文在寅大統領は「反日」?「親北」?そんな素人議論は聞き飽きた!!――『だまされないための「韓国」』第8章

【シノドスに参加しよう!】

▶メールマガジン「αシノドス」

 https://synodos.jp/a-synodos

▶セミナー「シノドス・サークル」

 https://synodos.jp/article/20937

▶ファンクラブ「シノドス・ソーシャル」

 https://camp-fire.jp/projects/view/14015

首相候補に指名された李洛淵は「日本対策」???

 

――今回、文在寅大統領から首相候補として指名された李洛淵についてもお話いただけますか。

 

浅羽 「共に民主党」所属ですが、文在寅派ではありません。文在寅に対して「原則主義者で側近しか近くに置かないのではないか」「それだと朴槿恵の二の舞になるかもしれない」という憂慮があったのですが、それを払拭する狙いがありました。それが1点目。

 

2点目は、大統領府だけでなく、一刻も早く自前の内閣を揃えるためです。今はまだ朴前政権からの「居抜き」なのですが、(便法を講じない限り)首相を替えないことには大統領は閣僚を任命できません。首相の任命には野党多数の国会から同意を得ることが必要で、40議席ある「国民の党」からの協力が欠かせません。歴代政権いずれもが、首相の任命や解任でつまずくと政権運営が一気に難しくなるので、「安全牌」を持ってきたというわけです。

 

3点目は、「国民の党」の内部に手を突っ込んで、あわよくば政界再編に持ち込めるかもしれないという狙いです。李洛淵はもともと金大中元大統領に連なる人物で、その出身地の全羅南道の知事です。全羅道は「国民の党」の基盤であるにもかかかわらず、安哲秀はここでダブルスコア以上で文在寅に負けた。

 

4点目は保守新聞の記者出身で、行政経験もあって評価が高い。イデオロギッシュな人ではなく、党派を超えて話ができるという利点もあります。東京勤務の経験があって日本語がペラペラだし、韓日議連の幹事長も務めたので「日本対策では」という報道もありましたが、さすがにそういうことはありません。

 

 

――え、違うんですか。

 

浅羽 「一粒で何度もおいしい」という狙いの人事ではありますが、「知日派だから」という見方は、どれだけ自己チューなんだよ、という話です。

 

木村 東亜日報の記者を務めて国際部の部長までやって、そのあと金大中に引き抜かれて、与党スポークスマンを長く務めた。それにふさわしい柔らかいイメージを持った、朴訥な感じの人物です。文在寅は見てのとおり四角張っていて頑固そうなイメージですが、それを補うような人事だと思います。

 

加えてさきほど浅羽先生がおっしゃったように、今後の国会運営のカギを握る「国民の党」の議員たちにとっては、全羅南道という伝統的な野党の支持基盤で圧倒的な人気を持っている知事に対して強くは出れないという事情もあります。いや本当にいい意味で「おお!」と思った人事ですね。

 

また、結果論ではあるんですけども日本のことをよく知っていて、日本にもよく来ていて、慰安婦問題に詳しかったりする。日本側の慰安婦問題関係者との交流もあるようですよ。

 

浅羽 そこ、もうすこし詳しく話せますか。

 

木村 え、どこ?

 

浅羽 せっかくの機会ですので、「知る人ぞ知る」エピソードが広く伝わればいいな、と。慰安婦問題に関わる日本側の人物と李洛淵の関係についてです。

 

木村 ああ。ええと、これはどこまで言っていいのかわからないのですが、日本で長く慰安婦問題に携わっているグループがある。かつては元慰安婦の方が日本に国家賠償を求める訴訟を支援したりしていた人々で、近年では日本政府の「(アジア女性基金解散後の)フォローアップ事業」で韓国在住の元慰安婦の方への支援をされていたりする。普通の韓国の政治家であれば、そういう日本政府との関係を持ちながら活動をしている日本人は疎ましく思うものだし、接触しようとはしないのですが、李洛淵はこういう人たちとも交流を持っていたりする。

 

彼はもともと新聞記者ですから、人脈作りの大切さをわきまえていて、フットワークも軽いんでしょうね。

 

浅羽 日韓合意を受けて日本政府が拠出した「償い金」を34名の元慰安婦が受け入れたのは、こういう地道な活動があったからなんですね。

 

 

安倍首相との電話会談で投げられた「くせ球」

 

――この本の中では、「次期政権の対日政策は(選挙期間中は)それほど固まっていないだろうし、さらに言えば当選後に決めていけばいい」という話が出てきました。さて実際に当選後となったわけですが、現時点で、もちろんわかる範囲で結構ですので、文在寅政権の対日政策についてお聞かせいただけないでしょうか。

 

浅羽 日本側にとって文在寅政権に対する懸案はふたつあって、ひとつは「北朝鮮の脅威に対して安全保障上の連携をしっかりやっていけるかどうか」、もうひとつは「朴政権と結んだ慰安婦合意を誠実に履行していけるかどうか」です。5月11日の日韓首脳電話会談でも、このふたつを確認したわけですね。

 

 

――その2点に対して文在寅大統領の対応は、どうだったんでしょうか?

 

浅羽 ここがポイントで、多くの日本人にとって関心の高い「日韓慰安婦合意を履行していけるか」という点については、文在寅は選挙期間中ずっと「再交渉する」と言ってきたわけです。しかし安倍首相との最初の電話会談ではその用語は使わずに、「国民は情緒的に受け入れられていない」と応じています。これはなかなかの「くせ球」だ、と思います。

 

 

――「くせ球」。

 

浅羽 これは「だから政府としても同調し、再交渉を求める」と短絡するのではなく、「しかし政府は別だ」とも読める余地を残している。ニュアンスがあるわけです。それを丁寧に読み解くと、「ソウルと釜山に設置されている少女像は、『すぐに移転』は難しい。あれは民間(つまり国民側)が設置したものだ」、「けれども、国家間合意はそれとして厳に存在するし、特定の分野で懸案事項があったとしても、日韓関係全般には未来志向で臨むし、北朝鮮問題のような安全保障上の連携はしっかり一緒にやっていく」というパッケージになっています。

 

 

――なるほど。確かにそう言われてみると、そのように聞こえます。

 

浅羽 なので、かなり節制の効いた内容で、少なくとも「厳しい球」ではなかった、という印象です。

 

木村 そうですね。ええと、まずこの電話会談で韓国側が言いたかったのは「ウチはいまちょっと余裕がないので、慰安婦合意の内容に関しても、少女像の撤去をどうするかに関しても、ちょっと待ってくれませんか」ということだと思います。ポイントになるのは「国民」、「民間」という言葉ですね。これは「国民の多くはそう言っているけど、政府は政府間で結んだ合意は尊重する方向で努力しています」ともとれなくもない、かなり微妙な言葉づかいになっている。逆に言えば、これは日本側に誤解を与える可能性もある言葉づかいになっている。でも、翌日の日本側の報道を見る限り冷静に受け止めているようだし、(文在寅政権は)最初の一歩をとりあえずうまくこなしたんじゃないかなと思います。裏でかなり説明したかもしれませんね。

 

韓国の進歩派政権の対日政策、特に歴史認識問題について少し振り返ってみると、金大中政権は「未来志向」という名の「事実上の棚上げ」でした。「日韓歴史共同研究」のような専門家会議を作って時間を稼ぎ、政府間では仲良くやるなどというちょっとずるいこともした。すでに新しい大統領官邸のスタッフは「セカンドトラック」などと言い始めていますしね

 

浅羽 おっと、木村先生、早くも第3期に向けてアップを開始したわけですかわかります(苦笑)。

 

木村 その話はあまり良い思い出がないのでやめましょう……そしてこれとは真逆のやり方をしたのが盧武鉉政権です。この政権は「歴史認識こそ最重要問題だ」と国内外で主張し、政府として真正面から取り組んだ。

 

つまり、文在寅政権はこのどちらの路線もとることができるわけです。ただ、初の首脳電話会談の内容を読み取るかぎりでは、どうも前者、つまり「いまそれどころじゃないんですよ」という言い訳をうまく使って、厄介な問題を後回しにしていく戦略なんじゃないかなと思います。

 

 

――厄介な問題、ですか。

 

浅羽 確かに。THAAD問題などはまさにそうですね。

 

木村 ええ。怒っている中国に対しては「我が国はミサイル問題に関しては、まだ準備ができていません」と言い続け、日本に対しては「国民がまだ準備ができていません」と言い続ける、という戦略ですね。

 

これは朴槿恵政権の戦略と対比するとわかりやすい。朴槿恵政権はどちらかと言えば「韓国はもうこれだけ力をつけました」とアピールすることで韓国の国際的な地位を上げようとした。自らの影響力を前面に出して米中日露など周辺国の間でうまく立ち回ろうとした。けれど文在寅政権はその逆で、「韓国はまだ混乱しているし力がそれほどないんです」とアピールすることで米中日露の関係のなかで、うまく立ち回ろうとするのではないかと思うわけです。

 

 

「くせ球」を正しく打ち返すための地域研究

 

浅羽 今のお話を言い換えるとこうなりますね。国内外でいろいろと制約があるにもかかわらず、自分には裁量が大きくあると見積もって、あれこれ動き回ってみたところ、四面楚歌に陥ってしまったのが朴槿恵政権でした。逆に、文寅政権がその教訓をしっかり学んでいれば、「制約があるのでやれることはそもそも限られている」と国内外に対してそれぞれ言い訳して、現状に沿ったところに落ち着きやすい、という話なのですね。

 

 

――大変わかりやすい話です。

 

浅羽 そこである種のポジション・トークをしておきたいのですけども、さきほどの日韓首脳電話会談の話もそうなのですが、「まずはニュアンスや文脈をしっかりと理解し、ときには先んじて対策をとることが大切だ」ということです。

 

たとえば、朴槿恵大統領の就任式に日本政府は麻生外相を特使として送った際に、アメリカの南北戦争を例に日韓も和解しようと呼びかけたんですが、結果的に大失敗した、というイタイ経験があります。前任の李明博政権末期に悪化した日韓関係を「リセット」しようとする「善意」に拠るものではあったのですが、「日韓のどちらが勝った北軍で、『奴隷解放』とは何なのか」という話になり、アナロジー(類似)としてふさわしくありませんでした。

 

今回の電話会談では、こういう齟齬は避けられたようです。複合的なものを過度に単純化せず、そのまま理解し、全体の中でのプロポ―ショナリティ(比重、釣り合い、衡平性)がはかられました。「個別に懸案事項があっても、それに圧倒されることなく、優先順位をハッキリとつけて、やるべきこと、できることから取り組んでいく」ということが確認されたのは、それこそ最初にすべきことでした。

 

要は、「ニュアンスや文脈を読み解くこと」についてはエリア・スタディーズにアドバンテージがあり、だからこそ我々二人も懸命に取り組んでいるわけです。

 

 

――おお、ダイレクト・マーケティングですね(笑)

 

浅羽 #そういうこと言わない いや「オレせんせいを在韓大(ソウルにある日本大使館)か亜北(外務省アジア太平州局北東アジア課)とクロスアポイントメントしてほしい」という話ではなくてですね、かつてであれば、それぞれの「エリア・スペシャリスト」が官僚機構だけでなく学界やシンクタンク、それにメディアにいて、政権中枢や世論に対して適宜、「それはこういうニュアンスを含んだ話です」「こういう文脈や経緯があって、全体としてこういう布置になっています」という助言ができた。しかし今は、図式的に言うと、「国際関係論」や「戦略論」だけが前面に出ているところがないとは言えない。一律的にガッチャン、ガッチャンとやると、要らぬハレーション(悪影響、副作用)をみずから招いてしまうことになりますが、文脈に応じてニュアンスを調整するだけでもそれなりに小さくすることができます。

 

今回の電話会談での文在寅の発言は、そういうニュアンスを含んだものでしたし、日本側も「衡平に」受けとめている。ここは評価しておきたいし、だからこそ今後も慎重なマネージメントが重要なんですね。

 

木村 そこは今回韓国側がかなり事前に気をつけていたし、慎重になっていた部分なんですね。それは朴槿恵政権がかつて失敗したという教訓も大きいんですけども、彼らは自分たちが国際的に「左派(進歩派)政権だ」と見なされて警戒されていることを知っている。安倍政権やトランプ政権はもちろん疑念の目を向けているし、THAADの件があるから中国にも信用はされていない。つまり、スタートの時点から慎重に踏み出さないといけない、と思っている。それがよく出ていた電話会談だったと思います。

 

たとえば韓国軍の指揮権問題がありましたよね。有事の際に韓国軍の指揮権を韓国側が単独で持てない、という問題があって、当時の盧武鉉政権は「指揮権を独自で持ちたい」とアメリカ側に申し出た。するとアメリカは「じゃあ、自分たちでやってください」ということになって、簡単にOKした。2003年はイラク戦争が始まった年でもありましたから、ついでに在韓米軍の主力部隊の一部も引き抜かれた。そして韓国では「えっ、反対するんじゃないの」という雰囲気になった。

 

結果当時の韓国内には「アメリカに見捨てられるのではないか」という恐怖感が急速に広まった。そこで盧武鉉政権は、慌てて米軍基地整備にも着手した。そして「反米的」な進歩派政権であったはずなのに、反対する市民を押しのけて整備を強行した。そういうことを文在寅は、政権中枢部で経験しているわけです。

 

そういう経験もあって、「今回はうまくやろう」、「下手に強く出てもろくなことがない」と身にしみているわけですね。【次ページにつづく】

 

1 2 3 4 5 6
シノドス国際社会動向研究所

vol.266 

・山本昭宏「平和意識の現在地――〈静けさ〉と〈無地〉の囲い込み」
・田畑真一「【知の巨人たち】ユルゲン・ハーバーマス」
・吉田徹×西山隆行×石神圭子×河村真実「「みんながマイノリティ」の時代に民主主義は可能か」
・松尾秀哉「【学び直しの5冊】〈現代ヨーロッパ〉」
・木村拓磨「【今月のポジだし】活動を広げよう――不登校支援」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(10)――「シンクタンク2005年・日本」自民党政権喪失後」