狩猟することもあったが、「昔は野生動物を殺すことができたから一緒に住めた」「狩猟を止めたら、野生動物はマサイを恐れなくなってより攻撃的になった」と長老が言うように、マサイが野生動物を殺す理由としては、それによって生命や生活を脅かされることを防ぐ意図もあったのである。

 

 

集落のすぐ近くに現れたシマウマ。シマウマのような草食動物であれば、マサイも追い払ったり避けたりすることはない。

集落のすぐ近くに現れたシマウマ。シマウマのような草食動物であれば、マサイも追い払ったり避けたりすることはない。

 

 

ビッグ・ライフ・ファウンデーションは、マサイの戦士は今では狩猟を放棄し、これからは野生動物を保護しながら平和に共存していくつもりだという。それは現場を知らない野生動物の愛好家からすれば、非常に好ましいストーリーと言えるだろう。しかし、その中からは、マサイと野生動物の歴史的な共存に狩猟が果たしてきた役割や、野生動物との共存が昔も今も命の危険を伴うこと、そして、今現在も多くのマサイが危険な野生動物との共存に否定的である現実が抜け落ちている。

 

 

戦士にとってのマサイ・オリンピックの意味

 

メディアの取材を受けた選手たちは大抵、マサイ・オリンピックは素晴らしい取り組みだと称賛する。公式ウェブ・サイトに紹介されている戦士の言葉のように、マサイ・オリンピックが地域社会に利益をもたらすこと、野生動物の保護は大切なこと、自分たちはマサイ・オリンピックを楽しんでいることなどを説明する。しかし、それだからといって、彼らがビッグ・ライフ・ファウンデーションと同じ考えに立ち、野生動物との現在の関係を受け入れているわけではない。

 

 

ケニア国内のテレビ局の取材を受ける戦士たち。こうした機会に戦士が語る内容は、基本的にマサイ・オリンピックを肯定する内容である。

ケニア国内のテレビ局の取材を受ける戦士たち。こうした機会に戦士が語る内容は、基本的にマサイ・オリンピックを肯定する内容である。

 

 

アンボセリ地域のマサイの戦士を束ねるリーダーにわたしが初めて会ったのは、第2回大会の数日前だった。その時、彼は「マサイ・オリンピックは素晴らしい」と言っていた。しかし、その後に交流を深める中で彼は、「戦士がマサイ・オリンピックに参加する一番の理由は賞金だ」と言い、「オリンピックが終わった後で受賞者がメダルを身に着けている姿は見たことがないし、どこにあるのかも知らない。メダルには価値がないし子どもの遊び道具にでもなっているのかもしれない」「メダルをもらうよりもその分だけ賞金を増やしてもらうほうがみんな喜ぶだろう」と説明してくれた。

 

また、過去2回のマサイ・オリンピックを連覇したチームの戦士たちは、両大会後にスポンサーNGOのオフィスを訪れ、「これでは紅茶も飲めないし、何の役にも立たない」と言って、記念すべき優勝トロフィーを現金で買い取るよう求めたという。かつて、ライオン狩猟に成功した戦士は獲物のたてがみを持ち帰った。それに代わる新たな名誉の証として用意されたメダルやトロフィーだが、戦士たちはそれらに価値を見出していないことになる。

 

 

トロフィーを笑顔でかざす優勝チームの戦士たち(第2回大会時)。この翌日には、トロフィーの買い取りを求めてスポンサーNGOのオフィスを訪れたという。

トロフィーを笑顔でかざす優勝チームの戦士たち(第2回大会時)。この翌日には、トロフィーの買い取りを求めてスポンサーNGOのオフィスを訪れたという。

 

 

とはいえ、マサイの戦士がマサイ・オリンピックに金銭的な価値しか認めていないというわけではない。賞金を得られるかどうかは別にして、スポーツを通じた競争と交流をたしかに楽しんでいた。また、メダルやトロフィーに見向きもしないからといって、伝統的な生き方を変える必要がないと思っているわけでもない。

 

そもそも、1991年生まれの現在の戦士のリーダーは、地域で初めてとなる学校に通うリーダーである。伝統的に戦士のリーダーは、戦士たちが親元を離れて共同生活を送る集落に暮らすものだった。しかし、町の近くの中学校に通っている現在のリーダーは、普段は集落を留守にしている。何か問題が起きてもすぐには対応できないのに、戦士と長老とが集まって話し合う中で彼がリーダーに選ばれたのは、家柄や人柄のよさといった伝統的な理由に加えて、学校教育を受けている上に向学心が強いという現代的な理由からだった。彼のような人物こそが、これからのマサイ社会のリーダーに相応しいと合意されたのだ。

 

そんなリーダーは、伝統的な通過儀礼は残すべきだという一方で、マサイ社会を取り巻く環境は大きく変わっているので、すべての戦士は学校に通って教育を受けるべきだと言う。また、野生動物を殺さない代わりに政府やNGOから奨学金や補償金をもらっている上に、野生動物は国にとって大切な観光資源なのだから、狩猟はするべきではないと言う。ただ、野生動物が人や家畜、畑を襲うことは深刻な問題だと言い、依然として被害が続発している現状を是認しているわけではない。伝統をかたくなに保持するわけでもなければ、伝統をすべて捨て去るわけでもなく、新しい知識や開発、援助などを積極的に取り入れながら、大切と思う伝統を守っていこうとしているのである。

 

 

首都ナイロビで開かれたシンポジウムで、マサイの伝統文化とマサイ・オリンピックの意義について英語で発表をする戦士のリーダー。

首都ナイロビで開かれたシンポジウムで、マサイの伝統文化とマサイ・オリンピックの意義について英語で発表をする戦士のリーダー。

 

 

おわりに

 

マサイ・オリンピックはマサイの戦士に対して、「保全の道」という新たな生き方を提示している。それは「コミュニティ主体」の動物保護の理念を踏まえたものだが、戦士による狩猟を問題視するばかりで、地域で深刻化する野生動物の害を等閑視しているために大多数の住民の共感は得られていない。

 

その一方で、現代のマサイの戦士は学校に通う人物を自分たちのリーダーに選ぶなど、これまでとは違う生き方を実践するようになっている。マサイ・オリンピックが具体的に提示する生き方には賛成できないけれど、時代に応じて伝統を変えていくことが必要だと考える点では一致している。彼らがメディアの取材に対してマサイ・オリンピックを肯定的に評価するのも、そうすることが外部援助者を満足させ、その結果としてさらなる支援につながる可能性があることを理解しているからだと考えられる。

 

もっとも、戦士のリーダーは現在のマサイ・オリンピックのやり方に批判的でもある。ビッグ・ライフ・ファウンデーションが自分たちを利用して、莫大な利益を上げて(独占して)いるのではないかと疑っているのだ。そして、そうした状況を打破するため、マサイの伝統文化やこれからの戦士の生き方についてビッグ・ライフ・ファウンデーションに語らせるのではなく、自分たちが表舞台に出て、自分たちの言葉で外の世界の人々に向けて語っていくべきだと考えている。情報発信にしても大会運営にしても、ビッグ・ライフ・ファウンデーションに任せるのではなく、自分たちの手で行なっていこうというのである。

 

これまで、マサイ・オリンピックの場でマサイの戦士が公式のスピーチをする機会はなかった。あくまでマイクを握ってきたのは、主催組織やスポンサー、来賓の有名人や政治家だった。はたして、今年(2016年)の12月に予定されている第3回大会で、戦士がマイクを握ることができるのかは分からない。ただ、文字通りに自分たちが企画の主体となろうとする戦士の行動によって、マサイ・オリンピックのあり方もきっと変わっていくことになるだろう。

 

 

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