「テロリズム」の内生化 ブレイビクが守ろうとしたもの  

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「十字軍遠征を目指すナショナルな保守主義者」―自らをそう定義したのは、77名を殺傷したノルウェー・テロ事件の犯人、アーネシュ・ブレイビクだ。7月末に起きた首都オスロとウトヤ島でのテロは、大きな衝撃をもたらした。この衝撃は2つの事実からきている。

 

ひとつは、ヨーロッパ人による自国民を対象にしたテロという点だ。事件直後、反イスラムで盛り上がるネット上だけでなく、専門家達までもが「ジハード」を口にした。その数時間後、オスロの政府機関中枢を爆破させ、与党労働党の集会を攻撃用ライフルで襲撃したのは、「生粋」のノルウェー人だったことが明らかになった。しかし、このテロ事件が、ムスリム系によるテロであれば、ヨーロッパにはまだ救いがあったかもしれない。

 

もうひとつは、世界でもっとも豊かな国のひとつ、ノルウェーでテロが起きたということ。ノルウェーはこれだけの経済危機のなかでも、ヨーロッパで健全財政を保っている数少ない国だ。北海に莫大なガス田をもち、その輸出で外貨を稼ぐ環境に恵まれたこの国は、経済的にも豊かな、寛容と融和の精神に貫かれた平和な社会を築き上げてきた。ブレイビクのウトヤ島で射殺した68名(1分に1名を殺した計算になる)という数は、ノルウェーの年間殺人件数の2倍強だ。安定した社会をつくり上げてきたはずのノルウェーで、自国民を標的にした残虐なテロは大きなショックをもたらした。ノルウェー当局は「人道に対する罪」でブレイビクを裁くことも検討していると報道されている。

 

この未曾有の7.22のテロをどのように解釈すべきだろうか。

 

多くの事実はこれからの公判でも明らかになるだろう。しかし、筆者自身はテロリスト・ブレイビクを、極右勢力を脱藩した「ロンリー・ウルフ(一匹狼)」とみなすのも、彼のテロ行為を社会からの承認を求める、あるいは社会への復讐を目的としていたとみなすのも、正しくないように思われる。

 

まずは、ブレイビクのような存在を生み出し、犯罪行為にいたらせた構造的な要因を探る必要がある。

 

 

「イスラム」と「多文化主義」の同盟への攻撃

 

周知のようにテロリストのブレイビクは、犯行直前に1518ページにものぼる「論文」を関係者に送りつけている。「2083年-ヨーロッパ独立宣言」と題されたこの論文は、ヨーロッパのイスラム世界との対立の歴史から現在にいたる状況といった歴史的考察(第1部)、そのような状況をつくり上げた文化的背景と現状分析(第2部)、「ユーラビア」(「ヨーロッパ」と「アラビア」の合成語)と名づけられたヨーロッパの現状から脱するための「先制攻撃(=テロ)」の詳細なステップと手段(第3部)から成っている。丁寧にも、ブレイビクは社民主義政治家やジャーナリスト、知識人などをABC戦犯にランク分けし、イスラム駆逐戦争は2083年までに死者4万5000人、負傷者100万人を超えてはならないと明記している。

 

この宣言書やyou tubeに投稿された自己インタビューからは、2つのことを読み取ることができるだろう。

 

ひとつは、論文が多くの箇所が切り貼りからなる、思想的な一貫性を欠いたコラージュだという点。なかでも、アメリカで小包爆弾テロを完遂した思想犯通称「ユナボマー」(本名セオドア・カジンスキー)による犯行動機の論文(「工業社会とその未来」)を模写した痕跡が指摘されている。ユナボマーの反左派思想やフェミニズムに対する敵視もそのまま受け継がれているが、また、カジンスキーに影響され、95年にオクラホマ・シティーの連邦政府ビルを爆破したティモシー・マクベイにも多く言及している。

 

ユナボマーの場合と同じく、多くの哲学者や社会学者、思想家の名前が引用されているものの、その多くは独立系の極右・反イスラム主義のウェッブサイトからの受け売りもあり、あまりにも自意識過剰な文章には論理的整合性の欠如や飛躍が多分に認められる。つまり、インテリ階層の一員だったユナボマーとは異なり、論文をみるかぎりでは、ブレイビクの知識水準は特別に高いということはない。

 

他方で、ブレイビクの態度には一貫したものも認められる。文章を注意深く読めば、彼自身、人種差別主義者でも、ましてやネオナチやファシストでもなく、むしろ「ヨーロッパのイスラム化」を憂える、ヨーロッパ中心主義者であることが理解できる(ブレイビク自身、個人的にはイスラムの友人もいれば、イスラム自身に敵意をもっているわけでもないと断っている)。

 

彼が再三強調しているように、彼が敵視していたのはイスラムそのものではなく、ヨーロッパがイスラムとの歴史的対立を経て形成されたにもかかわらず、そのイスラムの内的定着を許しているヨーロッパの「多文化主義」と「文化的マルクス主義」の同盟である。だからこそ、彼は自国の為政者と、未来のエリート候補者たちを標的にしたのである。ブレイビクが目指したのは、彼自身の言葉を借りれば、キリスト教をバックボーンにしたヨーロッパにおける「保守革命」であり、誇張を恐れずにいえば、彼が自身のテロで、そしてその後につづく者たちに期待したのは、ヨーロッパ内のイスラム的なものを断ち切るための「汎ヨーロッパ・ナショナリズム」の立ち上げだった。

 

ブレイビクによるキリスト教原理主義と親シオニズムといった原理と反動の奇妙な混合は、「文明の衝突」を訴えるポスト9.11の新たな運動のエッセンスでもある。いずれにしても、彼のモチーフがたんなる移民排斥や反イスラムだけではない所に、事の厄介さがある。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

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