TPP(環太平洋パートナーシップ協定)が投げかける「古くて新しい課題」  

TTPをめぐる三つの試算

 

10月27日、政府はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に日本が参加した場合の経済効果について、内閣府、農水省、経済産業省による試算結果を提示した。これらの試算は今後日本がTPPに参加する、もしくは参加しない場合の影響を試算したものという意味では共通しているが、試算内容や対象という点では共通しておらず、三つの試算を一律に比較することは困難である。

 

報道によれば、米倉日本経団連会長は、経済効果試算が各省で異なっていることについて、「日本は縦割りで、国益、国民の生活を考えずに省益ばかりを考えているということで、本当に情けない」と批判したとのことだ。

 

確かにそうした側面もあるのかもしれない。だが本来重要なのは、試算結果がバラバラであることを慨嘆するのではなく、各試算の特徴・対象を明らかにした上で、TPP等の自由貿易協定について日本が今後どのようなかたちで向きあうべきなのか、必要な政策は何なのかを判断する材料とすることだろう。

 

本稿および次稿の2回にわたってTPPの是非につき上記の試算をもとに考えてみようと思うが、本稿では自由貿易協定(FTA/EPA)およびAPEC、TPPについて概説しながら、TPPが日本の通商政策に突きつけているものとは何かを明らかにしてみよう。

 

 

自由貿易協定の現状

 

本題に入る前に、まず自由貿易協定(本稿ではFTAもしくはEPA、以下FTA/EPAと略称)について、三つの観点から整理を行いつつ、自由貿易協定の現状についてみておこう。

 

ひとつ目の観点は、「地域経済統合」の視点から自由貿易協定を捉えるというものだ。地域経済統合とは、統合の度合いに応じて自由貿易地域、関税同盟、共同市場、経済共同体の4つに区分することができる。

 

自由貿易地域(free trade area)とは、参加国相互の貿易にかかる障壁(具体的には関税に加えて数量規制、国内特定業者に対するライセンス優遇といった独占的措置、規格や検査・認証といった制度を設けて輸入・通関にハードルを設ける技術的措置といった非関税障壁に分かれる)を完全に自由化する(ゼロにする)が、域外国に対しては各国独自の貿易障壁を設定するというものであり、もっとも統合度合いの低い地域経済統合として位置づけられている。たとえばNAFTA(北米自由貿易地域)やAFTA(ASEAN自由貿易地域)といったものが該当する。

 

2番目の関税同盟は、域外国に対して共通の貿易障壁を設定するという点が自由貿易地域と異なる。そして3番目の共同市場とは、貿易のみならず労働や資本を含む生産要素の国際間移動を自由にするというものである。最後に経済共同体とは、以上の3つの統合に加えて、経済関連機関の統合を含むものである。通貨単位の統一を含む場合は通貨共同体と呼ばれるが、EUがこの通貨共同体に該当する。

 

自由貿易協定をこのひとつ目の観点にもとづいて定義すれば、4つに区分される「地域経済統合」のうちで、自由貿易地域を成立させるために2ヶ国以上の国および地域の間で結ばれる協定のことを、自由貿易協定と呼ぶわけだ(図表1)。

 

 

図表1 地域経済統合の視点から見た自由貿易協定

図表1 地域経済統合の視点から見た自由貿易協定

 

 

では、この自由貿易協定に含まれる要素とは何だろうか。これがふたつ目の観点である。自由貿易協定はFTA(Free Trade Agreement)を指すが、これは自動車や食料といった物品の自由化に加えて、金融・保険・医療といったサービス貿易の自由化を含んだ協定である。

 

一方、政府が諸外国との自由貿易協定の際に念頭においているのは、経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)である。これはモノやサービスの貿易の自由化に加えて、税関手続きの簡素化といった貿易の円滑化、人の移動の促進、投資の自由化、反競争的行為の規制や政府調達、知的財産、エネルギー、環境、電子商取引、国家間の紛争解決、ビジネス環境の整備に関するルールの明確化といった要素が盛り込まれている。

 

過去締結された協定は、経済連携協定(EPA)と呼称されているが、貿易の自由化に留まらない協定という意味合い・内容が付されているというわけだ。

 

最後、三つ目の観点は、国際通商政策の手段として考えた際の自由貿易協定の位置づけについてである。国際通商政策における手段としては、一方的措置、二国間交渉、地域経済統合、多角的交渉の四つがある。一方的措置とはアンチ・ダンピング措置といった、当該国が単独で貿易相手国に対して行う通商政策である。二国間交渉は、2国間の協議を通じてなされる通商政策であり、多角的交渉はGATT=WTOといった枠組みを指す。

 

WTOドーハ・ラウンド交渉の行方が不透明というように、多角的交渉が頓挫するなかで、地域経済統合の位置づけは拡大しているが、日本は多角的交渉を主体に通商政策を行ってきたこともあって対応が遅れている。

 

WTOに通報され、かつ発効している地域貿易協定をジェトロがまとめた資料によれば、2010年1月1日時点のFTA件数(日本のEPA含む)は、計180件であり、90年代以降FTAの発効件数は急増している状況である(図表2)。図表からは00年以降にアジア太平洋地域のFTA発効件数が急増していることが読みとれる。

 

 

図表2 FTA発効件数の推移 注:地域区分はジェトロ資料に沿っている。 出所:世界のFTA一覧(http://www.jetro.go.jp/theme/wto-fta/column/pdf/055.pdf)

図表2 FTA発効件数の推移
注:地域区分はジェトロ資料に沿っている。
出所:世界のFTA一覧(http://www.jetro.go.jp/theme/wto-fta/column/pdf/055.pdf

 

 

日本初のFTA/EPAは、2002年11月に発効されたシンガポールとのFTA/EPAであり、以降、メキシコ、マレーシア、チリ、タイ、インドネシア、ブルネイ、ASEAN、フィリピン、スイス、ベトナムの10ヶ国・地域との間のFTA/EPAを発効している。そしてインド、韓国、GCC(湾岸協力理事会:アラブ首長国連合、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、バーレーン)、オーストラリア、ペルーの5カ国・地域と交渉を行っているのが現状である。

 

ただし、日本のFTA/EPAは十分なものとはいえない。FTA/EPAを締結することによる貿易のメリットは、貿易額が大きい相手国と締結することでより拡大するが、日本の主要貿易相手国である中国、米国、EUとの間では、FTA/EPAの締結を前提としたプロセスを開始できていない。

 

その結果もあって、日本のFTA比率(貿易総額に占めるFTA締結国との貿易額の比率)は16%と、EU(76%:域内貿易含む、30%:域外貿易のみ)、米国(38%)、韓国(36%)、中国(21%)と比較しても少ない水準に留まっている状況である。

 

政府は、11月9日に「包括的経済連携に関する基本方針」を閣議決定し、日本の貿易投資環境の他国に対する遅れによる雇用機会の将来的な喪失や、将来に向けての成長・発展基盤の再構築を図るために、現在交渉中および研究段階の広域経済連携の早期推進を掲げているが、早期に成果をあげる必要があるのは言をまたない。問題はいかに実現するかだろう。

 

 

 

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