文在寅大統領は「反日」?「親北」?そんな素人議論は聞き飽きた!!――『だまされないための「韓国」』第8章

野党が野党のままでいるか、「次の与党」になれるか

 

浅羽 『「野党」論―何のためにあるのか』(吉田徹著/ちくま新書)や『野党とは何か―組織改革と政権交代の比較政治』(吉田徹編/ミネルヴァ書房)という本もあるくらいで、野党の存在意義や「正しい」パフォーマンスが問われているのは日本もまったく同じですね。

 

今回の選挙は、木村先生がおっしゃるとおり、「敵失でぼた餅が転がり込んできた」という結果なわけです。候補者、所属政党、政策が比較衡量されて、「共に民主党」の文在寅が選ばれたというよりは、「与党でなかった=野党だった」という単純な事実が一番効いたと言える。

 

もちろん、「共に民主党」も自由韓国党も、それぞれ「与野党」の立場が入れ替わったわけですが、国会で「政府・与党vs野党」という構図が繰り返されるのならば、選挙前にどの候補者もどの政党も強調した「協治」という新しい政治のあり方は決して実現しません。

 

木村 少しチャレンジングな言い方をすれば、韓国にとっての「保守と進歩」という二大勢力による時代の「終わりの(始まり、ではなく)真ん中」に来ている、という言い方もできると思うんですね。

 

「保守」が失点まみれで信頼を失ったという事実はある。「それじゃあ」と選ばれた文在寅は、「進歩派」ではあるけども、その旗印は必ずしもはっきりしていない、いやできない。

 

でも、こういう状況は、不安定ではあるだけ、チャンスでもあるんですね。というのは、明確に「やりたいこと」を言ってきたわけでもなければ、それが支持されて圧勝したわけでもない。

 

それはつまり、反対勢力に妥協しても従来の支持層が「まあ仕方ないかな」と思ってくれる素地があるということ。つまり「やること」をある程度の幅を持って決められるということです。

 

もちろん今回の政権を支持した勢力が小さいので「やれること」の選択肢はそれほど多くない。でも期待感もそれほど大きくないので、許される空気がある。

 

浅羽 うーん、どうでしょうか。今回は当選後ただちに就任じゃないですか。普通は選挙が終わってから就任まで2カ月以上あって、「対決」から「統治」へ、「期待」から「現実」へとモードがそれなりに切り替わる。そのあいだに大統領当選者も支持者も、「選挙公約のすべてをそのまま政策にはできないよな」とか、「期待に100%応えてもらうのは現実的には難しいよな」と、落ち着いていく。しかし今回はそんな「調整過程」を経なかった。期待値が高留まりしていると失望に変わるのも早い。

 

さらに言えば、文在寅のコアな支持層って、何があってもずっと文在寅を支持してきたわけです。見限らない分、期待値も下げない。そういうコアな支持層が「いますぐ全部やってください」と突き上げてきたときに、文在寅が「政治・外交という営みにおいて妥協は欠かせない」とリーダーシップを示すのか、というのは注目です。

 

木村 これも日本に置き換えるとわかりやすいんですよ。左右の違いはあるけども、文在寅政権は、今の自民党のように振る舞えるチャンスがある。

 

浅羽 ええと、要するに、「文在寅は安倍晋三を見習え」ということですよね。プラグマティック(実利的/実用的)にアプローチすることの大切さ、ここに極まれり、というわけですねわかります(笑)。

 

木村 さあどうかな(笑)。自分の政権内部にも支持層にも、2つの勢力がある。コアで原理的な支持層と、そのいっぽうで政権運営のプロに徹した「冷めた層」。たとえば外交問題での安倍首相は「コアな支持層は放っておいても付いてくるから」という感じで、政権発足当初の予想よりはるかに歴史修正主義的なカラーを抑えた政治運営をしています。「表面的にはコアな支持層を向いている演出をしながらも、実質的には堅実な政権運営を続けている」といってもよい。それでどちらの支持もとることができる。もちろん、「さあそれが文在寅にできますかね」という話でもあるんですけども。

 

たとえば、安倍首相は意図的なのかそうでないのかはわかりませんが、経済的には第一次政権の時とは真逆の政策をシレッとやってしまったりしている。小泉路線を引き継いだ経済緊縮政策からアベノミクスのバラまき政策に変わったわけですが、そのことを気にしているふうはない。では文在寅政権は、かつての盧武鉉政権と真逆の政策がとれるのか。これは能力の問題だけでなく人間性というか個性の問題もあると思います。必要であれば、シレッと真逆の政策をとれるというのは、時に政治家としてのひとつの重要な能力だと思うんですけどね

 

浅羽 いかにも教訓めいたアナロジー(類比)だとは思いますが、日韓で前提が違うのでどこまで妥当するかどうか。政党政治や代議制民主主義について、「日本では安倍政権や自民党より右の政治空間は空いているが、韓国では文政権より左に勢力が存在する」ということなんですね。安倍総理は「自分たちより右は行き場がない」ということがわかっているから、真ん中に向けた政策をとることができる。慰安婦合意はその典型で、右からも「そうはいっても安倍さん以外にはマトモな政治家はいないしな」と支持をつなぎとめることができた。けれど韓国には文在寅より左に進歩党や「コリア・ファースト」派が存在している。だからこそ真ん中へ向けた政策を進めるのは難しい点が厳にある。

 

木村 確かにそうで、そこは(文在寅の)腕の見せ所なのでしょうね。

 

 

選挙中に朝鮮半島情勢が緊迫したのに、左派が勝ったのはなぜ?

 

――今回の大統領選の期間中に、朝鮮半島情勢が緊迫しました。これは選挙戦にどう影響したのでしょうか。私(担当編集者)を含む多くの日本人は「北朝鮮の危機が高まったなら、韓国の大統領選では保守派・強硬派の候補が有利になるのではないか。なぜ進歩派の文在寅が当選したのか。韓国人は何を考えているんだろう」と思っていると思うのですが。

 

浅羽 これは誤解を解いておいたほうがいいと思うのですが、今回の選挙でも一部では「韓国は自由主義陣営側から離れて、いよいよ北朝鮮側に寄っていったのではないか」だとか、「こんな危険なときに進歩派大統領を誕生させるなんて、やはり何を考えているかわからない国だ」という報道があったわけですが、そんな単純な話ではありません。

 

 

――どういうことでしょうか?

 

浅羽 朝鮮半島情勢が緊迫したことによって大統領選が影響を受けたという事実はあって、有権者に対して、「ではどの候補者が当選したら対北朝鮮政策をうまくハンドリングできるか」という質問をしたところ、「文在寅」と答えた人が一番多かったんですね。圧倒的に多かった。

 

これは別に文在寅が「親北」というわけでも「従北」というわけでもなく、かといって「対話一辺倒」というわけでもありません。ただ「圧力と対話」をミックスして、一番うまくやってくれそうなのが文在寅だった、ということです。

 

いま現在は、国際的には北朝鮮に対して「圧力」が基調になっていますし、当面それを強めていく必要があるわけですが、アメリカでさえ「最大限の圧力と関与」で、「関与」を否定していない。日本も本来「対話と圧力」路線で、実は「対話」が先にきている。この2つの要素のベスト・ミックスにはどの国も苦心していて、一国だけ突出することは厳しいわけです。

 

さらにもう一点。これも大事なところなんですが、韓国はずっと前から北朝鮮の「砲撃」の射程圏内に入っているわけです。北朝鮮からの「ミサイル」ではなく、「砲撃」が届く距離に人口の半分が住んでいる。

 

 

――な、なるほど。「今さら北朝鮮がミサイル実験したところで、こっちはもともと届く距離なんだよ」ということですか。

 

浅羽 朝鮮半島情勢を一気に深刻に受けとめたのはアメリカであって、核弾頭が小型化し、西海岸に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)が完成すると、ゲームがすっかり変わってしまうからです。その前に手を打たないといけない、と。「ソウルを火の海にする」だけだったら砲撃で十分です。ソウルは軍事境界線から50kmしか離れていませんし、漢江にかかる橋を落とされたら退避が危うくなるのは、開戦後わずか3日で陥落した朝鮮戦争のころと変わっていません。だから今回の件で「危機が高まった」とすれば、アメリカが韓国の頭ごなしに北朝鮮を先制攻撃することで「巻き込まれて」致命的なダメージを受ける恐れがあるという認識ですね。これはこれで、リアルな「脅威」認識なんですよ。

 

木村 ここは韓国人と日本人の、戦争に対する考え方の違いが特徴的に出ているところです。日本は世界で唯一の被爆国ですから、日本人には核に対する強い忌避感がある。いっぽう韓国人は「核開発後の世界」において、朝鮮戦争という通常兵器による過酷な地上戦を経験しています。だから彼らの戦争のイメージはあくまで地上戦。「何が戦争への恐怖を駆り立てるか」というポイントが違う。

 

浅羽 大切なことなので2回言いますが、朝鮮半島情勢が大統領選にまったく影響を与えなかったというわけではありません。文在寅の得票率にはほとんど影響を与えませんでしたが、対北「圧力」「制裁」の国際協調を強調し、「従北」批判を展開した洪準杓がグングンと支持を伸ばして、安哲秀を抜いて2位になったことは、「北風」が吹いた、と言えるでしょう。

 

木村 「今回の大統領選で安全保障政策を基準に投票先を決める」という人の多くは洪準杓に入れました。つまり「安哲秀vs洪準杓」のあいだで、安哲秀から洪準杓に票が動いた。結果「アンチ文在寅」の票が大きく割れ、文在寅の当選を助けたかたちです。

 

浅羽 選挙分析については木村先生のご指摘のとおりです。もうすこしだけ(ミサイルの)「脅威」認識に関して話をすると、さきほど「韓国はずっと砲撃の射程圏内だった(だから今さら騒がない)」という話が出ましたけれども、それは日本も同じようなものなんです。実は20年前から北朝鮮のミサイルの脅威に晒されています。1998年にはすでにテポドンが日本列島を越えて太平洋に着弾している。

 

では2017年の現在、なぜ急に緊張が高まったのかというと、北朝鮮が6回目の核実験やミサイル発射の兆候を見せたことで、トランプ大統領が「これはアメリカにとっても深刻な問題なのだ」と認識し、中国にも「なんとか北朝鮮を止めろ」ということで、対北「圧力」「制裁」の国際協調で隊列が揃ったからです。

 

つまりですね、韓国と日本とアメリカでは、もともと置かれている戦略環境が異なる以上、脅威の認識や政策対応も当然、異なってくるわけです。それを(一部メディアのように)「韓国は安保不感症になったのではないか」というように決めつけるのは、フェアではないですし、次の局面の変化を見落とすことになりかねません。

 

 

――「不感症なのは誰だよ」と。

 

木村 まあ誰が不感症かはともかく、朝鮮半島情勢が今回文在寅当選に有利に働いた、ということだけは間違いないでしょう。【次ページにつづく】

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

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