2010.11.10

TPP(環太平洋パートナーシップ協定)が投げかける「古くて新しい課題」  

片岡剛士 応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

国際 #EPA#ドーハ・ラウンド#APEC#TPP#包括的経済連携に関する検討状況#EU#自由貿易協定#自由貿易地域#NAFTA#AFTA#関税同盟#FTA

TTPをめぐる三つの試算

10月27日、政府はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に日本が参加した場合の経済効果について、内閣府、農水省、経済産業省による試算結果を提示した。これらの試算は今後日本がTPPに参加する、もしくは参加しない場合の影響を試算したものという意味では共通しているが、試算内容や対象という点では共通しておらず、三つの試算を一律に比較することは困難である。

報道によれば、米倉日本経団連会長は、経済効果試算が各省で異なっていることについて、「日本は縦割りで、国益、国民の生活を考えずに省益ばかりを考えているということで、本当に情けない」と批判したとのことだ。

確かにそうした側面もあるのかもしれない。だが本来重要なのは、試算結果がバラバラであることを慨嘆するのではなく、各試算の特徴・対象を明らかにした上で、TPP等の自由貿易協定について日本が今後どのようなかたちで向きあうべきなのか、必要な政策は何なのかを判断する材料とすることだろう。

本稿および次稿の2回にわたってTPPの是非につき上記の試算をもとに考えてみようと思うが、本稿では自由貿易協定(FTA/EPA)およびAPEC、TPPについて概説しながら、TPPが日本の通商政策に突きつけているものとは何かを明らかにしてみよう。

自由貿易協定の現状

本題に入る前に、まず自由貿易協定(本稿ではFTAもしくはEPA、以下FTA/EPAと略称)について、三つの観点から整理を行いつつ、自由貿易協定の現状についてみておこう。

ひとつ目の観点は、「地域経済統合」の視点から自由貿易協定を捉えるというものだ。地域経済統合とは、統合の度合いに応じて自由貿易地域、関税同盟、共同市場、経済共同体の4つに区分することができる。

自由貿易地域(free trade area)とは、参加国相互の貿易にかかる障壁(具体的には関税に加えて数量規制、国内特定業者に対するライセンス優遇といった独占的措置、規格や検査・認証といった制度を設けて輸入・通関にハードルを設ける技術的措置といった非関税障壁に分かれる)を完全に自由化する(ゼロにする)が、域外国に対しては各国独自の貿易障壁を設定するというものであり、もっとも統合度合いの低い地域経済統合として位置づけられている。たとえばNAFTA(北米自由貿易地域)やAFTA(ASEAN自由貿易地域)といったものが該当する。

2番目の関税同盟は、域外国に対して共通の貿易障壁を設定するという点が自由貿易地域と異なる。そして3番目の共同市場とは、貿易のみならず労働や資本を含む生産要素の国際間移動を自由にするというものである。最後に経済共同体とは、以上の3つの統合に加えて、経済関連機関の統合を含むものである。通貨単位の統一を含む場合は通貨共同体と呼ばれるが、EUがこの通貨共同体に該当する。

自由貿易協定をこのひとつ目の観点にもとづいて定義すれば、4つに区分される「地域経済統合」のうちで、自由貿易地域を成立させるために2ヶ国以上の国および地域の間で結ばれる協定のことを、自由貿易協定と呼ぶわけだ(図表1)。

図表1 地域経済統合の視点から見た自由貿易協定
図表1 地域経済統合の視点から見た自由貿易協定

では、この自由貿易協定に含まれる要素とは何だろうか。これがふたつ目の観点である。自由貿易協定はFTA(Free Trade Agreement)を指すが、これは自動車や食料といった物品の自由化に加えて、金融・保険・医療といったサービス貿易の自由化を含んだ協定である。

一方、政府が諸外国との自由貿易協定の際に念頭においているのは、経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)である。これはモノやサービスの貿易の自由化に加えて、税関手続きの簡素化といった貿易の円滑化、人の移動の促進、投資の自由化、反競争的行為の規制や政府調達、知的財産、エネルギー、環境、電子商取引、国家間の紛争解決、ビジネス環境の整備に関するルールの明確化といった要素が盛り込まれている。

過去締結された協定は、経済連携協定(EPA)と呼称されているが、貿易の自由化に留まらない協定という意味合い・内容が付されているというわけだ。

最後、三つ目の観点は、国際通商政策の手段として考えた際の自由貿易協定の位置づけについてである。国際通商政策における手段としては、一方的措置、二国間交渉、地域経済統合、多角的交渉の四つがある。一方的措置とはアンチ・ダンピング措置といった、当該国が単独で貿易相手国に対して行う通商政策である。二国間交渉は、2国間の協議を通じてなされる通商政策であり、多角的交渉はGATT=WTOといった枠組みを指す。

WTOドーハ・ラウンド交渉の行方が不透明というように、多角的交渉が頓挫するなかで、地域経済統合の位置づけは拡大しているが、日本は多角的交渉を主体に通商政策を行ってきたこともあって対応が遅れている。

WTOに通報され、かつ発効している地域貿易協定をジェトロがまとめた資料によれば、2010年1月1日時点のFTA件数(日本のEPA含む)は、計180件であり、90年代以降FTAの発効件数は急増している状況である(図表2)。図表からは00年以降にアジア太平洋地域のFTA発効件数が急増していることが読みとれる。

図表2 FTA発効件数の推移 注:地域区分はジェトロ資料に沿っている。 出所:世界のFTA一覧(http://www.jetro.go.jp/theme/wto-fta/column/pdf/055.pdf

日本初のFTA/EPAは、2002年11月に発効されたシンガポールとのFTA/EPAであり、以降、メキシコ、マレーシア、チリ、タイ、インドネシア、ブルネイ、ASEAN、フィリピン、スイス、ベトナムの10ヶ国・地域との間のFTA/EPAを発効している。そしてインド、韓国、GCC(湾岸協力理事会:アラブ首長国連合、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、バーレーン)、オーストラリア、ペルーの5カ国・地域と交渉を行っているのが現状である。

ただし、日本のFTA/EPAは十分なものとはいえない。FTA/EPAを締結することによる貿易のメリットは、貿易額が大きい相手国と締結することでより拡大するが、日本の主要貿易相手国である中国、米国、EUとの間では、FTA/EPAの締結を前提としたプロセスを開始できていない。

その結果もあって、日本のFTA比率(貿易総額に占めるFTA締結国との貿易額の比率)は16%と、EU(76%:域内貿易含む、30%:域外貿易のみ)、米国(38%)、韓国(36%)、中国(21%)と比較しても少ない水準に留まっている状況である。

政府は、11月9日に「包括的経済連携に関する基本方針」を閣議決定し、日本の貿易投資環境の他国に対する遅れによる雇用機会の将来的な喪失や、将来に向けての成長・発展基盤の再構築を図るために、現在交渉中および研究段階の広域経済連携の早期推進を掲げているが、早期に成果をあげる必要があるのは言をまたない。問題はいかに実現するかだろう。

APECとTPP

つぎに報道でも取り上げられているTPPについてふれよう。TPPとは環太平洋連携協定(Trans-Pacific Partnership)の略であり、元々はシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイによる経済連携協定(通称P4:Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)として06年に批准された協定を端緒としている。

10年3月に、4カ国に加えて米国、豪州、ペルー、ベトナムを加えた8カ国でTPPとして交渉が開始され、さらにマレーシアが10年10月の会合で参加して9カ国となった。このTPP交渉が重要であるのは、それがAPECにおける課題と今後に関係しているためである。

APECはアジア太平洋経済協力会議(Asia-Pacific Economic Cooperation)の略称であり、貿易・投資の自由化・円滑化および経済・技術協力を推進することで、アジア太平洋地域に自由で開かれた貿易・投資地域を創出し、同地域や世界経済の成長に貢献することを目標としている。

そしてこの目標を達成するための手段は、WTOのように法的拘束力を伴う交渉・協定・条約に依存するのではなく、各メンバーの自主性に委ねられている。さらに、APECにより実施された自由化措置を、非メンバーにも適用するという最恵国待遇を採用している。

つまり、自由貿易協定(FTA/EPA)は、域外国に対しては域内国と異なる貿易障壁が適用されるという差別的要素を持ち、かつ法的拘束力のある協定を有しているが、APECは無差別、非拘束、自主性という行動規範を有することが特徴だということだ。

だがAPECのもつ特徴は課題もはらんでいる。貿易自由化は資源配分の効率化を通じて経済成長を促進させる効果をもつが、比較劣位にある財・産業に対しては短期的に輸入が増加することで、該当財・産業の国内生産の抑制、雇用悪化をもたらす可能性が高い。

害を被る人びとは、政治的圧力を用いて自由化を阻止しようとするため自主的な自由化は難しくなる。自主性に頼ると自由化が進まない現状のなかで、APECの一部の国々では、自由化に関して同様の考え方をもつ国々のあいだでFTAを締結する動きが進むようになり、実際、NAFTA、AFTA、ASEAN・日本FTA、ASEAN・韓国FTA、ASEAN・中国FTAといったFTAが締結された。TPPも以上のような流れの一貫として位置づけられる。

さまざまなFTAの締結が進むと、貿易制度が複雑化することで貿易が抑制される(スパゲティ・ボール現象)可能性が高まるため、これらのFTAを包括するFTAの必要性が認識されるようになるが、そのなかで浮上してきたのがAPEC全域を含むFTAとしてのFTAAP構想である。

TPP参加の意義と留意点

TPPの参加国は、TPPがFTAAP成立に繋がることを期待しているが、日本は09年12月の新成長戦略(基本方針)において、「2020年を目標にFTAAPを構築する。わが国としての道筋(ロードマップ)を策定する」とし、大枠においてすでに閣議決定がなされている状況である。

そして政府資料では、日本がTPPに参加した場合の意義と留意点が「包括的経済連携に関する検討状況」(http://www.npu.go.jp/date/pdf/20101027/siryou1.pdf)としてまとめられている。

そこには、TPPに参加することで日本経済を活性化するための起爆剤となり得ること、TPPがアジア太平洋の新たな地域経済統合の枠組みとして発展する可能性があること、今後同地域における実質的基本ルールになる可能性があるため、TPPに参加しなければ日本抜きでアジア太平洋の実質的な貿易・投資ルールの構築が進む懸念があること、主導的役割を果たす政治的意義やルールづくりにおける影響力を高め交渉力の強化に貢献することが可能になること、という意義が記載されている。

日本の競争相手でもあるアジア諸国が、日本に先んじて貿易自由化のメリットを享受すれば、日本がTPPに加入しないことのデメリットは拡大する。日本に有利なルールづくりが可能となれば、日本の経済的現状に有利なかたちで交渉を進めることができる可能性が高まり、そのことが自由化による痛みを軽減することにもつながるかもしれない。

だが、一方で留意事項もあげられている。それは、TPPでは特定財の自由化を除外したかたちで交渉に参加することが、認められない可能性が高いという点である。さらに、10年以内の関税撤廃が原則であり、かつ例外品目はきわめて限定的であるという点である。

日本がこれまで締結したFTA/EPAでは、農林水産品(約850品目)と鉱工業品(約95品目)は例外品目として設定され、関税撤廃をしたことがない状況である。品目ベースの自由化率(全品目に占める関税撤廃を行う品目の割合)を見ると、日本の既存FTA/EPAにおける自由化率は90%未満だが、TPPを基点としたFTAAP交渉で主導的役割を果たすと考えられる米国の自由化率は100%近い自由化率であり、韓国や中国の場合も日本を上回る水準である。

つまり、TPPはAPECをFTAAPというかたちで深化させていくための地域経済統合という意味では意義があり、日本もFTAAPを目指す以上は従来から検討していたASEAN+3(日、中、韓)やASEAN+6(日、中、韓、印、豪、NZ)に加え、TPPの枠組みに入っておくメリットはある。

しかし一方で、TPPの枠組みに入ることは、従来のFTA/EPAで例外品目としていた農産品や鉱工業品の自由化を進めることにも繋がるため、これらの産品に対するデメリットが懸念される。

TPPに参加する諸国が拡大するなかにあって、自由貿易協定に参加することのメリットとデメリットをどう評価し、デメリットをどのようなかたちで軽減・是正して経済成長につなげていくかという、古くて新しい課題がふたたび俎上に上がったといえるのである。

推薦図書

本書は、貿易、投資、金融、エネルギーといった主要な経済分野におけるAPEC地域の動向を、APECの成立と課題、加盟国の経済環境、米国の戦略、自由化の達成可能性、FTAAPの経済効果シミュレーション、域内の生産・投資ネットワークの特徴、通貨・金融協力の道筋、エネルギー需給、貿易自由化と農業の扱い、人の移動、といった多面的な観点から分析している書籍である。TPPや2010年日本APECの議論の理解を進めるにあたっても示唆に富む書籍のひとつだろう。

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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